第9話 龍脚
「あなたの攻撃、タネはもう割れていましてよ。触れたものを箱に入れるその能力は確かに脅威ですわ。ですが触れられもしない相手には無力!!」
なんという脚力。決して狭くはないこの空間を縦横無尽に跳ね回っている。この機動力は尋常ではない。少し能力を勘違いしているところはあるが、厄介なことに変わりはない。しかしまあ、本当にほぼ見えないな。ほとんど線にしか捉えられない。ゴッドであるランドの目にはちゃんと見えているのか?
「……まずいね」
冷や汗をかいているあたり見えていないようだな。ここで見失ったが最後。死角から一撃で仕留められることになるだろう。
ただやられるとも思えないが、どうする気なんだ。
「もう一段早さをあげましょう」
「っ!?」
まだ加速できるのか。もうお手上げだ。自分の目には地面とか壁を蹴った音とその影響で舞い上がった塵くらいしか見えていない。線ですらなく、点でも捉えられなくなってしまった。
「そうやって跳ね回るのがドラゴンの流儀かい?」
「安い挑発ですこと。ワタクシを嵌めたいのならもう少し頭を使ってはいかが?」
音が変わった。
そう思った時には既に。
ヤトアはランドの真上に居た。
「どうか一撃は耐えてくださいね? 赤の壱番【炎閃】」
脚から炎が吹き出しているように見える。ジェット機のように推進力を得て踵落としをするのか。
見てから対応するには余りにも少ない一瞬。そして、当たればひとたまりも無いことが分かる熱量。
これがドラゴンの戦闘か。
「やっと止まったね」
「これは……!?」
ランドに攻撃が当たる一瞬、そこには黒い箱が生み出されていた。それには物質的な質感は存在せず、黒という概念を押し固めたかのような雰囲気があった。
そして、その箱は確かにヤトアの一撃を受け止めていたのだった。
「これの名前はブラックボックス。見た目通りの捻りのない名前だよ。でも分かるかな、これを破壊なんてできないことが。次はこれに入れてあげるよ」
「面白いですわね」
ブラックボックスの危険性を感じ取ったのかヤトアが距離をとった。正体不明のものにいつまでも近づいている理由はない。至極当然な反応で、順当な対処だ。
だが、それは命取り。ランドの力を見誤っているが故の一手だった。
「今度こそお終いだよ」
ヤトアの姿は消えた。そして2つ目のブラックボックスがごとりと地に落ちる。あの中にはヤトアが詰められているのだ。
「ねえ、僕の射程距離が短いだなんて。誰も言っていないでしょう? なのにどうして距離をとって安心したの。そういうところだよ、ドラゴンの良くないとこ」
ランドがブラックボックスに話しかける。あの中には入れられたことはないが、聞こえるものなのだろうか。
一度入れてもらうのも良いかもしれない。
「……そういうことするんだ」
閃光。
熱風。
その二つが自分を叩く。致命的な程ではないが。何かが起こったことだけは確かだ。
隠し玉があるのはランドだけじゃないということだな。ヤトアが何かしらのカードを切った。そしてこの現象が起きているというのが想像できる範囲だ。
「赤の参番。奥義【炎心灼脚】」
「ブラックボックスって、物理的に壊せるようなものじゃないんだけどな」
「ええそうでしょうね。ですから、ゴリ押させていただきました。性質的に不壊でも、容量的にはそうではなかったようですわね?」
炎の魔人。前世のゲームであればそう呼ばれるような姿。炎の衣を纏った人龍がゆっくりと歩き出していた。
歩くそばから床は溶けていく。自分ならば近づくだけで死にそうだ。
「少し離れておれ。流石に危ないからのう」
「ああ、自分じゃ耐えられそうもない」
アマテラスの近くにいれば安全は保証されるだろう。
「この状態は暑くて仕方ありませんわ。さっさと終わらせましょう」
足の一振りで炎の壁が生み出された。自分はこの時点でまんまと姿を見失ってしまった。ランドは炎の目隠しに何の反応も示さない。
牽制であることが分かっているのだ。だが、炎の目隠しはかなりランドに有効だろう。見えていないもの、どこにあるか分からないものを箱詰めになんてできない。
「こちらですわ」
「しまっ……」
声がした方を向いたランドは、それが嘘であることに気づいた。だが、反対方向に気配があることに気づいたときには既にランドには深々と膝が叩き込まれていた。
声を出した瞬間に逆方向に移動したのか。移動が音速を超えている? 馬鹿げた速さもここまでくると意味がわからない。
「か……あ……!?」
「良い手応え、もとい足ごたえですわ。安心なさって、骨や内臓を痛めるつもりはありません。ただ衝撃で意識を刈り取るだけ。お眠りなさいな」
「だ、から、そういうところだって。どうして本気の一撃なら、僕のブラックボックスを超えられると思うかな」
「あらあら、既に仕込んでいましたか。ですが」
ヤトアの姿が消えた。炎に紛れ、まるっきり居場所が分からない。
「見えないワタクシをどうやって捕らえますの?」
「もう良い、もうそれはやめにした。僕もとっておきを見せよう」
「結構ですわ」
何かをしようとしたランド。だが、それはヤトアの脚によって止められてしまった。今度はまともに側頭部を蹴り抜かれ、糸が切れた人形のように膝をつく。
「痩せ我慢なんて可愛らしいこと。あの近距離で攻撃が当たれば直撃なんてしなくても衝撃波が出ていましてよ。さっきと比べて反応がにぶ過ぎますわ」
「ほ……わい……と」
「っ!?」
瞬間。
ランドを中心として半透明の白い立方体が急激な速さで膨張した。ヤトアは後ろに跳んだが避け切ることはできなかったようだ。
「これ、は」
瞬く間に空間を満たしたこの箱は自分たちをすり抜けてヤトアだけを弾いていた。やがて壁に押し付けられる形となる。
「ぐぎぎぎぎ……!!」
ここが普通の家屋や屋外ならばこうはならなかっただろうが、ここの壁は特別性らしくヤトアが暴れてもびくともしない強度を持っていた。潰れるまでこのまま放っておくこともできない、流石に止める頃合いだ
「ん?」
「ぎぎぎ……あら?」
箱が消えた。ランドが能力を解除したといううことだ。思ったより分別があるな。と思ったら倒れている。
「……気絶か」
「引き分け、ですわね。ワタクシも窮地でしたし」
倒れたランドを抱き起こす。回復系の能力を持っている奴に診てもらうのが良いだろう。何せドラゴンの蹴り2発だ。とはいえ側頭部を蹴る時も加減されていたのだろう。血は出ていない。
「見せてみるのじゃ。手当の心得はある」
「頼む」
アマテラスの手から日光のような光が出ている。負傷箇所を探っているのか、しきりに腹と頭をさすっているようだ。
「んんっ? 随分と器用な真似があったものじゃなあ。本当に骨一本、内臓一つに至るまでダメージがほとんどない。衝撃で頭を揺らされて意識が飛んだだけじゃのう。であればやることは1つじゃ」
何だ、右手に光が集まって。
「起きんかーい!!」
スパァン!!
とてつもなく良い音でランドのケツが叩かれた。それはもう良い音だった。
「いったぁあああああああ!!!?」
飛び起きたランド。特にどこかを痛めている感じではない。本当に気を失っただけだったようだ。
一安心といったところだ。
「どうなったか覚えているか」
「え? あー、僕負けたんだね」
「いいえ。引き分けですわ。あのままでしたらワタクシは壁の染みになっていたでしょうし」
「ヤトアさん……」
「ヤトアで良いですわ。ワタクシ達もう友達ですわ」
熱い抱擁だ。そろそろ話を進めても良いだろうか。
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