ガールズキャンバス

@fluxS

第1話「なんでも願いが叶うなら」

 カンカンカン、K市の市内のとある一画の踏切で、一人の少女が立ち尽くしていた。黒く長い髪は風で静かに揺れ、はかなげな薄紫の瞳は、日の光で橙色に染まっていた。紺のブレザーはしわ一つついていなかった。 

 彼女は白井美幸、今年で高校一年生だった。彼女は遮断機の拘束に、イライラすることなく待っていた。長い間風を受けた彼女の鼻は、赤くなっていたというのに穏やかな表情だった。

 彼女はきょろきょろとあたりを見回した。下校時間だというのに彼女のほかには、人が1人もいなかったからだ。

 くしゅん!彼女は顔をそらしくしゃみをする。もう一度前を見た時、彼女の視界に異変があった。


(女の子?うちの制服じゃない……)


 ピンクのカーディガンを着た金髪の少女が踏切りの向こうに居た。彼女は獣のような深紅の目で少しこちらを見ると、口元をゆがめた。美幸にはそれが笑っているのか分からなかったが、不気味さを感じて眉をひそめた。

 ガラガラガラ!電車が彼女達の間を通る――


「あれっ……」


 美幸は驚いて何度も瞬きをした。踏切りの向こうにいた少女は消えていた。

 遮断機に解放された彼女は、走り出した――

 踏切りを超えた先、道の曲がり角を曲がると、遠くに先ほどの少女が見えた。前回は見えなかったが、彼女は後頭部を刈上げ、残った髪を後ろでくくったヴァイキングのような井出達だった。

 彼女は誘うように少し待つと、道の角を曲がってしまった。


「待って……」

 

 美幸が彼女を追いかけようとした時だった――

 

「すみません……」


 美幸は突然聞こえた声の方を振り向いた。腰を曲げた老婆が眉を曲げ、困った様子で美幸を見上げていた。


「……S通りはどこかわかりますか?」


 

 美幸は少女が居た方向と老婆を交互に見て一息つくと、老婆に向き直った。


「んーそこは少しわかりにくいので、一緒に行きましょうか」

 

 美幸は老婆を案内した……基本的に迷うことはなかったのだが老婆の歩みが遅く、それに合わせ続けた美幸は、結果として1時間取られた。


「ごめんなさいねぇ、若い人を付き合わせちゃって」

「いいえ、大丈夫ですよ……」


 美幸は邪魔をされたというのに妙にすがすがしい表情だった。足が少ししびれていた美幸は、そのまま近くの公園に向かった。

 公園のベンチに座り込んだ彼女は、自分の息が上がっていたことに気づいた。


(あの子何だったんだろ……)


 あたりがすっかり暗くなり、紫と橙色の光が、美幸のつややかな髪に浸っていた。美幸の白い肌と薄紅の唇は、少し青ざめたように見えた。


「あーしは――たいだけだ」

「はぁ?いみ――ない。まぁい――ぶっ――す」


 美幸の耳に前方から二人の少女の声が聞こえてきた。彼女が目線を上げると、片方は先ほどの金髪の少女だった。もう片方はそばかすが目立つ、茶髪の少女だった。


(あの子だ……!こんなところでなにを?)

《さぁ、何してるんだろうね》


 美幸は突然心の中に聞こえた言葉に驚愕し、目を丸くした。まるで頭の中で何かが震えるようだった。老婆のような声はさらに続けた。


《君は何か叶えたい夢はあるかい?》

(だ、誰ですか!?で、出て行って!?)

《それは無理な相談だね。私はキャンバス》

(キャンバス?なんでもいいけど私の頭から――)

《願いはなんだい?》


 キャンバスは美幸の疑問にまったく興味がなかった。美幸は質問を諦め、眉をひそめて質問に答えた。


(私の夢は……みんなが幸せになること?)

《叶うよ――》

(え?)


キャンバスと名乗った者は、美幸に甘美な契約をささやく――


《魔法少女になれば、美幸の夢はかなうのさ》

(魔法少女?)

《今から起こる事を見ておけばわかるさ――》


「「変身!!」」


 二人の少女の決意の宣言があたりに響く――次の瞬間、美幸の周囲は極彩色の空間に包まれた。色とりどりの油彩や水彩の絵の具を、あたりにまき散らしたかのような空間だった。

 目の前には先ほど美幸が追いかけた少女が赤い衣装に、もう一人が黄色の衣装に身を包んでいた。2人が腰にぶら下げた3つの小瓶がからからと音を立てていた。

 二人は美幸の目では追えないほどの速さでお互いをしのぎあい始めた。

 ギィィィン!カァァァァン!!甲高い音が美幸の鼓膜を刺激する。耳をふさいでもその振動は伝わった。

 黄色の魔法少女の衣装を彩る豪華なフリルが、彼女が動くたびに風を受けて優美に揺れていた。赤の魔法少女の装束は無駄な布がなく、ニッカポッカのように膨らんだボトムは、彼女が跳躍するたびに風を含んで膨らんだ。

 しかし、しばらくすると赤の魔法少女が、相手を圧倒し始めた。


《冴は今回の中でも強い魔法少女だからね……》

(冴?)


 冴と呼ばれた少女の戦い方は容赦がなかった。両手に持った曲刀だけではなく、足蹴りやひじを使った卑劣な戦法が、相手の魔法少女を追い詰めていた。

 美幸はたびたび目を覆って、その光景を見ていた。


「クッソ!何なのよアンタ!いきなり仕掛けてきてやばすぎでしょ!」

「雑魚が騒ぐな。戦え……」

《黄華は口先ばかりだね……あまり強くない》

 

 美幸はもう目をふさぎたかったが、なぜか閉じることができなかった。黄色の魔法少女は曲刀で裂かれるたび、黄色い絵の具が血の如く飛び散った。


「くそ!こうなったら!」

  

 黄華は腰に下げた3つの小瓶のうちを一つ抜き、コルクのふたを弾いて、中の黄色い液体を獲物である扇子の表面に滑らせた。それに呼応するように、冴も赤い液体を曲刀の刃に滑らせた。鮮やかな赤は美幸の目を魅了した。


「「エンチャント!!」」

(あれは……)

《絵の具を使ったのさ……もうすぐ勝負がつく》


 魔法少女達の武器は色鮮やに煌めき、果し合いの山場を飾った――刃先が衝突した瞬間、美幸の目の奥が痛くなるような輝きがその場に満ちた。さらに衝撃波が広がり、美幸はその場にとどまるので精いっぱいだった。

 カン!キィィィィン!甲高い音がさらに続く――


「がぁぁぁぁ!」


 悲鳴とともに黄色の絵の具の飛沫が舞った。黄華は倒れ、地に伏せた。彼女の黄色の装束が色褪せ、灰色になっていく……美幸の心に細い針がささるような痛みが忍び寄っていく。


「う、嘘、なんでこんなに早く……アタシの色が、夢が……」

《ほら色が抜けていくよ……黄華の夢が消えていくよ》

(あの子の夢が……どうすればいいの?)

《成るしかないねぇ、魔法少女に……》


 美幸に残された時間は少なかった。勝利を確信した冴は黄華に近寄る――曲刀に滴る赤い絵の具が、涎のように垂れていた。


(なります私、魔法少女に!だって私の願いはみんなが幸せになることだから――!)

《いいだろう!存分に戦い、その純白の願いを叶えるがよい!》


 美幸の体が白い絵の具で包まれる――

 冴が目の前で命乞いをする黄華に、とどめを刺そうとしたその瞬間だった。危機を察知した彼女は、後ろに飛びのいた。ヒュン!冴が元居た位置に、白金の剣が通過していった。

 冴と黄華の前に美幸は躍り出る。美幸は白い装束、白い鎧に包み、盾を両手で構えていた。その重さになれない美幸は、ゆらゆらと揺れていた。


「あ?どういうつもりだ?お前……」

「あなたこそどういうつもりなんですか!他人の夢を壊すなんて!」

「――ああ、そういうやつか。いいだろう、楽しませろ……」


 それで冴の性格が、本能的に分かってしまった美幸に怒りが満ちる。眉は美幸らしくないほど寄り、先端が上向いていた。

 美幸は本能的に悟った。軽装で身軽な彼女より、早く動くべきだと――彼女は冴に向かって、盾を両手で構えたまま突進した。しかし次の瞬間、彼女の目の前から冴が消えた。


「――!」

 美幸は自分の周囲が暗くなったの感じた。直感は頭が理解する前に、盾を天に向けて構えさせた。ガン!彼女の肩から衝撃が体中に伝わる。美幸は慣れない鎧のせいで、バランスが取れずにそのまま崩れた。


「ふん……まぁ反応は悪くないな。」

「まだまだ――!」


体制を立て直した美幸は疑問を抱いた。冴はおもむろに片足立ちになり、これ見よがしに両手を地面と平行に広げたのだ。


「――!」 


 それをみた美幸は息を整え、鎧と盾の重心を掴んだ。


(もう一度……いや――)

「もういい、判断が遅すぎる」


 冴は急に構えを解き、退屈そうに伸びをした。


「構えてください!武器を構えない人は攻撃できません」

「そういうのは強くなってから言え、雑魚が」

「――!」

「あーしは飽きた。今度会う時までには、面白くなってくれよ」

「待って!」


 美幸の訴えもむなしく、冴は赤い霧に包まれ、消えていった。しばらくして緊張の糸が解けた彼女は、守り切った少女に振り返ろうとした。


「もう大丈夫、立――」


 ガキィィィィン!美幸の胸当てに衝撃が響く。彼女の差し伸べようとした手は、自身の胸にあてられた。


「アンタってさ……」

「なんで……」

「頭わいてんじゃないの!!!???ルーキーにしたってありえないんだけど!?」

「そんな!?」 


 すっかり色彩と威勢を取り戻した黄華は、扇子を構えて舌なめずりをしていた。


「まあいいや、さっさと初狩りして絵の具を補充しよっと。ふふふー」


 そこから美幸は一方的に攻撃された。彼女の防御力は高かったのか、絵の具はすぐに減らなかったが、確実に敗北が近づいていた……鎧は傷つき、白い絵の具が滴る――


《……美幸、戦わないとだめだよ》

(でも――)

《冴には威勢よく立ち向かったろ?同じようにするんだよ》

 美幸の心は熱くじんじんと痛んでいた。先ほどまで必死に守ろうとした相手に、刃を向けられるなど、彼女の人生においてなかったからだ。


《美幸、絵の具を使った方がいい。お前の絵の具量は、今は勝ってる》

「あんた余計な事教えんなよ!」


 美幸は気づいたら小瓶のコルクを弾いていた。体はやるべきことを分かっていた。純白の絵の具がほとばしる。美幸は絵の具を盾に塗り、高らかに叫んだ――


「エンチャント!」

「ヤバッ!」

 

 黄華は瓶を取ろうとした――


(させない!!)


 美幸の渾身の突撃が炸裂した。体重を乗せたかちあげるような一撃は、黄華の体を吹き飛ばした。

 

「……くそ!なんでこんな!」


 悪態をついた黄華は、立ち上がり構えた。しかしその構えは弱弱しく、美幸は心ににじむような痛みを感じた。


《美幸、とどめを刺さないのかい?》

(でもそんなことをしたらあの子の夢が……)

《さっきまでお前の夢を平気で壊そうとしたのに?》


 美幸の心は溶け切っていた。表情は歪み、焦燥しきっていた。あまりにも今の状況は、今まで美幸が大事にしていたものが……役に立たなかったからだ。

 美幸と黄華はしばらくお互いの出方を見た。


「……逃げるしかないのかよ、こんなやつ相手に――」


 苦々しい表情の黄華は、地面に絵の具の煙を炊いた。しばらく煙が舞ったが収まり、美幸の視界が回復したころには黄華は消えていた。


《なぜとどめを刺さなかったのかい?》

「そんなことをしたらあの子の夢が……無くなるから」


 極彩色の空間は解け、変身を解いた美幸はその場にへたり込んだ。瞼は重く、開いているのがやっとだった。

 美幸が見上げると相変わらず、空は紫と橙色に染まっていた。


「帰らなきゃ、母さんが心配してる……」


 美幸はふらふらと揺れながら立ち上がり、一人公園を歩き続けた――  


END――


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