第20話

「自分が頼み事をできる立場だと思っているのか」


 リュシアン様の呆れ顔。わかっている。リュシアン様は私の反省具合を確認するために通信をしているだけなのだし、私の願いにつき合う義理などないのだ。


 わかっていたことだけれど、ばっさりと断られてしまいちょっとへこんでしまう。


「そ、そうですよね……。だめですよね。わかりました……」


 謝って鏡の前から離れようとすると、「待て」と引き止められる。


「だめだとは言ってない。罪人の様子を確認する必要もあるし、望み通り五分……いや、十分くらいなら時間を使ってやっても良いぞ」


 リュシアン様はしかめ面のまま、仕方なさそうに言った。全身の体温が上がる気がした。


「本当ですか!?」


「ああ。だが勘違いするなよ。監視が目的だからな」


「ええ、ええ。構いません! リュシアン様のお姿が見られるなら!」


 嬉しくて鏡にべたべた触れてしまう。リュシアン様が毎日話してくれる。しかも、十分間も。お屋敷のどんよりとした空気が、一気に華やいだ気がした。


「リュシアン様、大好きですっ」


 思わず鏡に向かってそう言ったら、ばっさりと「俺は紅茶に毒を入れる女なんて嫌いだ」と切り捨てられてしまった。


「うう……。そうですか……」


「だからそこでしっかり反省しろよ」


「はい、一ヶ月乗り切って見せます!」


 リュシアン様の言葉に気合を入れて答えたら、彼はこらえきれなくなったように噴き出した。ひとしきり笑った後、リュシアン様は珍しく私に意地悪な笑みでない笑顔を向けて言う。


「がんばれよ。おやすみ、レーヌ」


「は、はい……! おやすみなさい、リュシアン様」


 リュシアン様は鏡に手をかざし、通信を切った。鏡面がリュシアン様の姿から部屋の景色に戻っても、ずっとそこから目が離せなかった。


(久しぶりに愛称で呼ばれたわ……)


 しかも、おやすみって言ってくれた。火照る頬を押さえながら、ベッドでごろごろ転がる。


 私はすっかり元気になっていた。今ならあの幽霊が出てきても、笑って挨拶できる気までした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る