第11話【第三章】
【第三章】
「どわっ!?」
「きゃん!」
「ぐっ! ……神﨑さん、こんな荒れた道、走れるの?」
「そうするしかないだろう!」
出発直後から、ジャックと神﨑の間でちょっとした諍いがあった。
ジャックは、自分の子孫である人物の下へ向かえと迫った。
対して神﨑はこう言ったのだ。
「僕たちが狙われているなら、その人物もまた標的にされかねません! 一旦ひとけのないところに敵を誘き出して、撃退すべきです!」
神﨑の怒声を初めて聞いたからだろう。これにはジャックも黙り込んだ。
理に適っていると思っただけかもしれないが。
「麻琴ちゃん、ジャックさん、もうじき平地に出ます! 二人共、礼装を施した装備を準備してください!」
そう言う神﨑も、小振りの自動小銃を手にしている。
やがて一つ、がたん、と大きく跳ねてから、急カーブを切って自動車は停まった。土埃が濛々と立ち昇る。ちょうど半円を描くように。
麻琴とジャックは、それぞれの側のドアから飛び出した。麻琴は転がるように、ジャックは屈み込むようにして得物を構える。
麻琴がリボルバーの撃鉄を起こす一方、ジャックは見たことのない武器を取り出した。ワイヤーに括りつけられた、鉤爪状の刃物だ。
それをひゅんひゅんと回し始める。遠距離攻撃用の武器というわけだ。
「麻琴、悪霊の姿は見えるか?」
「ええ、大丈夫! でも敵の気配が強い……。強力な悪霊のようです!」
「敵さんも本気のようだな。神﨑の言う通り、ここで仕留めるぞ!」
「あっ、はは、はいっ!」
少なくとも、怪しい影は六体存在している。自分たち四人で全滅させられるだろうか。
神﨑もまた、運転席から降りてきた。ドアを盾にするようにして自動小銃を上空に向けている。
「各個散開! 攻撃開始!」
そう神﨑が告げ終わるまでの間に、空へと舞い上がった姿がある。エンジェだ。
黒い幽霊のうちの一体が列を離れ、エンジェに相対する。
エンジェに向けて、紫色の魔弾が容赦なく浴びせられる。そのことごとくを、エンジェは前方に展開した結界で弾き飛ばしていく。
あっという間に接敵を果たしたエンジェ。そしてルシスと戦った時と同様、結界の魔力を変形させた。素早く槍が構成される。
目にもとまらぬ速さで、穂先が空を斬る。それは易々と魔弾を防ぎ、影のうち一体を霧散させた。
と思った矢先、黒い霧状になった影が、エンジェの背後で身体を再構成した。
「チイッ!」
エンジェは槍をくるりと回し、背後に向かって突き出した。
しかし、影はそれを易々と回避。腕を肥大化させ、エンジェの後頭部を殴りつけた。
「がっ!」
「エンジェ!」
そう叫びながら攻撃に出たのはジャックだ。ワイヤー付きの鉤爪を勢いよく振り回す。
麻琴や神﨑の銃器では、影を貫通してエンジェに弾丸が当たりかねない。
しかし、ジャックの鉤爪なら長さを調整できる。生前のサーカス団での経験が活かされたわけだ。
鉤爪は見事に影だけを両断し、決定打となった。
その隙に、エンジェがジャックのそばへと舞い戻ってくる。ややふらついた飛び方をしているのが、大丈夫だろうか。
「エンジェ、無事ですか?」
「う、うん……。でも……」
麻琴とエンジェの間にジャックが割り込んだ。
「もういいエンジェ、お前は休んでろ! 俺はこのまま、鉤爪で奴らをぶった斬る! 麻琴、神﨑、援護を――」
と言い切る直前。
パタタタタタタタッ、と目の覚めるような銃声が響き渡った。神﨑の自動小銃だ。
「話し込んでる場合じゃないですよ、お二人さん! 敵の動きを見てください!」
麻琴が見上げると、五体の影が浮遊し、上空で円を描くように動いていた。
最初の一体は、ジャックの斬撃と神崎の集中砲火で撃退できた。しかし同じレベルの敵が、あと五体いる。
「油断するなよ、麻琴!」
「分かってますよ、ジャック!」
牽制射撃をしていた神﨑が、銃撃をやめた。リロードする、と叫ぶ神﨑。
「二人共、僕を援護して!」
「言われなくとも!」
麻琴は立ち上がり、ダァン、ダァンと影たちの頭部と思しき部分を狙撃し始めた。
しかし、敵は原型が霧状だ。空間的に傷つけても、なかなか致命傷とはいかない。礼装を施した弾丸をもってしても、僅かに薄くなっていくだけだ。
唇を噛みしめる麻琴。すると、後方から殺気を感じた。これは、相手が実体化していようが霊体化していようがの関係ない、何らかの意志に基づく暴力的意識だ。
麻琴は振り返りながらしゃがみ込んだ。すると彼女の髪を掠めながら、魔弾が空間を抉っていった。麻琴のうなじあたりから、冷たい汗が背を伝っていく。
「撃ち続けろ! 牽制するんだ、麻琴!」
「はっ、はははい!」
三人は自動車を中心に、互いの背後をカバーするようにして銃撃や投擲を繰り返すことになった。
「麻琴ちゃん、弾薬は?」
「残り僅かです!」
叫び合うようにして互いの状況を確かめる麻琴と神﨑。
「お前ら、エンジェと一緒に車に隠れてろ! 俺がこいつらを――残り三体を片づける!」
「そんな、一人で? 無茶ですよ!」
「死人を舐めたもんじゃないぞ、麻琴!」
言うが早いか、ジャックは土埃を立てることもなく、すっと大きく跳躍した。そして地上十メートルほどの空間で停止。正面にいた影を鉤爪で一刀両断した。まさに一撃必殺、ヒット・アンド・アウェイを見せつけるような結果となった。
「あと二体……。麻琴と神﨑は左側の奴を叩け! 俺は正面の敵を潰す!」
「了解!」
「あっ、りょ、りょうか、了解!」
了解、という言葉に慣れない様子の麻琴。若くて戦闘経験が少ない、ということもあるだろう。だがそれよりも、今の状況に呑まれつつあるのではないか。
これでは連携など取れたものではない。やはり麻琴もエンジェ同様、車内に放り込んでおくべきだったか?
いやしかし、とジャックは考える。
僅かなりとはいえ、彼女のリボルバーのお陰で敵に損害を与えられているのは事実だ。神﨑もいる。二人が役に立っていることは間違いない。
そこまで考え、ジャックが再び鉤爪を振り回そうとした、その時だった。
眼前の敵は、ふっと姿を消した。これは単なる目眩ましであり、ジャックには気配で敵の居場所は分かっている。
問題は、何をしようとしているかだ。
敵の姿が明確な霊体状態となり、よりはっきりと形作っていく。振り返ると、そこにはおぞましい光景が広がっていた。
片方の影が、もう片方の影を頭から掴み込んだ。その腕には、他の幽霊からは感じたことのない禍々しさがある。
そしてあろうことか、その幽霊の腹部ががばり、と展開した。その先には何もない。
牙でも爪でもなく、何もないという事実がジャックたちの恐怖心を喚起した。
そして、頭を掴まれていた幽霊は、ぐるぐると回転しながらその幽霊の腹部に吸い込まれた。さながらブラックホールを思い起こさせる光景だ。
無抵抗のまま、完全に失われてしまった幽霊の存在。あの中に実体化している人間が取り込まれたら、間違いなく脱出は不可能だ。
「ふん、役に立たぬ弱者共が」
そう唾棄した幽霊の言葉は、確かに頭部と思しき部分から聞こえてきた。口が腹部にあるわけではないようだ。
各々が得物を手に様子を窺っていると、おもむろに影は自らの頭部に手を遣った。ばさり、とフードを取り外すような音がする。
そこにあったのは、眼下の落ち窪んだ青白い顔だった。ところどころが骨ばって、骸骨を連想させる。禿頭で、頭皮に当たる部分はケロイド状になっていた。酷い火傷を負ったかのようだ。
首から下には、深い紫色の厚手のコートを纏っていた。燕尾服のような作りになっている。
こうしてみると、幽霊にも高貴さを求める者がいるのだな、と麻琴は感心してしまった。
皆が銃のセーフティを外すと同時、悪霊の首領が語り出した。
「突然のご無礼、お詫び申し上げる。私はロイ・グリード。アメリカ合衆国の生まれで、四十二歳で死亡。それ以来六十年ほど、ゴーストハントを生業としている」
「ゴースト、ハント?」
「左様」
麻琴の言葉に、首肯するロイ。
「正直、自分が死ぬ瞬間に何が起こったのかは不明なのだが……。こんな技が使える。ジャック・デンバー、これを受けられるか?」
唾をのむジャック。どうやら他の皆同様、ロイが只ならぬ霊気を放っているのを感じ取ったらしい。
「発動、ブラッド・オン・ザ・ヘル!」
そうロイが叫ぶや否や、ロイはふっと地面に下り立った。自らの右の拳を地面に打ちつけるようにして。
すると、その拳の接触地点からジャックに向かい、真っ直ぐに光が走った。血のような真っ赤な光を帯びている。
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