第13話

 外の人と、それもあんなに元気で感じのいい人と話したことで、私の気分はいくらか明るくなっていた。


 今朝はどんよりと気分が重くて何もする気になれなかったけれど、再び屋敷を探ってみようかと言う元気が湧いてくる。


(まだ明るいうちに、色々調べてしまおう)


 手紙があった部屋に入るのは気が引けたので、まずは昨日大まかに見た一階をもう一度探ることにした。


 最初は書庫に行くことにしよう。


 昨日は数冊の本を手に取ってみただけなので、あの広い書庫の中にどんな本があるのかちゃんとわからない。もしかすると、何かお屋敷で生活する上で役に立つ物があるかもしれない。


 そう意気込んで、書庫の扉を開ける。中は当然しんとしていた。昨日日記が落ちていた場所に目を向けるが、戻した本はちゃんと棚に収まっている。


 また扉が閉まると怖いので、ドアの前に置いてあった椅子を置いて、閉まらないようにしておいた。



 私は手前の本棚から順番に、気になる本がないか調べていく。


 昨日手に取った本はやたら難しそうで私には理解できそうになかったけれど、改めて眺めると結構興味深いものもあった。料理の本や、メイドの仕事の方法なんて本もあり、料理や洗濯でてこずった時に使えるかもと、部屋に持って行くことにした。


 ほかにも、王国の歴史の本や、魔法学の本もある。


 埃を被った本を出し入れするうちに部屋の空気がひどいことになってしまったので、途中で窓を開けて換気をした。


 建てつけが悪いのか、開けるときには何度も引っかかってギシギシ音がした。


 数が多いので全ての本を今日確認するのは無理だったけれど、一時間くらいかけてざっと背表紙を確認することはできた。


 料理の本を始めとした役立ちそうな本も数冊見つかり、明るい気分で窓を閉めて、書庫を出る。



(よかった。今日は何もおかしなことが起こらなかったわ)


 昨日みたいに本が落ちて来るなんてこともなく、ドアがひとりでに閉まったりなんてことも起きなかったので安心した。この調子で今日は何事もなく過ぎてくれることを願おう。


 ほかの部屋を探る前に、二階の部屋に本を置いて来てしまおうと、階段を目指した。



 階段に向けて廊下を歩きだした、その時。


 突然、屋敷の温度が下がったように、空気が冷たくなる。


(何……?)


 心なしか、明かりはついているのに屋敷全体が薄暗くなったような感じがする。


 不安に思い、きょろきょろと辺りを見回した。そして、おそるおそる後ろを振り向く。


 それを見た瞬間、心臓が止まりそうになった。


 そこには、長い黒髪に紺色のドレスを着た女性が立っていたのだ。彼女は青い目でじっとこちらを見つめている。表情はなく、感情は全く読み取れない。


「あの、あなたは……」


 かすれる声で何とか問いかける。しかし、女性はそれに答えることなく背を向けて、ふっと姿を消した。


 そう、消えたのだ。


「……ひぃっ!!」


 しばらく呆然と立ち尽くしていた私は、我に返ると一目散に階段まで走った。転びそうになるほどの勢いで階段を駆け上がり、何とか寝室にした部屋まで辿り着いて、しっかり内鍵をかける。


 ようやく少しだけ落ち着いて、ドアの前にしゃがみ込んだ。



「何なの……あれ……」


 ここにほかの人間がいるはずがない。ここは罪人しか入れないと、さっき監視係さんも言っていたではないか。


 そもそも、普通の人間ならば目の前で消えるはずがない。


「あれ……幽霊?」


 私の頭には、二十年前にこの屋敷で死んだという「魔女」、ベアトリスのことが浮かんでいた。


 このお屋敷で過ごすのは、想像していた以上に過酷なのかもしれない。まだ二十九日も残っている幽閉期間を思い、気が遠くなった。

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