9.魔女

第42話

 またリュシアン様の夢をみた。


 あれはルナール公爵家のご長男、セルジュ様の成人祝いのパーティーに呼ばれたときのことだ。



 あの日、私はリュシアン様と一緒にパーティーに招待された。


 普段のパーティーのときはほかの参加者へのご挨拶でほとんど私のそばにいてくれないリュシアン様だけれど、その日はパーティーの間中ずっと一緒にいてくれた。


 セルジュ様の成人祝いであるため、当然彼の周りに参加者が集中していたからだ。普段のようにリュシアン様のほうに人が押しかけてくることはない。


 私はもちろん嬉しかったけれど、リュシアン様も普段より雰囲気が柔らかいように感じた。


「今日はルナール公爵家が主役だから気が楽でいいな」


「本当ですね! 私はリュシアン様とずっといられて嬉しいです」


「それはどうも。しかし、人が多いな」


 心を込めて言った私の言葉を受け流しながら、リュシアン様は周りを見渡す。確かに会場は招待客でいっぱいで、移動も大変なくらいだった。


「少し庭のほうに出てるか」


「はいっ。出ましょう出ましょう」


 リュシアン様にそう言われ、ぶんぶん首を縦に振った。リュシアン様と一緒ならどこでも嬉しいけれど、一緒に外を歩けるならもっと嬉しい。


 騒がしい会場を出て、お庭を歩く。今日のリュシアン様はいつもより機嫌がよくて、私は会話中に一度も怒られなかった。


 しばらくお庭を回った後、リュシアン様が戻ろうと言ったので、私は幸せな気分で後に続いた。



 パーティー会場に戻ると、扉のそばで数人の貴族男性たちが談笑していた。真ん中にはルナール公爵がいる。


「しかし、私は昔から残念に思っていたのですよ。現国王様よりもルナール公爵のほうがずっと優秀ではないですか。あなたが国王になってくれたらどんなによかったか」


 貴族の一人が媚びるような笑みを浮かべながら言った。酔っぱらっているのか、顔が随分赤い。不敬な発言を止めることもなく、ほかの貴族が同意する。


「全くだ。生まれた順番で王位継承者が決まるというのはもう古いのではないか」


「それに、息子の代だって。リュシアン殿下よりも公爵のご子息のセルジュ様のほうがよほど落ち着いていて安心ではないか」


「殿下は少し考えなしなところがあるからな」


 貴族たちは無礼極まりない会話をしている。


 これは不敬罪で全員牢獄にぶち込んでもいいのではないだろうか?


 そんなつまらないことを考えているというだけで極刑に値する罪だが、それ以上に呆れるのは今日ここにリュシアン様が招待されていると知っていて堂々とこんな会話をしてしまえること。


 この場に姿が見えないから油断したのだろうが、現にリュシアン様の耳に入ってしまっているではないか。


 確かに、セルジュ様は優秀な方だ。認めたくはないが、リュシアン様より、人気や能力で少しだけ優っている点があることは否めない。だからといって、こんな話は許されない。



「無礼な者たちですね……。リュシアン様、陛下に報告して皆死罪にしてもらいましょう?」


「馬鹿か。こんな陰口一つで処刑してたら国から人がいなくなるだろう」


 真剣に言ったのに、リュシアン様に呆れ顔で見られてしまった。


 私は納得がいかなくて、じっと貴族たちを睨みつける。彼らは一向にこちらに気づきそうにない。


 へらへら笑っていたルナール公爵が、やっと彼らを取りなした。



「いや、リュシアン殿下は立派な方だ。そんなこと言うものではない」


「しかし、公爵ももしセルジュ様が王位を継いだらと夢見たことくらいないのですか?」


 いやらしい笑みを浮かべ貴族の一人が尋ねる。彼に向かってルナール公爵は信じがたい言葉を口にした。


「確かに少し運命が違えば、セルジュが国王になれたかもしれないのだと歯痒く思うことはあるよ。能力に関わらず継承権が決まるのは嘆かわしいとも。しかし、それも運命だからな」


 私は全身の血が沸騰しそうになった。公爵まで一体何を言ってるんだろう。この人は取りなす立場ではないか。

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