第8話

 隣には洗濯室があった。


 部屋は石造りで真ん中に大きな鍋のようなものが置いてある。


 ここで服を洗うのだろうか。料理はかろうじて経験があるが、洗濯を自分でしたことなど一度もない私は、服を無事に洗えるのか心配になった。


 洗濯室の奥には小さな倉庫用の部屋があり、箒や布巾などの掃除道具が用意してあった。埃でいっぱいの部屋はこれで何とか綺麗にできそうだ。


 一階の部屋は大体見終えたので、二階に上がることにした。



 ……その時、扉の向こうでバタンという音がした。


 静かな空間に突然響いた音に、心臓が大きく跳ねる。


 おそるおそる廊下に出て音がした方向を眺めると、先ほど出てきた書庫の扉が閉まっていた。


 見知らぬ屋敷を回るのは不安で、私はドアを通るたびに開け放しておいた。


 それなのに、扉はしっかりと閉まっている。ここには誰もいないはずなのに……。


 不安になってきょろきょろ周りを見回すが、人の姿はもちろん見えない。その時、頬を冷たい風がつぅっと吹き抜けた。


(あぁ、なんだ。風か……)


 ほっとしたところで、思い直す。


 風? ここはお屋敷の中なのに?


 おそるおそる廊下の窓を確認するが、開いているところは見つからなかった。


 書庫の中だって窓が開いていた記憶はない。換気しようとして後回しにしたことをしっかり覚えている。


 けれど、確かにドアが閉まって、私の頬を冷たい風が撫でたのだ。



 ぞわぞわと体を寒気が走る。


 応接間に戻ろうか。それとも庭に出て……。いや、庭に出たって門の外側には行けないのだから意味がない。


 書庫の扉が気になった。恐れと興味が同時に大きくなっていく。


 私は意を決して書庫の扉に近づいた。


 ゆっくりと扉に手をかけ、中を覗く。人影は見えなかった。そのことに少しだけ安堵しながら、中に足を進める。またひとりでに閉まったらどうしようと思いつつ、扉は開け放しにしておいた。


 きょろきょろと辺りを見回す。


 やはり窓は全て閉まっていたが、部屋を見渡してもおかしなところは見当たらない。



(古いお屋敷だし、どこかから隙間風でも入って来るのかも)


 そう自分に言い聞かせて書庫を出ようとする。その時、後ろで何かが落ちるような音が聞こえた。


 怯えながら振り返ると、そこには不自然に床に落ちている本が見える。


(なにこれ。あんな本絶対に落ちていなかったわ……)


 全身から血の気が引いていくのがわかった。


 扉ならまだしも、風が吹いたとしたって書棚の本がひとりでに落ちるとは考えにくい。恐れを感じつつも、同時にあの本が気になって仕方なくなる。

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