第8話 歓迎会と言う名のランク付け(後編)

そんな中、私達に近づく少女の姿が視界に入った。

視線を向けるとこのゲームの正ヒロイン、シャーロット・エバンス・テイラーだ。

私と目が合うとシャーロットはおずおずと近づきながら頭を下げた。


「昼間はとんだ失礼を致しました。ルイーズ様。私、シャーロット・エバンス・テイラーです」


彼女は白いレースで出来たスカートの裾をつまんで、丁寧に頭を下げた。


(う~ん、まだ彼女と仲良くするか、接触を避けるか、方針を決めてないんだけど……)


返答に迷っている私よりも先に、エルマが口を開いた。


「シャーロット・エバンス・テイラー? え、どこの人なの?」


シャーロットは脅えたような目でエルマを見た。


「私は……リッヒル国の者です」


「リッヒル国? それってどこの?」


そう言ったのはアリスだ。


「ほら、北の端っこにある小さな半島だけの国よ」


サーラがそれに答える。

それを聞いたエルマが、露骨に蔑んだ視線をシャーロットに向ける。


「ああ、あの村程度の大きさしかない小さな国ね。食料の自給も出来ないから、我がフローラル公国からの援助で、民も辛うじて食いつないでいる惨めな国」


同じようにアリスとサーラが侮蔑の視線をシャーロットに投げる。

シャーロットがその視線を感じて、さらに身体を固くした。


「で、その物乞い国のお姫様が、いったい何の用かしら?」


エルマが居丈高にそう言う。


「は、はい。私がこの学校に入れたのは、一重にフローラル公国が金銭面の援助を申し出てくれたお陰です。ですからそのお礼を一言、ルイーズ様に申し上げたいと……」


シャーロットは消え入りそうな声で、辛うじてそう言った。


そう言えば、そんな場面がゲームにもあったような。

リッヒル国には、シャーロットがこの学園で卒業するまで学費を出せるような余裕はない。

それをフローラル公国が援助したのだ。

と言ってもフローラル公国も親切心から、彼女の学費の面倒を見る訳ではない。

リッヒル国の重要な港を一つ、租借するためなのだ。

確かにレイトン・ケンフォード学園の学費はバカ高いが、港を一つ占有できるとすれば安い買い物だ。

テイラー家でもリッヒル国王家として、娘のシャーロットには恥ずかしくない経歴と、他国の有力貴族との交友関係をつけさせたいと望んだのだろう。


エルマがさらに不愉快そうな表情を浮かべる。


「そう、そうなの。あなたは我がフローラル公国のお金でこの学校に通えている訳ね。我が国の国民が知ったら、どう思うのかしら?」


「まったくね」


「他国のお金をアテにして、この由緒あるケンフォード学園に来るなんて……恥ずかしくないのかしら」


アリスとサーラがそれに続く。

そしてエルマは、今度はシャーロットの来ているドレスに注目したらしい。


「それに何、その古臭い、センスがないドレスは? 色も黄ばんでいるんじゃない?」


実は、私のシャーロットのドレスは気になっていた。

どう見てもかなり古い物なのだ。

白いサテンのドレスの上に、精緻なレース編みが胴体とスカートの部分を上から覆っている。

レースの編み方などはかなり凝っているが、エルマの言う通り色も少し黄ばんで見える。

まるで何十年も物置に仕舞ってあったドレスを、引っ張り出してきたかのようだ。


「これは……母が祖母から結婚の時に送られたドレスで……母の形見なんです」


シャーロットは自分が馬鹿にされる事よりも、そのドレスを貶された事が悔しい様子だった。

下唇をキュッと噛み、それでも誇りを保つがためにそう言った。


「いくら形見でもそんな……」


エルマがそう言いかけたので、私はそれを止めようとシャーロットに近寄ろうとした時だ。

すると……私のスカートの裾が、テーブルの足の一つに引っ掛かっていた。


「あっ」


足を踏み出そうとしていた私は、バランスを崩して前のめりに倒れそうになった。

右手を前に出していたので、その指先が何かを掴む。


  ビリビリビリビリ


何かを引き裂く音と、その感覚が伝わってきた。


「あああ」


シャーロットが絶望するような声を上げた。


私はと言うと、その何かを掴んだお陰で、辛うじて転倒する事は避けられた。

だが私の手に残ったものは……なんとシャーロットのドレスを飾っていたレースの一部だったのだ。

顔を上げると、彼女のスカート部分を覆っていたレース編みが、無惨に引き裂かれている。


彼女は目を丸く見開いていた。

その唇から震えるような声が漏れだす。


「お母様の……お母様の形見のドレスが……伝統のレースが……」


私もあまりの事に、一瞬絶句してしまった。


(すぐに謝らなければ……)


だが私より先に、エルマの冷淡な言葉が聞こえてきた。


「なによ、そんな古ぼけたレース。それが破れたくらい、どうって事ないでしょう」


アリスとサーラがエリスに同意する。


「そうね。元々かなり古そうなシロモノだったものね」


「元から破ける寸前だったんじゃない」


さすがにそれらの発言には、私も驚いた。

だがレースを破いた張本人は私だ。


「ごめんなさい。足を取られてしまって……ドレスの方は弁償するわ」


だがシャーロットは、両拳を握りしめ、人形のようにじっとしていた。

きっと悔しさと悲しさに耐えているのだろう。

エルマがさらに追い打ちをかける。


「良かったじゃない。ルイーズ様が新しいドレスを買ってくれるって。そんな時代遅れの古ドレスの代わりに、新しいドレスが手に入るなんて、かなり得をしたわね」


そう言ってエルマが嘲るように笑った。

他の二人も同様に笑う。


(これはマズイ!)


私がそう思った時だ。


「それくらいにしておいたらどうです?」


静かな男子の声が響いた。

声の方を見ると、栗色のカールした髪の毛の少年が近づいてきた。

小柄で可愛らしい顔立ちだが、どこか気品と風格がある。

そして少年はその愛らしい顔に似合わず、怒りを目に宿していた。


「大勢で一人の女の子をイジめて、何が楽しいんですか」


少年を見て、サーラの顔色が変わった。


「ガブリエル様……」


そう、その少年こそ『フローラル公国の黒薔薇』の第二のヒーロー、ガブリエル・マルセル・バロアなのだ。

彼は聖ロックヒル正教の大司教の息子だ。そしてバロア家は代々大司教を排出している家柄でもある。

そして大陸全土に多くの信者を持つ聖ロックヒル正教の大司教ともなれば、その権力と影響力は計り知れない。


ガブリエルは悔しさに打ち震えるシャーロットのそば寄ると、その肩に静かに手を置いた。


「大丈夫ですか?」


するとシャーロット目から、今まで堪えていた涙がポロポロと零れた。


「お母様の、お母様の形見の、ドレスが……」


それ以上、言葉を続ける事は出来なかったのだろう。

彼女はただ唇を噛んで震えているだけだった。

ガブリエルはそんなシャーロットの手をそっと握る。


「本当に、本当に大切な物だったんですね」


シャーロットはコクンと首を縦に振った。


「私の国では、娘が嫁に出る時、その母親から伝統のレース編みのドレスを贈られるんです。これは祖母が母が結婚する時に贈ったもの……そして母は……「新しいドレスはもう作れないから」と言って、私にくれたものなんです……母の形見として……」


う……こんな設定だったのか?

これは私の知らないルートだ。


そしてシャーロットの涙と言葉は、私の胸を打った。

一緒にいたエルマ、アリス、サーラの三人もバツが悪そうな顔をしている。

そんなサーラが口を開いた。


「ガブリエル様、私達、そんな大切なものだとは知らなかったんです。ただ古いドレスだったんで、それで……」


「言い訳はやめなさい!」


ガブリエルは強い目と言葉で、私達を睨んだ。


「人にはそれぞれ大切にしているものがあります。アナタたちはそれを壊した上、笑いものにして侮辱したんですよ。まずはその謝罪をすべきではないのですか!」


だがその言葉にエルマは目を向いた。


「謝罪ですって? そんな古びたドレスを破いたくらいで? 冗談もほどほどにしてください。そもそも彼女が身の程知らずにもルイーズ様に近づこうとした事が原因でしょう。いや、それ以前にその娘がここに居られるのは、我がフローラル公国のお陰なのです。その事を脇に置いて謝罪しろですって? 冗談にも程があるわ」


ガブリエルはその言葉を聞いてスクッと立ち上がった。


「そうですか。よく解りました。それがアナタたちフローラル公国の上流階級の考えなのですね。アナタ方のような人たちと、これ以上話し合ってもムダでしょう。どうやらアナタたちは人の心を持たないようだ」


そう言ってガブリエルはシャーロットに優しく告げた。


「行きましょう、シャーロットさん。アナタのような心のキレイな人は、こういう人達と関わるべきじゃない。アナタの大切なそのドレスに変わる物はありませんが、せめて僕から新しいドレスを贈らせて下さい」


シャーロットは驚いたような顔でガブリエルを見上げた。


「そんな……ガブリエル様にそこまでして頂く訳には……」


「いいえ、これは僕の気持ちなのです。贈らせて下さい。アナタの気持ちを少しでも癒したい」


そう言って二人はその場を離れて行った。

シャーロットとガブリエルの萌え感タップリなシーンを見せつけられた私達は、その場で唖然としていた。


そして……またしても私は『破滅フラグ』を一つ立ててしまったのだ。



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この続きは明日の朝8時過ぎに投稿予定です。

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