第24話 呪いの人形(前編)
レイトン・ケンフォード学園に入学して、最初の冬が来た。
もうすぐ冬の『聖人感謝祭』がやって来る。
これは私の世界で言えば、クリスマスとお正月を足し合わせたようなイベントだ。
約二週間、学校は休みになる。
そして半数近い生徒は、自分の家に帰って『聖人感謝祭』を過ごすらしい。
だが逆を言えば、約半数の生徒は家に帰らずに寮で過ごすのだ。
「ルイーズ様は、聖人感謝祭のプレパーティの後はどうなさいます?」
最近疎遠気味だったエルマが、そう聞いて来た。
いまエルマ・アリス・サーラの三人は、立ち位置をどうするか迷っているのだろう。
シャーロットの男子人気は高く、既にクラスの男子の六割は彼女に好意的だ。
清楚で控え目でありながら、笑うと花が咲いたように明るい雰囲気を醸し出すのが、人気の理由の一つだろう。
そして女子の間でも、シャーロットの勢力は広まって行った。
下級貴族や商人の子供たちは、上級貴族には根強い反感を隠し持っている。
そして『上級貴族の中の上級貴族であるルイーズ』にイジメられているとなれば、当然のごとくシャーロットに共感を覚えるだろう。
つまり現在クラスの勢力図は『ルイーズ中心の上級貴族派女子』と『シャーロット中心の下級貴族女子と男子たち』という風に二つに別れていた。
もっともルイーズの権力を恐れて、誰も正面から私に歯向かって来る女子はいないのだが。
最近の状況を考えると、一度このレイトン・ケンフォード学園を離れた方がいいのかもしれない。
「そうね。いったんは家に戻ろうかしら。久しぶりに家族の顔も見たいし」
別に私にはそれほどベルナール家に思い入れがある訳じゃないが、ここはそう言っておくのが無難だろう。
エルマも「同感」と言った様子で頷いた。
「そうですよね。この学園は素敵ですけど、やっぱり下の階級の人間と一緒だと思うと、せっかくの聖人感謝祭が台無しですものね。私も一度フローラル公国に戻ろうと思っているんですの」
「アリスとサーラはどうするの?」
私は他の二人にも聞いてみた。
「私は家が聖職者ですから、聖人感謝祭は当然帰りますわ。色々と手伝う事もありますから」
サーラは当然のように答えたが、アリスは首を傾げた。
「私は悩んでいるんです。家に帰ってもお父様とお母様はパーティ回りで忙しいし。私の家でもパーティを開きますしね。かと言って私はまだ社交界には出られませんから」
「そうなの。せっかく家に帰っても家族がいないんじゃね」
私がそう相槌を打つと、アリスはさらに悩んだような顔をする。
「でも寮にいるのも……ホラ、聖人感謝祭の時期に寮に残る人って、家があまり裕福ではないか、かなり遠方の出身者が多いでしょう。そんな中に一人で居るのも……」
なるほど……普段の仲間がいなくて、寮に残るとアウェーな雰囲気になるのが嫌なのね。
アリスの言う通り、遠方の出身者はわざわざ返るのが面倒くさいだろう。
片道一週間かかれば、往復だけで休みが終わってしまう。
またアリスが言う「家があまり裕福ではない人」……それでも一般人に比べれば十分に裕福なのだが……である中流階級以下の貴族や商人は、この時期に有力者とのコネを作って、自分の立場の向上や今後の商談に結び付けねばならない。
「シャーロットも残るのかしら?」
私が何気なくそう言うと、アリスはさらに不安そうに頷いた。
「彼女とその周辺はみんな残るみたいです。同室のメンバーでパーティをやる計画を立てているらしくって……」
シャーロットの一派が寮に残るなら、私に近いアリスとしては余計に居辛いだろう。
そこに一人の柔らかい感じのする茶髪の女の子がやって来た。
「アリスさん、こんにちは」
彼女は遠慮がちに、そう声を掛けて来た。
同じクラスだが、今まであまり交流の無かった子だ。どうしたんだろう、いきなり……
「あ、レダさん。こんにちは。どうしたの、今頃?」
「あの……この前、アリスさんにお願いしていた事なんですけど……」
そう言ってレダさんは私の方をチラッと見た。
「あ、ああ、あの事ね」
アリスは納得したようにそう言うと、私の方を向き直った。
「紹介しますわ、ルイーズ様。彼女はレダ・クラークさん。私とは同じ聖歌隊で仲良くなったんです」
「レダ・クラークです。今までちゃんとご挨拶する機会が無かったんですが……よろしくお願いします」
彼女はそう言って丁寧に頭を下げた。
「いえ、同じクラスなんだから、そんなに改まらなくたって……こちらこそよろしく。レダさん」
私はそう返答したが、内心では「なんで今頃になって?」という疑問が湧いていた。
アリスがさらに付け加える。
「レダさんはずっと前からルイーズ様とお話ししたかったそうなんです。だけど話しかける勇気が無くって、私がルイーズ様と仲がいい事を知って『今度、正式に紹介して欲しい』って頼まれたんですよ」
「はい、ベルナール公爵令嬢であるルイーズ様に直接お声を掛けるなんて失礼かとも思ったんですが……幸いにして同じ聖歌隊にアリスさんがいらしたので、この機会にと思って……」
レダさんは頭を下げたままだ。
「いや、そんなにしないで。頭を上げて、レダさん。ここでは公国の身分はそこまで意識しなくてもいいから」
なんかこんな風にされると、コッチが恐縮してしまう。
そこでエルマが思い出したように口を挟んだ。
「あれ、レダ・クラーク? もしかしてクラーク男爵の娘?」
「は、はい。その通りです。エルマ様」
レダさんは上げかけた頭を、再び急いで下げた。
「エルマはレダさんを知っているの?」
するとエルマはあまり関心無さそうに答えた。
「ええ、まぁ。クラーク家はフローラル公国の地方貴族の一人ですよ。確か北方の……そう、リッヒル国と接している土地がクラーク男爵の領地よね?」
(リッヒル国の?)
私の耳はその言葉に反応した。
「はい。おっしゃる通り、私の父の領地はフローラル公国の北縁の土地で、リッヒル国と接しています。それで公国の一人として、ルイーズ様にご挨拶を申し上げなければと思っていたのですが。ここまで遅くなってしまい、申し訳ございません」
「そんな事は気にしなくていいわ。それより同じ国の出身だもの。これから仲良くして行きましょうね」
「は、はい。ありがとうございます。それで……今度お時間がある時にご相談させて頂きたい事があるんですが……」
私は少し嫌な気持ちになった。
実は私に近づく人で、こういう頼み事をする人は多いのだ。
勿論、その目的は私の父親であるベルナール公爵だ。
その権力と財力に頼ろうとする人間は多い。
「何かしら? 言っておくけど、私の父に関する事なら期待に沿えないと思うけど」
「いえ、そんな事じゃありません。あくまで私個人の相談なんです。ルイーズ様になら聞いて頂けるかと」
どうやら彼女の接触の目的は、他の連中とは違うらしい。
「いいわ。話を聞くくらいなら。でも私、聖人感謝祭の前には実家に帰るから、あまり時間はないと思うけど」
彼女はホッと安心したような表情を見せた。
「ありがとうございます。ではその前にお声を掛けさせて頂きます」
レダ・クラークは再び丁寧に頭を下げると、私から離れていった。
そんな彼女を見ながらエルマが不思議そうに呟く。
「レダ・クラークか。ただの男爵家がよくこのレイトン・ケンフォード学園に入る事が出来たわね」
彼女の疑問の理由は私にも解るようになっていた。
普通の男爵くらいの爵位では、大した領地も持っていないので、この学園のバカ高い授業料を払うのは厳しいのだ。
「でも男爵にも色々あるでしょ。領地が狭くても特産品があるとか、農地が豊かだとか。貿易で成功している人も居るわ。この学園にだって男爵家出身の生徒は何人もいるはず」
私はエルマの疑問にそう答えた。
爵位に関係なく、お金を持っている人はそれなりに居る。
「だから、あの噂って本当だったんだなって思ったんです」
「あの噂って何?」
興味を持った私とは対照的に、エルマは淡々と答えた。
「クラーク男爵はリッヒル国との交易ではけっこうあくどい事をやっているって言う噂です。商品の一部を横流ししたとか、リッヒル国への援助金の一部を着服しているとか」
「まさか」
「でも地方領主でそういう事をやっている人って多いみたいですよ。地方にまで中々目が行き届きませんからね」
エルマはさも当然の事のように、そう答えた。
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この続きは明日朝8時過ぎに公開予定です。
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