12.フェリシアン・ヴィオネ
第57話
「……すみませんでした」
ようやく泣き止んだフェリシアンさんは、赤い目でこちらを見ながら、至極気まずそうに言う。
「いえ、気にしないでください。人を刺したくなることくらい、誰にでもありますから」
「誰にでもはないと思いますけれど……。寛大なお言葉ありがとうございます」
フェリシアンさんはそう言うと、深々と頭を下げた。
「いえいえ」
「あなたが母と仲良くしてくれたことも、母のためにお屋敷をきれいにしようとしてくれたことも本当だったんですね。すみません。正直、呪いの屋敷に幽霊が出たなんておもしろがって言っているとばかり思っていました」
「まぁ。お母様のことをそんな悪ふざけに使われていると思ったら、不愉快にもなりますよね。気持ちはわかります」
そう言うと、フェリシアンさんは弱々しく笑って、「ありがとうございます」とまた頭を下げた。
私はさっきからずっと気になっていたことを尋ねる。
「フェリシアンさん。私、リュシアン様からあなたは十四歳の時に馬車の落下事故で亡くなったと聞いたのですけれど……」
「あぁ、それは死を偽装したんです。その時にはいつかルナール公爵家や、母に命を救われておいて公爵が母を幽閉するのをあっさり認めた王家に復讐する気でいましたから……。わざと馬車を崖に落下させ、血をつけた服を崖に生える木に引っ掛けてから遠くの町に逃げたんです。それからずっと別人として暮らして来ました」
「そうですか、そんなに前から……」
現在の私よりも三つも年下の十四歳の子が、名前を捨てて別人として生きるなんて。相当な覚悟が必要だったはずだ。フェリシアンさんの覚悟を思うと、言葉が出なかった。
しかし、「母に命を救われておいて」とはどういう意味だろう。
「二十年前の事件が、俺にはどうしても納得できませんでした。何を捨ててでも、誰を犠牲にしてでもあいつらに復讐してやりたかった。……無関係のあなたを巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」
「いいですってば。さっきから謝ってばかりですよ」
フェリシアンさんはそう言ってもまだ申し訳なさそうにしていたけれど、私は全く怒っていなかった。
というか、私に彼を責める権利などないのだ。だって私は、彼ほど深い事情もなく人を傷つけてしまうようなクズだし。
「それより、フェリシアンさん。私、二十年前の事件やあなたがどうやって監視係になったかがとても気になるんですが……教えてくれませんか?」
尋ねると、フェリシアンさんは真剣な顔でうなずいた。
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