第3話 目が覚めると、そこはもう異世界だった
(前回までのお話)
31歳の普通OL・三城加奈は、お気に入りの乙女ゲーム『フローラル公国の黒薔薇』をやろうとした時、
目の前にゲームの登場人物にして悪役令嬢のルイーズが現れた。
ルイーズは加奈に「どうやっても私がヒロインをイジメた結果になってしまう。それを避けて破滅エンドを回避する方法を探して欲しい」
と頼む。
その依頼を受けた加奈は、ゲーム世界に行く事になり・・・
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鳥のさえずりが聞こえる。
瞼を閉じた状態でも、外からの陽の光が差し込んできている事が解る。
(もう朝か)
私は目を閉じたまま、半覚醒の状態でそう思った。
(昨日は変な夢を見ちゃったなぁ。ゲームのやり過ぎかもしれない)
まだ眠り足りないので、光が差してくる方に背を向ける。
あ~、この広くてフカフカのベッドなら、いくらでも眠れるわ。
ん? 広くてフカフカのベッド?
おかしい。私のベッドなら一人用だからそんなに広くないし、布団も干す時間がないから、どっちかと言うとペッタンコで重みを感じるはずだ。
私はうっすらと目を開けた。
すると豪華そうな布団と共に、ベッドを囲むレースのカーテンが見えた。
ってコレは、天蓋付きベッド?
私は仰向けになって天井を向く。
天井にまで幾何学的な飾りと、柔らかそうな絨毯が張られている。
……コレは何? ゲームの夢に続いて、高級ホテルの夢でも見ている?
私はそっとベッドを囲むカーテンを開いてみた。
目に飛び込んできたのは……
白を基調とした豪華な部屋だ。
その広さもここだけで会社のオフィスぐらいはある広さだ、
大きな装飾付きの窓の外には、やはり豪華な装飾のテラスがあり、さらにその向こうには緑の庭園が広がっている。
部屋の中に目を向けると、天蓋付きベッドの両側には豪華なドレッサー、そしてカウチソファー、テーブルセット。
反対側には可愛らしいライティング・デスクと書棚が置かれている。
上半身を起こして呆然としていると、部屋の白いドアが静かに開いた。
やって来たのはまだ若いメイド服を身に着けた女性だ。
彼女は私を見ると、驚いたように目を見開いた。
「お嬢様、もうお目覚めになったのですか?」
「え、ええ」
お嬢様? それって私に言っているのだろうか?
「申し訳ございません。お嬢様がお目覚めになっている事にも気づかず。すぐに朝のお櫛の用意を致します」
彼女は平身低頭すると、部屋に繋がったバスルーム?らしき場所に入り、やがて金色に輝く洗面器をタオルを持って来た。
彼女はドレッサーの上に洗面器を置くと、その前の棚を開き、いくつかの化粧品らしき瓶を取り出す。
「お嬢様、準備が整いました。どうぞこちらへ」
言われるがままにドレッサーの前に座ると……
鏡に映ったのは、ゲーム『フローラル公国の黒薔薇』の悪役令嬢、ルイーズ・レア・ベルナールだった!
「なっ!」
思わず短い叫びをあげると、後ろにいたメイドがビクッと身体を振るわせた。
「ど、どうなさいましたか? お嬢様。私、何か粗相を……」
脅えたような声でそう聞く若いメイドに、今度は慌てて私が言った。
「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくって……」
しばらく躊躇った後、私は静かに聞いた。
「あの、アナタには、私が誰に見える?」
「え? いや、それはもちろん、ベルナール公爵の第一令嬢であるルイーズ・レア・ベルナール様ですが……」
と言う事は、昨夜のアレは夢ではない?
私は本当にゲーム『フローラル公国の黒薔薇』の世界に入り込み、悪役令嬢ルイーズ・レア・ベルナールとなっているのだ。
(つまり私はこのままだと破滅エンドまっしぐらって訳ね)
本物のルイーズは「入れ替わるのはこの一回だけ」と言っていた。
私が知っている『十回分のエンド』で考えてみると……
ルイーズはまず王族や貴族や大商人など、上流階級だけが集まる全寮制の学校・レイトン・ケンフォード学園に入学する。
そこにはルイーズが目の敵のようにイジメる辺境地の王族の娘、シャーロット・エバンス・テイラーが居るのだ。
彼女は王族とは言っても、実態は領地的にも下級の田舎貴族と変わらない程度の暮らしぶりだ。
本来ならレイトン学園に入れる地位には居ないのだが、弱小とはいえ王の一族の一人という事で学園への入学が許されたのだ。
で、その後はお決まりのシャーロットを中心とした大陸全土を巻き込む革命運動が起こって、公爵令嬢のルイーズは破滅エンドを迎える、めでたしめでたし、と言う訳だ。
(もっとも私だって一回と言えど残虐に殺されるのは嫌だからね。なんとか破滅エンドを回避するようにしないと)
メイドが私の髪を香油で洗ってすいてくれるその間、私はずっと考えていた。
洗顔の後の乳液を着けている時、彼女がこう言った。
「いつもながらルイーズ様のお肌はきめ細かくて透明感があって素敵です。お化粧はほとんど必要ないかもしれませんが、今日は寮へ異動の日ですから、少しはお化粧をなさいますか?」
その言葉を聞いて私は反射的に聞き返した。
「え、寮への異動って、レイトン学園の? 今日って何日」
「夏の第三月で三十日ですわ。明日から秋の第一月でレイトン学園の入学式ですわよね」
ゲッ、じゃあ事前に対策を立てるなんてほとんど無理じゃん。
私が一番最初に考えたのは「レイトン学園に行かないこと」。
病気だなんだって理由をつけてレイトン学園に行きさえしなければ、ヒロインのシャーロットにも会う事はない。
それだけで大きく破滅エンドを避けられずはずだ。
だが今日が入寮の日とあっては、それは無理だろう。
何しろゲームの主人公はヒロインだからなぁ。
シャーロット目線で話が進んでいくから、それ以外の事は解らなかった。
「さ、準備はできました。食堂に朝食が用意してあります。今朝は旦那様も奥様も、ルイーズ様と一緒に朝食を取ろうとお待ちになってますよ」
私の身支度を整えたメイドが、作った笑顔でそう言った。
「それではお父様、お母さま。行って参ります」
私は丁寧に両親であるベルナール公爵夫妻に頭を下げるとコーチと呼ばれる四頭立ての豪華な馬車に乗り込んだ。
荷物は既に使用人たちが積み込んでくれている。
メイドのアンヌマリー・モランが馬車のドアを開け、私が乗ったの後に彼女も乗り込んだ。
アンヌマリーは私についてレイトン学園に一緒に行く、御付きのメイドだ。
彼女は私よりも三歳年上、流れるような赤い髪と豊かなバストを持っている。
だがメイドとしてそれほど優秀と言った訳じゃない。
しかし気持ちが優しく、正直な人間だ。
革命によってルイーズが危機に陥った時でも、アンヌマリーだけは彼女を見捨てなかった。
そんな訳で、私はレイトン学園に一緒に行くメイドには、彼女を指名したのだ。
突然の変更でアンヌマリー本人は困惑したようだが、他のメイドでは信用できない。
ベルナール公爵夫妻の方は、可愛い一人娘を寄宿生活に送り出すため、何の問題もなく許可してくれた。
「今が朝九時ですから、公爵様の領地からなら夕方前には学園に到着すると思われます」
正面に座るアンヌマリーが地図を見ながらそう言った。
「夕方前……じゃあ歓迎会の前に寮で一休みできそうね」
私はそう言いながらも、頭では別の事を考えていた。
(ゲームではルイーズは到着早々に、ヒロインのシャーロットを馬車でケガさせてしまいそうになるのよね。そこで馬車が急停車した事でルイーズは怒って、彼女を面罵する……まずはそのイベントを避けるべきね)
「アンヌマリー、御者に伝えて頂戴。学園に入る時は歩行者に気を付けて。くれぐれも事故なんか起こさないようにってね」
「わかりました、お嬢様」
アンヌマリーは少し驚いた表情をしつつも、御者台に続く窓を開けて私の言葉を御者に伝えた。
おそらく彼女は、私が周囲を気遣うような事を言ったのが意外だったのだろう。
だが私がここに居る目的は「ルイーズの破滅エンドを回避する事」なのだ。
なんとか彼女に平穏な結末を迎えさせてあげたい。
もちろん、私自身もこの世界とは言え、死ぬのはゴメンだしね。
そんな事を考えながら、私はこの先の学園生活(すなわちゲームの展開)に思いをはせていた。
【ゲーム豆知識】*****************************
この世界では太陽暦が用いられていて、
3~5月を『春の第1,2,3月』、6~8月を『夏の第1,2,3月』、
9~11月を『秋の第1,2,3月』、12~2月を『冬の第1,2,3月』
と呼びます。
学校の始まりは9月『秋の第1月』になります。
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この続きは、明日の午前8時過ぎに投稿予定です。
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