第16話 風魔法と倉庫事件(前編)
その後も、私ことルイーズとシャーロットの関係は悪くなる一方だった。
言っておくが、私は一生懸命に彼女との仲を改善しようと努力しているのだ。
だが何故かいつも結果は『私が彼女を貶めた形』になってしまう。
しかもそれを必ず攻略ヒーローの誰かが見ているのだ。
その二つの出来事をここに挙げたい。
一つ目は、私が一人で魔法の練習をしていた時の事だ。
実践魔法の授業以来、私は魔法が好きになっていた。
何しろ私の世界では魔法なんて絶対にあり得ない事だ。
今の内に堪能しておくのも悪くない。
それにもしこの先、シャーロットとの仲が悪くなっていったとしても、上手く魔法を使う事でピンチを切り抜けられるかもしれない。
しかしルイーズの魔力はそれほど強くはない。
だから今の内に練習を重ねておくのだ。
練習場所としては、魔法学の校舎の裏手にある、少し開けた草原を使っていた。
所々に人の背丈ほどの石が点在していて東側が森、南側が崖になっている、少し寂しい印象を受ける場所だ。
この場所を選んだのは、風の妖精が集まりやすい場所だからだ。
そしてここに来る時はいつも一人だ。
魔法の練習には危険を伴う事もあるし、あのおべっか使いの三人がいつも一緒では、流石に私も気が休まらない。
その日も私は一人で魔法の練習のため、練習場所に向かっていた。
魔法学校舎の前を通りかかった時だ。
中からプラチナ・ブロンドの眼鏡をかけた貴公子然とした美少年が出てきた。
北方三連合国の公爵家の次男、ジョシュア・ゼル・ウィンチェスターだ。
父親が国王の従兄弟という名家だけあって、ただ歩いているだけでも気品が感じられる。
(そう言えば、まだジョシュアにはフラグが立ってないんだよね)
そう思いながら、すれ違う時に「こんにちは」と軽く挨拶をする。
ジョシュアはハッとしたように顔を上げると、急いで私に「こんにちは」と挨拶を返した。
何か考え事でもしていたのだろうか?
「ちょっと待って、ルイーズ」
数歩行った所で、ジョシュアがそう声を掛けて来た。
「なにかしら?」
不思議に思って振り返ると、ジョシュアも私を疑問の目で見ていた。
「今ごろ、魔法学の敷地に行くって、何か用事があるの?」
彼の問いは当然と言えば当然だ。
なぜなら私が行こうとしている草原は鬱蒼と茂った森に隣接しており、そこにはちょっとした魔物や魔法動物が住んでいる。
これらの魔物は学校の敷地内で保護されているとも言えるのだが、それでも陽が暮れる頃には危険がある。
人気の無い時間帯も同じだ。
学園の生徒たちも森には無闇には近寄らないようにしている。
そんな所に一人で向かうのは、誰でも疑問に思うだろう。
「ちょっとね、魔法の練習でもしようと思って」
私は正直に答えた。
隠すほどの事ではない。
それでもジョシュアは眉を顰めたままだ。
「こんな時間にかい? あと一時間もすれば陽が陰って来ると思うんだが」
「だからこそ、誰も来なくって思いっきり魔法の練習が出来るんじゃない。大丈夫よ、リー先生の許可は取ってあるから」
私はそう言ってその場を離れた。
時間を無駄にしたくなかったのだ。
彼はしばらくその場に立って、私の方を見つめていたようだ。
草原に到着した私は、さっそく点在する石の上に、いくつかのワラや木の枝を束ねた標的を置いた。
これを風の魔法で吹き飛ばすのだ。
練習の成果で私の魔法はだいぶ強くなったが、それでも十メートルも離れれば効力が無くなってしまう。
私は限界である十メートル離れて、一つの的に向かった。
両手を前に突き出し、念を込める。
「風の精シルフィよ、我の命の炎に寄り添い、我に力を……」
突き出した両手に風の精が集まって来るのを感じる。
「サジッタ・ヴェンティ!」
大気の流れが急激に代わり、私の腕に沿って一直線に流れ出す。
そして風は一直線に標的であったワラ束を吹き飛ばした。
(やった、こんなに上手く出来た事はない! 今日は調子がいいぞ!)
次に私は再び突き出した両手の間に念を込めて、風の渦を作り始めた。
初めての実践魔法の授業の時、リー先生が「そこに熱を込めて」と言っていた事を復習していたのだ。
風の渦を大きく広げ、そこに熱を込める。
慣れて来ると熱を上げるのは意外に簡単だった。
空気の分子の振動を上げればいいのだ。
風の動きも空気の分子を一方向に動かす魔法だから、原理としては同じだった。
前よりは、温度が高くなった空気の渦を長い時間維持できるようになった。
周囲の冷たい空気との温度差で、陽炎が出来て反対側の景色が歪む。
(そう言えばリー先生は、私のもう一つの属性である『空』も使ってみろと言っていたな)
だが『空』とは何だろう。
ロマーニ先生は『エーテル』と言っていたが、実態が良く解らない。
とりあえず『空間』という意味に解釈してみようか?
回転する風と、その向こう側を『空間として遮断』してみる。
すると……一瞬だがその境界面が鏡のように光ったのだ。
「えっ?」
私が目を見張った途端、その鏡も風の渦も消えていた。
(これが、私の力?)
新しい自分の力を発見し、私はワクワクしてきた。
とは言っても、空気中で鏡を映し出せた所で、何の役にも立たないだろうが。
再び私は両手を突き出し、念を込める。
今度は今までよりも強い風をイメージする。
両手の間に風の回転が起きる。
(もっと強く、もっと速く、もっと大きく)
両手では抑えきれないくらいのつむじ風が強くなる。
今までで一番の強さだ。
(今日の私は絶好調だ。今日なら出来る!)
「風の精シルフィよ、我の命の炎に集い、激しく踊り狂え……」
呪文の通り、私の手の間でシルフィたちが激しく乱舞する。
もう私の魔力では抑えきれないほどだ。
「メイル・シュトローム!」
私は押さえつけていたつむじ風、それは既に小型の竜巻になろうとしていたが、両手を広げて押し出すように放った。
それは解放された途端に大きくなり、私の前方から左回転で進んでいく。
周囲に置いた標的のワラ束や小枝の束を吹き飛ばしながらだ。
「あっ!」
斜め後ろから悲鳴が聞こえた。
振り返ると、そこにつむじ風に巻かれてよろめくシャーロットの姿があった。
そしてその背後には……崖がある!
「ウソ!」
思わず私も小さく叫んだ。
そんな所に人がいるなんて思いもしなかったのだ。
だが驚いているヒマはない。
風に巻かれた彼女は、あと数歩で崖から転落する!
「風よ、止まれ!」
私は右手を突き出して叫んだ。
だが既に小さな竜巻程度に成長していたつむじ風は、その程度では止まらなかった。
それに……そもそも私は風の止め方を知らない。
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴と共にシャーロットの姿が崖に消えた。
「シャーロット!」
私は彼女の名を叫び、駆け寄ろうとする。
だが自分が起こした風のせいで、自分が近寄る事ができない。
「シャーロット!」
私は再び声の限りに叫んだ。
だがあの崖から落ちていたとしたら……ただでは済まないだろう。
最悪、命を落とす可能性もある。
ようやく風が収まった。
私はシャーロットが落ちた崖に駆け寄った。
頭の中では、崖下でぐったりと倒れている彼女の姿を想像しながら。
「え?」
崖下を覗き込んだ私は、思わずそんな意外な声を上げた。
シャーロットは崖から生えた何本ものツタに掴まって、落下を防いでいたのだ。
おそらく彼女は、とっさに得意な植物制御の魔法を使い、ツタを生えさせて自分の身体を受け止めたのだろう。
だが、シャーロットの私を見上げる目は冷たかった。
きっと彼女は「私がわざと突き落とした」と思っているのだろう。
「だ、大丈夫?」
私はシャーロットに手を差し伸べたが、彼女はその手を取らずに、自力で崖の上に這いあがった。
私の方を見ずに、服についた土や草を手で払い落す。
「あ、あの、ごめんなさいね。私、近くに人が居るなんて思わなかったの」
彼女はチラリと私を見た。
「いえ、声を掛けずに覗くように見ていた私が悪かったんです」
そう言いつつ、彼女の目には険しいものがあった。
いつもオドオドした感じのシャーロットだが、今回は命の危険もあったせいで、さすがに怒りを抑えきれないのだろう。
「でも本当に良かった。あそこから落ちたらケガじゃ済まないかもしれないから」
「だけどさっき私を見た時、意外そうな表情でしたよね?」
彼女のその言葉に、思わず私は息を飲んだ。
そりゃ確かに、崖下に落ちてなかったのは意外だったけど……でもあのシチュエーションなら誰だってそう思うでしょ。
何か言わなくちゃ……そう思って改めて彼女を見渡すと、肘と膝を少し擦りむいていた。
「シャーロット、あなたケガをしてるんじゃない?」
だが彼女は厳しい顔つきを崩さなかった。
「平気です」
短くそう答えると、
「失礼します、ルイーズ様」
シャーロットはそう言って一礼し、クルリと背を向けてその場を立ち去って行った。
(これ、もしかしてシャーロットは「私=ルイーズに殺されそうになった」って思ってない? だとしたら最大級にマズイんだけど)
一人残された私は、呆然とそう思っていた。
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この続きは、明日の朝8時過ぎに公開予定です。
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