第20話 なぜこんなに悪い方向へ?(前編)
ベッドに入る前、いつものようにアンヌマリーが私の髪に櫛を入れて手入れしてくれる。
そして私の方は、捨て置かれた人形にようにグッタリとしている。
「お嬢様、ここの所ずっと、お元気がないようですが?」
「……うん……」
私は力なく返事をした。
そりゃそうだ。
この前の『テラス事件』以来、多くのクラスメートが、私を疑惑の目で見るようになってしまったのだ。
『風魔法落下事件』
『特級呪具倉庫閉じ込め事件』
『テラス事件』
もはや三度もシャーロットは命の危険にさらされた。
そのいずれにも私が関わっている。
いや関わっているなんてもんじゃない。
私が『シャーロットを殺そうとしている犯人』だと見られている。
しかもその場に居たのは、私とシャーロットの二人だけ。
その状況で一人が死にそうになれば、もう一人が疑われるのは当然の事だろう。
(これで攻略対象のヒーロー5人全員に、私は『嫌われフラグ』を立ててしまったんだよね)
婚約者であり大国エールランド公爵家の長男であるアーチー。
世界中に信者がいる聖ロックヒル正教の大司教の息子であるガブリエル。
世界を股に掛け、莫大な財力を持つ海運王の息子であるハリー。
北方三連合国の公爵家で、親が国王の従兄弟であるジョシュア。
隣国ドレスランドの公爵家で、私にとってはイトコで幼馴染でもあるエドワード。
「いやいや、ゲームでもここまで全員には嫌われてなかったし……」
思わずそんな愚痴が漏れた。
「え?」
アンヌマリーが不思議そうな反応を示す。
慌てて私はごまかす。
「ううん、なんでもないの。最近、疲れる事が多かったし、ちょっと変なことを言っちゃっただけ」
「そうですか。気苦労される事も多いようですが……最近は夜も十分に眠られていないようですし。少し気分転換をされると良いかもしれませんね」
アンヌマリーが私の髪を優しく梳きながらそう言った。
(気苦労ね……アンヌマリーの耳にも何か入っているのだろうか?)
そう言えばゲーム『フローラル公国の黒薔薇』では、シャーロットが革命のトップに立つための条件がいくつかあった。
一つ目は『攻略対象ヒーローの誰かを味方につける事』。
これはシャーロット側から見れば、既に完全攻略していると言えるだろう。
二つ目は『寮の同室の仲間六人を味方にする事』。
シャーロットの寮はこのレイトン・ケンフォード学園内では、あまり裕福ではない階級の出身者が多い。
勿論、裕福ではないと言っても、平民や貧民の子供たちがいる訳ではないのだが。
あくまで下級貴族、没落王族、まあまあ成功している商人の子弟と言った所か。
三つ目は『寮で働くメイドや執事、使用人たちを味方に付ける事』。
メイドや執事や使用人は、レイトン・ケンフォード学園の生徒ではない。
つまり『スクール・カースト外の人間』と言える訳だ。
彼ら彼女らは平民階級出身も多いため、中には貴族に対する反感を持っている人もいる。
そしてメイドや執事たちが一番力を発揮するのは、プライベートな空間で自分の主人と話が出来る事だ。
主である生徒たちは学校で起きた事をメイドや執事に話をする。
そしてメイドや執事たちはそれを自分たちのコミュニティで話題にし、情報交換をして主人に持ち替える。
こうして噂が増幅され、上流階級にも伝わっていく。
(メイドたちの間では、どんな風に話が伝わっているのだろう)
私はアンヌマリーに、これまでの事件について尋ねてみる事にした。
「ねぇ、アンヌ。あなたも私に関する話は色々と聞いているでしょ?」
鏡に映ったアンヌマリーの表情が曇った。
「え、ええ。まぁ少しは」
「それってどんな風に伝わっているの? あなたたちメイドの間では、どんな風に話しているのか聞きたいの」
アンヌマリーは暗い様子で俯いた。
きっと「どう話していいのか」戸惑っているのだろう。
「遠慮する事はないわ。私はあなたたちメイドの中で、どんな風に話が伝わっているのか知りたいの」
「……わかりました。それでは失礼ながらお話させて頂きます」
アンヌマリーは諦めたように口を開いた。
「大変失礼ながら、他のメイドたちは『お嬢様がシャーロット様を亡き者にしようとしている』と、そう噂しております」
「やっぱりね」
私は静かにそう答えた。
これだけ学内で噂になっているのだ。メイドたちの耳に入っても当然だろう。
「それでどんな風に噂されているの?」
「それは……お嬢様は辺境小国の没落王族のシャーロット様を軽蔑しているとか、リッヒル国は我がフローラル公国の援助で成り立っているのに、王族だからと言ってシャーロット様がこの学校に居る事自体が気に入らないとか……他にも……」
「他にも?」
アンヌマリーはとても言いにくそうにしていた。
しかし私に促されては黙っている事も出来ない。
「お嬢様の婚約者であるアーチー様とシャーロット様が仲が良い事が許せないとか……他にも名門貴族の殿方がシャーロット様と親しげである事にプライドが傷つけられているとか……」
「アンヌ……」
「ハ、ハイッ、失礼しました。も、申し訳ございません」
アンヌマリーはまるで感電したかのようにビクッと身体を振るわせて、何度も頭を下げた。
「ううん、違うの。別にアンヌを怒っている訳じゃないわ。ただあなたの目から見て、どう思えるか。その率直な意見を聞きたいの」
アンヌマリーは恐る恐ると言った感じで頭を上げた。
「私は……ルイーズお嬢様がそのような事をされるとは、到底思えません。確かに以前のお嬢様は短気な所もあって、お気に召さない事があるとお怒りになる事も多かったですが……それでも人を殺そうとするとは思えません」
私は黙って聞いていた。
だがアンヌマリーがそう言ってくれた事は、私にとって唯一の救いだった。
一番身近な存在が、私の事を信じてくれている。
今はそれだけで心が温かくなる気がする。
「それとこれは私の考えですが、もしお嬢様が本気でシャーロット様を亡き者にしようと思えば、こんな陰湿で手の込んだ方法は取らないかと思います。本国に居るお嬢様の親衛隊団だけでも、リッヒル国を滅ぼす事は可能ですから。それ以前に『リッヒル国への援助を停止する』とお嬢様が言えば、シャーロット様はこの学校に居る事は出来ないでしょう。わざわざお嬢様自身が手を汚してまでやる必要はありません」
(御付きメイドとして、アンヌマリーを連れて来て良かった)
私は心からそう思った。
彼女は気遣いや気配りが出来るだけではなく、冷静は目で物事を見られるようだ。
さらにアンヌマリーの言葉は続く。
「あとこんなに立て続けに事件が起こるのはおかしいと思います。それもお嬢様とシャーロット様が二人だけの時に。それでいて誰かが必ずその現場を見ている。まるで最初から証人として、そこに用意されていたみたいに」
私はその言葉を聞いてハッとした。
確かに、あまりにタイミングが良すぎる。
私は今まで「これがゲームのシナリオだから」と、当然のように考えていた。
だが実際に事件が起きてみると不自然すぎる。
しかも事件のいくつかは、ゲームには無かった展開なのだ。
実際にこの世界の住人であるアンヌマリーは、事件を不自然に感じている。
「アンヌ」
私は振り返るとアンヌマリーの手を両手で強く握った。
「本当にありがとう。あなただけは私の味方だって思えた。それだけでもとっても心強いわ」
「そんな、もったいないお言葉……」
「それとお願いがあるの。聞いてもらえる?」
「はい、何なりと」
「これからも他のメイドたちがどんな噂を話しているか、それを調べて欲しいの。別に私の噂でなくても構わない。特に頻繁に上る話題は私に教えて頂戴」
「わかりました、お嬢様。それでお役に立てるなら」
「頼むわね」
私は再びアンヌの手を強く握った。
彼女も握り返してくれる。
そう、ゲームとは違って、私にはアンヌマリーという味方がいる。
その事だけでも大きな違いに思えた。
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この続きは、明日朝8時過ぎに投稿予定です。
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