第72話 樽酒




「お姉ちゃんお帰り」


「ただいまー」


姉が2回目のダンジョン攻略から帰って来た。

時刻は夕方だ。


まだお母さんは仕事から帰宅していない。


「疲れた疲れたー」


「そうでしょうそうでしょう」


「……? どうしたの? なんかあった?」


「えへへへー、まぁ着替えておいでよ。 それとお風呂も沸いてるよ」


「お風呂!! ダンジョンの中は入れなかったから嬉しい。 優奈ありがとう」


「ごゆっくりー」


お風呂という単語を聞いた姉は上機嫌で荷物を自室に置きに行った。


その直後……


「ちょ……優奈!! 何この樽!!!!」


姉の声が2階から響いてきた。

どうやら私のサプライズは成功したようだ。

ビックリさせたくて帰宅してから姉の部屋に樽を移動しておいたんだよね。


タタタタタと階段を下りる音が聞こえる。


「優奈!! 何この樽!!」


「持ってきたの?!」


姉の腕の中には樽が抱えてあった。

何も持ってこなくても。


……というか素手か!! お姉ちゃんそれ素手で行けるのか凄いね。


素手で持ってきている姉にビックリした。


「持ってきたって……いや持ってくるよ。 説明求む!!」


「分かった分かったよ!! 取りあえずお姉ちゃんの部屋に行こう?」


姉の迫力と樽を押し付けられそうで嫌なので、姉を落ち着かせた。


2人で姉の部屋まで行く。

姉はそこら辺に何も敷かずに樽を置いた。


お姉ちゃん、そこまで大雑把だったっけ?

私はちょっとビックリした。




「……つまりディトルグ国のお酒ってこと?」


「そう言う事です。 私飲めないからお姉ちゃんお酒好きだし飲むかなーって思って」


「飲まんわこんな怪しい酒!!」


「えー珍しいよ?」


「珍しさよりも衛生面気になるわ!! 薄汚れた樽に入ったよく分からん酒飲みたくないわ!!」


「……薄汚れているという認識はあったのか」


普通に持ってたから認識ないのかと思った。


「……薄汚れていると思うなら私の部屋に置かないで貰えるかな?」


「……えへへ」


「笑ってごまかすな!!」


「むー取りあえず私の部屋に持ってくね。 お姉ちゃんは取りあえずお風呂どうぞ」


「……分かったわ。 飲む飲まないは別にして、後で開けてみようか。 中身は気になるし」


「分かった!! ありがとうお姉ちゃん」


「ハイハイ、持ってったー持ってった―」


サプライズは成功したし驚かせて満足だ。

自室に置いていた軍手をはめて樽を移動した。





「それでこれって何がこうなったの? こっちのお酒を適応させたの?」


ご飯を2人で済ませて私の部屋に移動した。


「えっとねー消毒用の度数の高いアルコールを適応したら樽酒になったの」


「……桁よ……」


「……だよねぇ」


姉も私と同じ感想のようだ。


「捨てようかとも思ったんだけどお姉ちゃん飲んでみたいかなーって思って取っておいたの」


「……気持ちだけ貰っておくわ。 ありがとう」


「どう致しまして」


姉は困ったような何とも言えない表情をした後に苦笑いして私の頭を撫でた。


「さて、では開けてみるか。 優奈は樽の開け方分かる?」


「分からないけど意外と脆そうだよ? テレビとかでやるみたいに上からスパーンっていけないかな?」


「その後どうすんの。 持った感じ結構量入ってたよ? それやったら下に運ぶとき駄々漏れじゃない……」


「そっかー……」


「漏れても良いようにお風呂場でやろうか」


「お母さんもまだ帰って来なさそうだしそうしよう!!」


姉が樽をひょいと持ち、私が動線の確保をしてお風呂場まで樽を運んだ。

家のお風呂の広さは普通くらい。

湯船は1人用だし、洗い場も大人1人と幼児2人が入ったら手狭になるくらいの広さ。


そんな洗い場にドーンと置かれる樽。


「……お姉ちゃんもうちょっとそっち行けない?」


「こっちもいっぱいいっぱいよ」


私がシャワー側、姉が入り口側で身動きがしにくくなった。


「どっちが割る? 私? 優奈?」


「私割りたい!! 」


「じゃあ任せた」


「わーい」


持った感触ではそんなに硬くなかった。

力を込めたら軋む音がするくらいだもん。


もうここまで来たら素手で行っちゃおう。


ちょっとテンションが上がり両手を組むと上まで頭上まで上げた。


「せーのっ!!」


「優奈っちょっ!!」


姉の慌てたような声が聞こえたが振り下ろした腕は止まらなかった。


「ぐはぁ!!!!」


「いわんこっちゃない」


樽の上部は見事に割れた。

腕の勢いが付き過ぎて割れた板が勢いそのまま液体に落下。

結果私の顔面含む辺り一帯に液体がばら撒かれたのだった。


「臭いー」


「自業自得でしょう」


うえーん。


姉はちゃっかりお風呂場の外に避難し直撃を避けていた。


「お姉ちゃん臭い―」


「ちょっと、私が臭いみたいに言わないで。 それにお酒言うほど臭くないよ? ほら後でお風呂洗うから服脱いでそっちで顔洗ったら?」


「そうする」


お風呂の蓋を開け足を漬ける。

姉が入ったばかりのお湯は暖かかった。

しょぼくれたまま下着姿になり、着ていた服を姉に渡し顔をシャワーで洗った。

寒くないのがまだ幸いだ。


「そんで……これがディトルグ国のお酒? 樽の中じゃよく分からないわね。 ちょっとコップ取ってくるよ。 タオルどうぞ」


「はーい、ありがとう」


渡されたタオルで顔を拭いた。


ふんふんと体の匂いを嗅ぐ。

顔にしかかかってないと思ったが、なんだかお酒のにおいがするような気がする。


片づけたら私ももう一度シャワー浴びよう。


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