悪役令嬢に転生したと思ったら、実はヒロインの方が腹黒だった!

震電みひろ

第1話 今日も私は(前編)

「待って!待って!なぜ、私を!」


中世ヨーロッパ風の街並み、その中心には石畳の広場があり、巨大なギロチン台が設置されていた。

みすぼらしい服を着た女性が屈強な男二人に両腕を掴まれ、ギロチン台に掛けられる。

周囲には『怒りと歓喜にも似た表情』で彼女を見つめる民衆がいた。

彼女はギロチン台に首と両手を固定された。


「お、お願い! 助けて! 私、まだ死にたくない!」


だが彼女の言葉も虚しく、ギロチンの刃は落とされ!


「なんで何度も!」


その言葉の途中で彼女の首は落ちた。


・・・・・・


「ふぅ~」


私は誰もいないアパートの部屋に入ると、大きな息を吐いた。

この六畳一間でキッチン付き・ユニットバス(トイレ付)が、私だけの聖域だ。

人付き合いが苦手な私としては、自分の部屋に戻った時が一番「自分らしく」いられると思う。


私・三城加奈は今年で三十一歳。

三十路ってヤツも過ぎてから既に半年だ。

彼氏はナシ、出会いナシ、当然結婚予定もナシ。

ついでに言うと洒落っ気もあまりない。

世間で言う『女磨き』に精を出すほどのお金もない。


私が勤めるのは中小企業と言うには大きな会社だが、さりとて大企業と言うほどでもない。

収入も大したことはない。年収にして340万。

この規模の会社なら正社員としては普通なのだろうが、将来給料が上がると思えないし、そもそも定年まで勤められるか解らない。


都内ではそこそこの有名私立大学を卒業した私だが、就職はそれほどうまく行かなかった。

最初の会社はもう少し大きな会社だったが、年配の女性社員(つまりお局様)に目を付けられて耐え切れず4年目で退社。

今の会社に入ったが、会社は「社員のワークライフ・バランスのため、午後七時以降の残業は基本的に禁止」と言い出した。

ところが実質の仕事が減る訳ではない。

結局、「一度退社した事にして仕事を続ける」という見事にサービス残業となる苦役を課されている。


さらに言ってしまうと……私は要領が悪い。

別に仕事の要領が悪い訳じゃない。むしろ他人よりは出来る方だろう。

だが『会社の中での人間関係の要領』が決定的に悪いのだ。


前の会社ではお局様と若手イケイケ女子との派閥争いに巻き込まれ、板挟みになった私は結局お局の圧に耐えかねて会社を辞めた。

今の会社では前回の失敗を踏まえ、女性社員のボスのグループに入る事にしたのだが、これも失敗だった。


人付き合いの苦手な私は、とりあえず「ハイハイ」と何でも言う事を聞いているのだが、これによって「オフィス・カースト」とでも言うべき女性社員のランク付けで一番下に認識されてしまったのだ。


「三城さん、このファイル片づけておいて」

「三城さん、課長の資料のコピーをお願い」

「三城さん、去年の販売実績の資料をエクセルで出しておいてくれないかな?」


とまあ、こんな具合だ。

今日も「明日の朝イチで会議に出す課長の資料、まとめてコピーしてホチキス止めして準備しておいて」とカースト上位の女性社員に申し渡されてしまった。

この資料、本当はその本人が依頼された仕事で、私には関係がない事なのに……

もっともこんな事は学生時代から慣れっこだ。


そんな訳で今日も「自分の作業、プラス頼まれた同僚の作業」で帰宅時間は午後11時を過ぎていた。

ざっと顔だけ洗って化粧を落とし、コンビニで買って来たお弁当を食べる。

空腹を満たしたら、後は私の好きな時間。

私はパソコンを立ち上げ、お気に入りのゲームをする。


私の好きなゲームは『悪役令嬢モノ』だ。

現実の私と違って、ゲームの中では悪役令嬢が傍若無人に自分の思うがままに振舞う。

私はそんな彼女たちの姿が好きなのだ。

もっとも悪役令嬢は、大抵はゲームの終盤で殺されるか追放されるかで悲惨な目に合うのだが。


今のお気に入りゲームは『フローラル公国の黒薔薇』。

いかにも『悪役令嬢大暴れ、あとで思いっきりザマァ』臭がプンプンするタイトルだが、私はあえてこのタイトルに惹かれて購入したのだ。


今まで十回のエンディングを見たが、主役ヒロインのシャーロットが最後に大逆転をして、悪役令嬢のルイーズが悲惨な最後を遂げるのだ。


「せめて一つくらいは、ルイーズにも華を持たせるエンディングがあっても良いのに……」


そんな独り言を呟いてゲームを立ち上げた時だ。

モニターがパパッと二回点滅をした。

それと同時の部屋の電気が落ちる。


「え、停電?」


私は真っ暗になった部屋の中、周囲を見渡した。

だがモニターは明るく光っているし、PCの電源も落ちていない。

どうやら部屋の電気だけが切れたようだ。


その時、画面に映るゲームの画面がいつもと違う事に気が付いた。

ゲーム開始時にはオープニング・タイトルと共に、左側に主役ヒロインのシャーロット、右側に悪役令嬢のルイーズが映るのだが、今日は中央にルイーズだけが映っている。

彼女が縋るような目で私の方を見ている。


「なに? もしかして隠しプレイモードに入れたとか?」


何度かプレイすると、それまでは無かったシナリオに進む事ができる、というゲームはよくある。

これもその一つだろう。


そう思った時だ。

モニターから明るい光が飛び出して来た。

あまりの眩しさに私が思わず目を背けると……

気が付いた時には、私の目の前にルイーズが立っていたのだ。

いや、正確にはモニターの上、数十センチの所に浮かんでいたと言うべきか。

全身に怪しい燐光を纏わせて。


「え、3D? VR、じゃなくってAR? どういう事?」


呆気に取られている私に、ルイーズが話しかけて来た。


「三城加奈、よく聞いて。わたくしはルイーズ。フローラル公国ベルナール公爵の一人娘、ルイーズ・レア・ベルナール」


「はっ?」


思わず素で疑問の声が出てしまった。

私の名前までキッチリと語った。

私はゲームに実名なんて登録していない。

このゲームには購入したカード情報から購入者の名前を抽出して、それをゲームキャラに語らせるような機能でもあるんだろうか?

それはけっこう重大な違法行為だと思うが。


「三城加奈、わたくしの事が解る?」


彼女が前のめりになるように顔を突き出した。


「え、ええ。もちろん解るわ。あなたは私がやっているゲーム『フローラル公国の黒薔薇』の敵役キャラ、悪役令嬢のルイーズでしょ」


ルイーズを包む燐光が少し弱くなったかのように明滅した。


「悪役令嬢……そうね、わたくしはそう呼ばれても仕方がない行為をして来たわよね。確かにわたくしは周囲の人間の事を一切気遣わず、平気で酷い事をしてきたわ」


彼女が何かに耐えるように横を向いた。


「でもね、だからと言って、今の状況はひど過ぎると思うの! どうしてわたくしだけがこんな目に……」


「でも、それがゲームだから」


私の言葉にルイーズはキッとなった。


「ゲームって何よ! わたくしにとってはゲームでも何でもない、まぎれもない現実なのよ! しかも何度も何度も繰り返し殺されて……」


「あ~、そうね。アナタは十回殺されているもんね」


私は繰り返したゲームのエンディングを思い出していた。

そしていつの間にか、目の前のゲームキャラと普通に話している事に違和感を感じていない自分に気が付いた。


「十回? そんなもんじゃないわ。わたくしはもう三十三回も同じ世界を繰り返しては殺されているのよ!」



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この続きは、本日の夕方六時過ぎに投稿予定です。

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