舞台裏

第13話:中学三年生-夏


私はノイズ混じりの記憶を遡る。


彼が現れたのは何時だろうか。

覚えているのは常に私の後で俯く少年で、みんなから幽霊と言われ虐められていた。

それを私が壁となって守ってあげていたのだ。

そうしないと消えてしまうような矮小な存在が彼であった。

私から言わせれば、意思表示も出来ない存在など幽霊未満の何かである。



──入学式。

陰鬱とした気分であったが、生活環境が一変する。

小学校、中学校が同じだった人もいるだろう。

だがそんな事はもう気にしない。

私は幽霊と呼ばれる何かを守ってあげているだけで、幽霊と呼ばれているのは彼なのだ。

私が守らなければいけない矮小な存在。

そんな何かに優越感を感じている事は、既に自覚していた。


高校生活にも馴染んだ頃、初めて彼の声を聞いた。

あまりの驚きに何と言われたのか忘れてしまったが、小学生から付き纏う彼が初めて声を発したのだ。

いや、恐らく声ではない。

現に周囲の人間は気付いていない。

言葉を介さない意思表示。

しかし、それを確かに私は声として聞いていた。幾つか聞きこぼした言葉の後に自分が呼び掛けられている事を理解する。

『ねぇ、ゆーれいちゃん』

私が何かの壁になり言われ続けた言葉。それは私ではなくお前の事だと、腸が煮えくり返りそうになるが息を吐いて熱を冷ます。この子に悪気はないのだ。私がこの子の代わりに幽霊と呼ばれ続けたせいで、私の事が幽霊だと勘違いしてしまったのだ。この子は私がいないと自我も保てない可愛そうな存在なのだ。そんな子に憐憫は抱けど、ムキになるなど大人気がない。私はわざとらしく平静を装い彼の言葉に意識を傾けた。

『なーに』

『暑くない?』

『暑いねー、夏だからねー』

何てくだらない会話。何年も意思表示も出来なかった彼が伝えたいのはこんな言葉なのか。まるでクラスメイトと話すような中身のない話題。そんな些細な事が私を苛つかせたが、その度に平静を努めた。皮肉を込めて、侮蔑を込めて、私は彼をゆーくんと呼んだが気にならないらしい。私を幽霊と呼ぶ君が本当は幽霊なんだよ。相手に伝わらない真意に口元が歪む。何て滑稽なんだろうか。


放課後、彼はいつの間にか消えている。

彼が存在するのは何時だって私が近くにいる時だ。

それは当たり前の事であり、私がいないと存在できないのが彼であり幽霊の証左。

いつだったか彼が現れ始めた頃、幽霊について考えた事がある。


──私は幽霊を定義する。

1. 生命体ではない。

2. 透明、または透けている。

3. 触れる事はできない。

4. 会話態度の意思疎通は可能。


彼は私がいないと存在できない。そんな生命体はいない。

半透明で昔から私に付き纏っている忌まわしい存在。

お前のせいでと叩ければ、どれだけ気持ちは軽くなっただろうか。

……どれだけ罵倒しても俯いていた彼が私を見て話すようになった。

昔は意思疎通など出来なかったからこそ、幽霊未満とする為に考えた要件。それが出来ては自我がある事を認めてしまうと思っていた。幽霊未満の私の後ろにいる何かは、今私自身が幽霊と認める存在となっていた。


一年目も終わる冬、幽霊が唐突に言った。

『ねぇ、ゆーれいちゃん。僕とオカルト同好会作ろうよ』

幽霊の自覚が足りないらしい。幽霊自身がオカルト同好会を発足するなど馬鹿げている。そんな何も考えていない発言に苛立ちが募るが、ふと口角が歪んだ。あぁ、そうだ。こいつ自身に自分が幽霊だと自覚させよう。どんな反応をするだろうか、私がゆーくんと呼んでいる理由に気付くだろうか。下腹部から湧く沸々とした愉悦がきっと顔に出ていたんだろう。私は笑顔でいいよ、と答えていた。


二年目の春、狐のよ──め入りの話をした。

何だろう、この話は。一瞬思考が途切れたあと、私はこの話をしていた。彼はこの話を知らないと言っていたが本当だろうか。いや、そもそも私もこの話に覚えがない。頭の中でノイズが止まない。


二年目の夏、犬──か───うちゃんを同好会に入れた。

彼女が1つ下の後輩なのは知っている。知っている? 何故知っている? 私はどういう繋がりで彼女を同好会に入れた? 二年になってからノイズが酷い。視界がブレる。


二年目の秋、課外学習として神社へ話を聞きに行った。

この世界の境界についての話であった。中々興味深い話を聞けたが、私はどういう伝でここへ話しに来たのだろう。鳥居をくぐり境内に入ってからノイズが治まった気がした。話をしてくれた初老の男性は確かに彼を見て話していた事を思い出す。霊感があったと言う事なのだろうか。それとも気の所為? 境内を出ると脳内にノイズがちらつき始め、思考が飛んだ。


二年目の冬、顧問の時──、先生、が──の─を、してくれた。

誰が誰の話をした? 顧問? 同好会に顧問なんていた? 誰に言って教室をか─────────。


三年目の春、寺田? てらだ? テラダ? ダレだ? 誰が教室に入ってきた? 寺田? 先生? ダレ? シらない? シってる? おかしい、寺田の名前を聞くとノイズが強──。


三年目の夏、テらダから歩道橋から落ちた少女のはナしをきイた。聞いた? 誰から? 寺田? 話シてない。ナンでシッテる? オジサん、ハシノ上、オトサれタ、私? そうだ、私はおじさんに橋から落とされて、誰も助けてくれなくて、道路に落ちて、車に────。


アレに呼び出された。幽霊から私が見えないと言われた。ムカつくムカつくムカつく、そんな訳ない。イミワカンナイ、なに言ってるノ? ────。────、──────。


──あれ、何で家に? 呼鈴? 何でゆーくんが家の前に?

────ヤットミたやっと見たやっとミタヤット見た。

思い出したかな? 思い出したよね、私が思い出したんだもん。

私の顔が認識できなくて当たり前だよね、私も認識できなかったもん。


──この世界は私の世界、私だけの世界。私の愛しい幸せな世界。

──全部ぜぇんぶ、私の物。ゆーくん、私の部屋まで迷わずに来れたよね? だってゆーくんは私のものだもん。


──そんなのは嘘。まやかしの三年間。学園の牢獄、寺田は看守。

──あぁ、作られた三年間が終わる。この世界が終わる。私が終わる。私が殺された理由が終わる。


──たすけて、ゆーくん。

──私が殺された理由に花を添えて。

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