脱出

「よっと……」

 暗い森の中で、獲物を待ち構えて大きな口を開けている大穴から、ぴょこんと手が飛び出した。

 エイル・ノルデンのものだ。

 少年は地下で二度の死闘を経て、ようやく家に帰ろうとしているところだった。


 エイルは今、はしごをのぼっている。あと少しで地上に出る、というところで、腕の力が限界に近づいていた。


「ほら」


 つかむものを探して彷徨っているエイルの手を、もうひとりの少年がしっかりとつかんだ。

 ヴェルダン・スタール。エイルの親友だ。


 磁石のN極とS極がくっつくよりも固く結ばれたふたりの手は、少年が地上に出るまで、決して離れることはなかった。


「ありがとう、ヴェルダン」

「いいさ」

 エイルが、地上に引き上げてくれた親友にお礼を言った。


 ふたりは服についた土汚れを払うと、元いた大穴の底に視線を移した。


 大冒険だったな、とヴェルダンがつぶやいた。

 エイルはその言葉にうなずいた。


 すっかり遅くなっちゃったね、とエイルは空を仰いで言った。


 夜空に星々が輝いている。

 ここまでの血と涙に溢れた戦いなど知ったことではない、と澄ました顔で煌めく星々は、見る者の心を落ち着かせた。


「ねえ、ヴェルダン」

「どうした?」

「あのさ……」

 エイルは一瞬、言葉に詰まった。次に自分が言うことを聞いてしまったら、彼は自分の元から離れてしまうのではないか、と少年は恐れた。


「僕は……あのとき、ヴェルダンがどこかに消えてしまったとき、本当に見捨てられたと思ってしまったんだ」

「……あー……」


 ヴェルダンは居心地が悪そうに頭を掻いた。


「まあ、そう思われているだろうなって、わかっていたよ」

「僕は……本当に馬鹿だ。ごめん。ヴェルダン、ごめんよ」

 何度も、ごめん、ごめんと謝るエイルの唇に指を添えると、ヴェルダンは片目をつむって言った。

「大丈夫。俺がお前を見捨てることなんて、天地がひっくり返ったとしても、あり得ない。だから、気にするな」

「……!」

 ヴェルダンの言葉に胸を打たれたエイルは、自然と目が潤んで、涙をこぼした。


「ほーら、泣くなよ。泣き虫エイル」

 苦笑したヴェルダンが、エイルの涙を指でぬぐった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る