【短編】殺せない殺し屋と死にたがりの少女【元声劇台本小説調整版】
文月イツキ
起
「背中痛てぇ……………ああ?」
男が目覚めると、ビジネスホテルの一室のような空間にいた。
「どこだここ? ……っ!?」
周囲を探ろうと男が立ち上がろうとすると、腕が引っ張られた。いや違う、動かなかったのだ。
壁に固定された鎖に自分の腕が後ろ手にくくられていたのだ。
そこで男はどこか合点がいったように溜息をつく。
「こりゃ、俺殺されるか?」
男はヤクザに雇われている殺し屋だった。
拘束・監禁、この二つの状況から想像できるのは、自分が何かしくじって拷問を受けるか、言葉通りバラバラに
「あら、意外と冷静なのね」
殺し屋がその声に振り返ると、木彫りの狐のお面を付けた少女が玄関の方から歩いてきた。
「アンタが組の始末屋か? 随分と可愛らしい死神だことで」
「始末屋? なんの話」
少女は自分が引きずってきたトランクに腰掛け、殺し屋と正面から向かい合う。
「俺が組に依頼された殺しをしくじったから、アンタが俺を消しに来たんだろ? ご丁寧に気絶させて、荷物まで取り上げてよぉ」
なげやりな殺し屋の物言いに、なんのことやら、といった様子の少女。
「残念ながら。私は貴方に引導を渡しに来た始末屋でも死神でもないわ」
いかにも「私クールですけど、なにか」といった鼻持ちならない雰囲気が殺し屋の神経を逆撫でする。
「だったらなんだ? 俺は酒に酔って風俗に電話したってか? 生憎、懐が寂しいもんだからよぉ、是非ともお引き取り願いたいところだ」
「こちらこそ、お生憎ね。風俗嬢でもないわ……ていうか貴方、私みたいなのが好みなの? 大層なご趣味だこと」
目元は見えないが、その声はとても冷ややかだ。
「んなわけねぇだろ、こんな女が来たら速攻でチェンジしてる」
「それもそれで失礼ね」
「まあ、どうでもいいけど」と付け足したあと、そのまま少女は話を続ける。
「軽口が叩ける程度には頭が回っていると捉えていいのかしら」
「問題ないぜ。寝覚めの良さは俺の数少ない長所だ」
「そう……なら良かった。今のところ貴方の短所の部分しか見えていなかったから」
「喧嘩なら買うぜ。安くしといてくれよ」
「そういう減らず口ばかり達者なところとかね」
一々癇に障るガキだ、と思いながら、殺し屋はそれを隠そうともせず、少女を睨み付ける。
「そりゃ、寝起きでいきなり知らねぇ奴と密室で二人きりってんだから、自分で自分のご機嫌取るのにも限度が来るだろうさ」
「それもそうね」
皮肉も意に介さず、少女は淡々と返す。
「それじゃあ、自己紹介でもして「知らねぇ奴」から「名前は知ってる奴」にランクアップすれば、貴方の機嫌を取る手助けになるでしょうけど……」
「「けど」なんだよ」
「やめておきましょう」
殺し屋の頭に?が浮かぶ。
「貴方のご機嫌を取る代わりに――貴方の心臓がなくなるわ」
「あ? どういう意味だよ、それ」
名乗る代わりに、なんとも釈然としない、ただただ意味深っぽいことを語る。殺し屋はそんな少女に着々と怒りを募らせている。
「私の正体を知ることは貴方にとって利益になることじゃない、ということよ。まあ、私のことは、貴方に殺しをお願いしにきた「依頼人」とでも思っておいて」
「『依頼人』ねぇ……」
目の前の少女を頭かつま先まで、不躾にじろじろ舐めまわすように一往復眺めたあと、殺し屋の口からは――
「はっ!」
吐き捨てるような失笑だった。
「俺は自分の素性を明かさねぇ奴の依頼は受けない主義なんでな。他を当たれ」
「随分な理念だこと。自分を雇ってるヤクザの組からしか仕事を受けないって?」
渇いた舌打ちが、部屋に響く。
「俺はお前のことをこれっぽっちも知らねぇのにてめぇはなんでもお見通しってか? いい気がしねぇな」
「別に貴方を楽しませたいわけじゃないもの」
「減らず口はお互いさまってか」
少女に対する殺し屋の疑念は膨れ上がっていく一方である。
「まあいい、このまま言い争いを続けても埒が明かねぇ……こっちが折れてやる。要求を言え」
「要件、の間違いじゃない?」
「こっちは手錠を掛けられて身動きが取れねぇんだ。断れねぇ相手へのお願いは依頼じゃなくて「脅迫」って言うんだよ。わかったかクソガキ!」
「失礼な人。無力な私が腕力のある大人と二人きりで対等に話をするために力関係を均等にしているだけなのに」
「どう考えてもお前の一方的有利だろうが、この状況は!」
「些末な問題よ……それより、話を聞いてくれるんでしょ」
「……さっさと話せよ。どいつを殺してほしい」
言いたいことは色々あるようだが、ともかく今は全て飲み込んで殺し屋は話を聞く。
「ようやく本題ね。殺し屋さん」
少し、声に感情が見えたような気がする。
「貴方への依頼は単純よ」
……多分、その感情は。
「――私を殺して」
心の底からの『喜び』のように見えた。
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