辺境戦士ネクター

松田勝平

第1話

 【空は、青い。】


 【あなたの心を、さっと塗り潰すほど。】


 【…あなたは、心に浮かんだ"それ"を、一笑し、吐き捨てた。】


 【詩的な心は、怪獣退治には必要無い。】


 …あなたは、草原から立ち上がり、隣に伏せる、"竜"より剣を引き抜く。


 "あなたが討伐を依頼された竜"だ。


 激戦のため、あなたの鎧は壊れ、今の今まで立ち上がる事すらできなかった。

 ようやく回復したため、立ち上がり、素材の回収は討伐証の逆鱗のみに留め、剣を支えに歩いて帰還する。

 …まぁ、ここから街まで、結構な距離があるのだが。


 歩く。


 眼前の山々を睨みつけ。


 歩く。


 毒沼を踏みつけにし。


 歩く。


 魔物の死体を横目にしながら。


 歩く。


 血塗れになった自分を怪しむ視線を通り過ぎて。


 【あなたの眼前にある二階建ての立派な建物。】


 【俗に言う、冒険者ギルド。】


 【あなたは、ここの所属では無いが、プレートを見せれば入れる。】


 からん、からーん、と。

 気軽な音が、あなたに視線を誘導する。

 場の空気が張り詰める、そこにいるのは、ボロボロの鎧の血塗れの男。

 あなたは、我を忘れる程必死の帰還だったおかげか、自身の格好の異質さに今更気づく。


 ───そうか、出直さねば…。


 そう思い、ギルドを後にし、郊外へと歩く。

 道中、門番に奇異な目で見られながらも、街の外の草原へと至った。

 …ここなら、汚しても誰も言わないだろう。


 ───【反発リ・アクティブ


 あなたは言葉を紡ぐ。


 それは、まさしく【魔法】の言葉。

 人に出来ぬ【奇跡】を可能にする力。


 そして、鎧の表面に付着した汚れは、全て弾け飛んだ。

 その代わり、周囲の草原は、あなたを中心に飛び散った血で酷く汚されている…。

 これが、わざわざ郊外まで来た理由だった。


 あなたは、やっとギルドへと戻ってきた。

 周りを威圧するだろう壊れた鎧は宿へ置いてきて、予備として買っていた身軽な軽鎧を着ていた。

 あなたは、カウンターにいる受付嬢に話しかける。


 ───少し、よろしいか。


「こんにちは、要件をお聞きしましょう。」


 ───魔銀ミスリル級冒険者のネクターだ。

 ───今日は、依頼されていた火竜レッドドラゴンの討伐報告に来た。


 そう言って、あなたは逆鱗を取り出して、受付嬢の前に置いた。

 受付嬢はその場で逆鱗を取り上げ、竜の成長段階を示す脱皮輪を調べ始めた。

「……脱皮輪3輪半……ギリギリですが、これ、幼体ですね。わかりました。相応の報酬金をお支払いしましょう。」


 あなたは、倒した竜が成体だと証明しようとする気持ちをぐっと堪えた。

 あなたには学がある。

 火竜レッドドラゴンは、土壌を腐らせることを知っていた。

 竜の息は酸を持ち、また、竜には村の家畜を喰らうついでに吐息を吐き散らす習性がある。

 あなたは毒沼が村の跡地周辺を覆っているのを目にしていた。

 むしろ、狩ったのが幼体でなければ、報奨金など村側が払えるはずもなっただろう、と自分を納得させる。

 そうこう思案しているうちに、無機質な硬貨音があなたに顔を上げさせた。


「1200ゴールドです。受け取りください。」


 受付嬢は、報酬金をあなたに手渡したきり───。


「貢献度は…うーん、成体のレッドドラゴン相当で…。」


 それきり作業へと没頭した。


「おい、ネクター。大物を狩ってきたみたいだな。」


 宿屋の主人はニヤニヤと微笑む。

 ───あぁ、とびきりの大物さ。

 ───だが、すまない。話は自分が鎧を鍛冶屋に預けてからにしてくれないか?


「…急ぎか。まぁ良いさ、戦勝祝いは後でやろうぜ!」


 あなたは、宿屋に寄って、鍛冶屋に赴こうとしていた。

 ボロボロの鎧を直すためだ。

 宿屋の二階の自室より、鎧を引き出して、重いものを抱えながらも、階段をゆっくりと下る。

 ───すまない、扉を開けてくれないか。見ての通り、両手が使えん。


 そして、宿屋の主人に向けてこう言ったのだが───。


「私が、開けましょうか?」


 神官服に身を包んだ、いかにも清純と言った少女が、扉を開けてくれていた。

 ───ありがとう。


「いえいえ。」


 彼女は、宿屋の主人とはまた違う、見守るような微笑みで俺を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る