12月4日【かけら】
玄関のお掃除をした、その翌日のことです。クラッカーと熱い紅茶を朝食にいただきまして、それからふと、玄関の方を見たなっちゃんは、びっくり驚いてしまいました。
あんなに綺麗に掃き清めた玄関に、小石がたくさん落ちているのです。ひとつ拾い上げて確かめてみますと、それは灰色と銀色が混ざりあった、マーブル模様の小石でした。なぜだか氷のように冷たくて、なっちゃんはそれを、靴箱の上に置きました。
小石は、玄関のいたるところに落ちていました。いったい、どこから入ってきたのでしょう。玄関のドアを開け放った記憶はありません。どこかから、動物でも入り込んで、汚していったのでしょうか。それとも、ミトラたちのいたずらでしょうか。
『冬のかけらだねえ。きのう、おそうじのときにずいぶん冷えたから、たくさん落ちているねえ』
そんな声が聞こえて、なっちゃんは声の方を見上げました。天井の隅っこ、昨日のお掃除で、蜘蛛の巣を払ったあたりに、蜘蛛のようなかたちのミトラがへばりついています。
「冬のかけらって? これ、昨日はなかったのに」
『あつまってかたまるのに、すこし時間がかかるからねえ』
「これ、冬なの?」
『冬だねえ。あ、でもそこに落ちているのは、ちょっとちがうみたいだねえ』
「そこって、どこ?」
蜘蛛のようなミトラは『そこだよ、そこ、そこ』と言うばかりで、天井から降りて教えてくれるつもりは毛頭ないようでした。なっちゃんは仕方なくしゃがみこんで、落ちているかけらを全て拾い集めることにしました。
冬のかけらは、なっちゃんの親指の爪くらいの大きさで、大きさのわりに少し重く、ひんやりとしています。ずっと手で持っていますとたいへん冷たいので、なっちゃんはハンカチの中に、冬のかけらを包んでいきます。
灰色と、銀色。時々、氷のような透明が網目のように入っているものや、雪のように真っ白な斑点があるものもありました。
ハンカチいっぱいに冬のかけらを集め終えたころ、なっちゃんはようやく、蜘蛛のミトラが言うところの「ちょっとちがう」かけらを見つけました。
墨のような黒の中に、金色の粒が光るその小石は、たしかに冬のかけらとは少し違うようです。少しも冷たくありませんし、冬のかけらよりも軽いようです。
『それ、フキコさんのかけらだねえ』
天井から、声が降ってきます。
『フキコさん、どこにもいないと思ったら、こんなところでかけらになっていたんだねえ』
「これ、フキコさんなの?」
『フキコさんのかけらだよ。みんなに見せたら喜ぶよ』
もっと分かるように説明をしてほしかったのですが、蜘蛛のようなミトラは天井の隅でもぞもぞと、どうやら巣作りを始めてしまったようでした。なっちゃんはハンカチいっぱいの冬のかけらと、フキコさんのかけら(だというもの)を持って、リビングに戻りました。
黒と金色のかけらを、キッチンのテーブルの上に置きますと、おのおの好きに遊んでいたミトラたちが、集まって来ました。そしてかけらをまじまじと見つめて『ああ、フキコさんだねえ』と笑いました。ミトラたちには当たり前に、この小石が「フキコさんのかけら」なのだと、分かるようでした。
『フキコさんのかけら、なっちゃんが持ってたの?』
トカゲのようだけれど脚が六対もあるミトラが、なっちゃんに尋ねます。なっちゃんは、首をかしげます。
「分からない。フキコさんのかけらって、どういうこと?」
『かけらは、かけらだよ。この世にあるけれど、さわれないもの、目に見えないものが、集まって、かたまって、かけらになるんだよ』
なっちゃんは、テーブルの上に顎を乗せて、フキコさんのかけらを近くからよく見てみます。真っ黒で、砂金のような金色がきらきら光っていて、とても綺麗です。
『あのねえ、なっちゃん。きのう、おそうじをしながら、フキコさんのことを思い出していたでしょう』
フクロウのようだけれど、目も脚もみっつあるミトラが、なっちゃんに言いました。たしかに、昨日はお掃除をしながら、フキコさんのことを考えていましたので、なっちゃんはうなずきました。『それでだね』と、フクロウのようなミトラが、みっつの目をぱちぱちしばたたかせました。
『フキコさんの思い出が、なっちゃんの頭からしみだして、一晩かけて集まってかたまって、フキコさんのかけらになったんだね』
ああ、なるほど。なっちゃんはようやく合点がいって、フキコさんのかけらを指でつつきました。
フキコさんは、魔女みたいだった。素敵な竹ぼうきにまたがって、ツンとすました黒猫をひきつれて、夜空をすいすい飛んでいくんだ。そんなことを考えていましたので、このかけらは、夜空のような真っ黒の中に、星のような金色が散っているのでしょう。
「あ、そしたら、もしかして」
なっちゃんは立ち上がって、リビングからお庭を見渡せる、素敵な出窓に駆け寄りました。昨日、フキコさんから届いた手紙を、出窓の床板に置きっぱなしにしてあるのです。
それを手に取って、逆さまにしてみます。すると、なっちゃんの思った通り、オリーブ色の封筒の中から、小さな小石がころんと転がり落ちたのです。
『あ、フキコさんのかけらだ。こんなところにも』
猫のようなミトラが、嬉しそうな声で言いました。なっちゃんも嬉しくて、小石を拾って、日にかざしてみます。
冬の午前の、どこか頼りなげな日の光を受けて、フキコさんのかけらは、封筒とおんなじオリーブ色に、きらきらきらめいているのでした。
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