3.監視係さん

第10話

 翌日、私は最悪な気分で目を覚ました。


 体がずしりと重い。昨晩は精神的にも肉体的にも疲れ切っているのになかなか寝付けず、ドアの外に何かいないかという不安に怯えながらやっとのことで眠りについたのだ。


 窓の外はやはり曇りで薄暗いとはいえ、夜が明けたことで大分心は落ち着いた。


 ほとんど眠っていないのでまだ体が重いが、ベッドから出ることにした。昼間の時間はできるだけ起きていて、恐ろしい夜は極力眠ってしまいたい。



 結局昨日は、手紙を見つけた部屋から這い出るように逃げ出した後、階段近くの少し小さなこの部屋を寝室として使うことに決めた。


 他の部屋に比べて小さめで部屋中が埃を被っていたが、あの手紙のあった部屋よりはずっとましだ。


 それに、階段のすぐ隣の部屋というのも、何かあったときはすぐに逃げ出せそうなので気に入った。逃げ出すと言っても、私は庭から先には出られないのだけれど。



「はぁ……。早く王都に戻ってリュシアン様に会いたいわ……」


 王宮に遊びに行った時、私を見て眉をひそめるリュシアン様の顔が頭に浮かぶ。


 本当は笑顔を見たいけれど、今は不機嫌そうな顔でもいいから見ていたい。けれど、会えるのは一ヶ月も先だ。


 今はこのお屋敷で何事もなく過ごすことを最優先で考えなければならない。



 正直に言うと部屋から出たくないが、ずっとここに閉じこもっているわけにもいかない。


 私はナイトウェアからシンプルなドレスに着替えると、大きく深呼吸して扉を開けた。


 朝食でも取ろうかと厨房まで来てみたが、まるで食欲が湧かなかった。昨日は馬車の中でパンを食べて以降何も口にしていないのに、ちっとも何かを胃に入れる気になれない。


 それでも紙袋から黒パンを一つ取り出し、蛇口をひねってコップ一杯分の水を用意した。


 厨房のテーブルで、立ったままもそもそとパンを口に詰め込み、水を飲む。お行儀が悪いけれど、ここには私以外誰もいないのだし、罪人に行儀のよさを求める人なんていないだろう。


 ちなみにここには水魔法による水道が整備されているようで、蛇口をひねるときれいな水が流れる。


 田舎だと場所によっては水道が通っていないこともあるのだけれど、このお屋敷では水の心配はないようなので大分安心した。



 食事が終わり、今日も探索をするべきか悩んでいると、突然ベルの音が鳴り響いた。


 思わず肩がびくりと跳ねる。これは玄関のベルだろうか。


 おそるおそる厨房を出て、玄関ホールに近づく。すると、ドアの外から明るい声が聞こえてきた。


「こんにちはー! ジスレーヌ様はいらっしゃいますか? 俺、監視係です! 挨拶に参りました!」


 やけに明るい声に力が抜ける。監視係。そう言えば、ここまで送ってくれたリュシアン様の部下の方も、週に一度監視係が来ると言っていた。


 どきどきしながら扉を開けると、そこには声の印象通り明るい表情をした男性が立っていた。


 茶色の短い髪にオレンジ色の目をして、いかにも健康的だ。年は私よりもいくらか年上に見えた。二十代前半くらいだろうか。


「あなたがジスレーヌ様ですか? 俺、監視係のロイクって言います。あなたの現状報告や、屋敷についてわからないことがあったらお教えするように言い使っています。一ヶ月間よろしくお願いします!」


 ロイクさんと言うその男性は、にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべながら言う。それがお屋敷の雰囲気にあまりもそぐわず、呆気に取られてしまった。


 この人が「監視係」なのか。なんだか、言葉のイメージにあまりにも合わない。

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