第21話 なぜこんなに悪い方向へ?(後編)
アンヌマリーがメイド室に戻った後、私は一人ベッドの上でこれまでの事件を振り返ってみた。
最初の『馬車で轢きそうになった事件』は、場所は違うがゲームにもあった展開だ。
二番目の『歓迎会での事件』もゲームにあった。
ただしゲームではただ単にルイーズがシャーロットを笑い者にしただけだったが、この世界では彼女の形見のドレスを破いてしまうと言う、より悪い展開になっているが。
三番目は私が考えた『故郷の名物料理パーティ』だ。
これはゲームにはない、完全オリジナルなイベントであったにも関わらず、シャーロットの故郷を侮辱した感じで終わっている。
四番目は『風魔法で崖から落下しそうになった事件』だ。
あれもゲームにはなかった。
そもそもルイーズが一人で魔法の練習をするなんて話はゲームにはない。
五番目が『特級呪具倉庫閉じ込め事件』。
ゲームではルイーズが故意にシャーロットを物置に閉じ込めるイベントがあるが、それが発生するのはもっと終わりの方だったはずだ。
六番目が一番新しい『テラス転落事件』。
こんな話もゲームには無かった。
(そう言えば、あのテラスでの一件、シャーロットは最初から私に襲われているかのように、大きな声を張り上げていた)
考えてみると、あの話し方も不自然だ。
彼女は「私が怖かったから」と言うが、私は別に何も言っていない。
いきなりシャーロットが叫び出したのだ。
(そして自分から後ずさって、テラスの塀にぶつかって転落した)
あの様子もおかしい。
テラスの塀が腰までしかないとは言え、あんなに簡単に後ろに落ちてしまうだろうか?
(もしあの時のシャーロットの行動が、全て演技だとしたら?)
私の脳裏をそんな考えが横切る。
(いや、彼女は後向きに倒れた。下を確認してから飛び降りた訳じゃない。あの真下に乾草の山があった事は解らないはずだ)
だけど……だけど、もし……
シャーロットがその事を知っていたとしたら?
私がこの世界をゲームとして知っているように、シャーロットもこの先に起きる展開の全てを知っているとしたら……?
(これはルイーズに確認しないとならない)
そう思った私は、午前零時を待って鏡の前でルイーズを呼び出した。
「ルイーズ、ルイーズ。私よ、加奈。聞こえているでしょ、返事して!」
呼びかけて数秒で鏡に映った像がグニャリと歪み、本当の世界の私が映った。
「ん~、なに、加奈? なにか進展あった?」
鏡の向こうで本物のルイーズは、缶ビールを飲みながらチーズ鱈を口に放り込んでいる。
「ルイーズ、あなた、何をしてるの?」
そのコッチとはあまりにズレた景色に、私は思わずそんな事を聞いてしまった。
「いまね~、深夜アニメを見ているの。現代の女子が異世界に転生するやつ。この世界のアニメって面白いね。加奈もこういうのを見ているから、私の世界にすんなり入りこめたんだね」
(こ、この悪役令嬢様は~)
私は頭を抱えた。
本当に、私はいったい誰のためにこんな苦労をしているんだろう。
「それで、用件は何?」
ルイーズがそう聞いて来る。
私も気を取り直して本題に入った。
「あれから三回も事件があったのよ。それで三回とも私とシャーロットしかいない場面で、彼女が死にそうになって……」
私は前回からの間に起こった三つの事件について説明した。
「それでいずれの場合も、まるで用意されていたみたいに必ず証人がいるのよ。そしてその度に攻略対象の男子が私に反感を持つようになって……」
鏡の向こうのルイーズも難しい顔で考え込む。
「確かに。私の時も、なぜか私が不利になるようにいつも証人がいたわ。それも最悪のタイミングで」
「やっぱり……」
私は考えていた事を思い切って口にした。
「もしかして、シャーロットも私と同じように、別の世界から来た人間じゃないのかな?」
「えっ?」
ルイーズが驚いたような顔をする。
「だから彼女は、この世界で起きる出来事を全部知っているのよ。私がゲームでだいたいの事を知っているように」
だがルイーズはそれに賛同して来なかった。
「そうかな? だって加奈は自分で考えた独自の事をやってみたんでしょ? だとしたらシャーロットが別の世界の人間だとしても、それを知る方法は無いんじゃない?」
「そうか……」
言われてみればその通りかもしれない。
少なくとも『故郷の名物料理パーティ』や『風魔法で崖から落下』の件は、私が自分で考えてやった事だ。
ゲーム内のイベントとして知る事はありえない。
「それとシャーロットには、私に対する強い憎しみを感じるのよね。もう絶対に私を許さないと言うか、怨念に近いものを感じるの」
ルイーズが疲れたようにそう言った。
これは三十三回も繰り返し殺されたルイーズの感覚が正しいだろう。
「でも私には、やっぱりシャーロットは出来事を知っていたように思える。だってテラス事件の時なんて、最初から下にいる男子たちに聞こえるように叫んでいたし、落下した所にちょうど乾草の山があって無傷だなんて、都合が良すぎると思わない?」
「確かに。私も自分だけの時は気づかなかったけど、外の世界から来た加奈が考えた事でも同じように『証人付きの都合がいい事故』が起きるなんておかしい。偶然の一言では片づけられない」
「やっぱりそうよね。でもこの世界で起きる出来事を知っているんじゃないとすると、あとはこの世界全てを俯瞰して監視でも出来るとしか思えない……」
私が考え込みながらそう言うと、ルイーズはあっさりと冗談っぽく返した。
「もしかして、私にはバヤンでも憑りついているのかもね」
「バヤン? それは何?」
そう私が問いかけた時だ。
鏡が元のようにグニャリと歪み、そこには今の私の顔しか映っていなかった。
どうやら一回五分のタイミリミットが来たらしい。
(でもルイーズが最後に言った『バヤン』という言葉。どこかで聞いたような)
私はその言葉が胸に引っ掛かって仕方がなかった。
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この続きは明日朝8時過ぎに公開予定です。
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