第25話 呪いの人形(中編)
それから三日後の事だ。
レダ・クラークが私の部屋を訪ねて来た。
「あら、レダさん。いらっしゃい」
私は彼女を部屋に招き入れた。
彼女は軽装ながら綺麗に身支度を整えていた。
「すみません。突然お邪魔してしまって。私は今日の午後には実家に帰るものですから」
「ああ、家が遠い人はそろそろ出発する頃よね。どうぞ、入って下さい」
「お邪魔します」
彼女はそう言って部屋に遠慮がちに入って来た。
そして警戒するように周囲をキョロキョロと見渡す。
「どうかしたの?」
私がそう尋ねると、レダは自分の態度を打ち消すように首を振った。
「い、いえ。寮の特別室に入るのは初めてだったもので……すごい豪華なお部屋ですね。私たちの相部屋とは大違いです」
「確かに豪華だけどね。でもみんなとワイワイできる相部屋って楽しそうだなって、私は思うわ。ちょっと羨ましい時もあるし」
「そうなんですか。上流階級の方には、私たちがそう見える時もあるんですね」
「今、お茶を入れるわね」
私はアンヌマリーを呼ぼうとした。
そんな私をレダは慌てて止める。
「あ、いえ、お茶はけっこうです。もう時間もないので。それと……誰にも聞かれたくないお話なんです」
こう言われては仕方がない。
「わかったわ。それで相談って何かしら?」
私はテーブルに座ると、彼女にも椅子に座るように促した。
彼女は椅子に腰かけると、手にしていた小型のトランクケースから、一つのぬいぐるみを取り出した。
真っ白な可愛いクマのぬいぐるみだ。
この世界では雪熊と呼ばれていて、北方地域では神様として祭られてもいる。
「雪熊のぬいぐるみね。これが相談ごと?」
私が疑問を感じて尋ねると、レダはコクンと首を縦に振った。
「申し訳ないんですが、この雪熊のぬいぐるみをルイーズ様に捨てて欲しいんです」
「え、なんで?」
私は思わず聞き返してしまった。
すると彼女は言いにくそうに身体をモジモジさせながら答えた。
「私、この雪熊信仰が嫌なんです。これがあると周囲の人に田舎者扱いされるんです。それにここは聖ロックヒル正教が支配する土地ですよね。こんなぬいぐるみが神様の代わりだなんて、みんなにバカにされます。もうこれを捨ててスッキリしたんです」
「だったらそのまま持ち帰ればいいんじゃない?」
「それは伯母に悪いと言うか……伯母は雪熊を祭る巫女なんですけど、私の学園での安全を願って作ってくれたから……」
「それで私にこのぬいぐるみを捨てろと?」
「この雪熊のぬいぐるみ、私の故郷では『重要なお守り』であると考えられているんです。だから雪熊を祭る民がその人形を捨てるなんて、とんでもないことで……」
う~ん、なんか釈然としない理由だなぁ。
雪熊信仰をバカにされたくないから、このぬいぐるみを捨てたい。
持ち替えるのは作ってくれた伯母に悪い。
自分で捨てるのはとんでもない……
「ねぇ、一つ聞かせてくれない?」
私は彼女に確認するように身を乗り出した。
「な、なんでしょうか?」
「どうしてこれを捨てるのが、私でなくちゃダメなの? 寮の同室の誰かでいいじゃない」
「それは……」
レダは視線を外して、さらモジモジと身体を捩った。
「身近な友達にはこの雪熊信仰の事を知られたくないですし、気にしてるって思われたくないんです。それとルイーズ様は上流貴族であられて強い魔力をお持ちでしょうから、こういう事にも強いと思うので」
なるほどね、そういう事か。
確かにこの世界の貴族は上位になればなるほど、強い魔力を持っているの一般的だ。
私は改めてこのぬいぐるみを見た。
一瞬、何か魔法でも仕掛けているのかと思ったが、そんな様子もない。
まぁ「手元に置いてくれ」と言うのなら警戒する必要もあるかもしれないが、「捨ててくれ」と言う程度なら問題はないだろう。
それにここまで頼られているのに、無碍に断るのも何だし……
「解ったわ。これを捨てればいいのね」
「は、はい、ありがとうございます。ただ捨てるのは私がこの学園を出た後、そしてルイーズ様が学園内に居る間にお願いしたいんです」
「それはどうして?」
「私と人形が同じ場所に居る時に人形が捨てられるのは、何か悪い事が起りそうで怖くて……私は今日の午後には学園を出発しますから、ルイーズ様は実家に戻られる前にこの学園でぬいぐるみを捨てて頂きたいんです」
なんか色々条件が付いて面倒だな。
だが今さら断る事もできない。
レダも必死な感じだ。
「わかった。じゃあ今日の午後以降で、私が実家に帰る前にこのぬいぐるみを捨てればいいのね」
「はい、はい、変なお願いで本当に申し訳ありません。だけど私にとっては重要な事なんです。よろしくお願い致します」
彼女は最後に、額が膝につくくらいに深く頭を下げた。
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この続きは明日朝8時過ぎに公開予定です。
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