少女の夢 ~エルエッタとシャミィ~
エルエッタは、魔の者を統べる強大な存在――魔王から、とある命令を受けて、人類の中でも特に人間と呼ばれる種族が多く集まる地に足を踏み入れることになった。
魔王の命令と言っても、かの者が、直々に彼女と会って話をしたわけではない。エルエッタら下々が魔王の姿を拝めたことなど一度たりともなく、それの意思は魔王の分身たる特別な魔の者を介して、同胞たちに伝えられるのだ。
エルエッタに命令を下したのは、空 (そら)のエクタピカ、と呼ばれている魔王の分身だ。
なぜ、自分が選ばれたのか。彼女にそれを問う資格はない。少女に許されている行動は、下された決定にただ従うことだけだ。
エルエッタの容貌が人類に近いからなのか? 他にもっともらしい理由があるのか? 真相は魔王のみぞ知る。
エルエッタが旅に出ると決まったとき、真っ先にシャミィが同行を宣言した。名目は、非力な彼女の護衛だ。その件をめぐって、彼女は、なんとエクタピカと言い争いになったそうだ。
正直なところ、エルエッタからすれば、ありがた迷惑な話だった。おかげで、恐れ多くも魔王様の分身たるエクタピカからは睨まれるようになって生きた心地がしなかったし、仲間からは、身内の付き添いか? と小馬鹿にされるし、なによりシャミィの身に災難が降りかかる可能性が生まれたのが嫌だった。
確かに、シャミィや空 (そら)のエクタピカのような面々と比べたら、自分は無力に等しいか弱い存在だ。シャミィが護衛となれば、百人力に違いない。
しかし、それは、あくまで彼女たちと比べたらの話であって、自分だって、並みの人間が相手なら、そう簡単に屈することはないだろう。そもそも、シャミィたちが討たれるような相手なら、自分だって敵いやしない。
どうせ野足れ死ぬなら、自分一人で――。
出発前にそう告げようとした少女の口は、親友の口でふさがれて、続きを発することは許されなかった。
彼女の手首をつかんで捻りあげるシャミィは、長年連れ添ったエルエッタでもちょっぴりこわくて、突き放すような発言をしようとした彼女を咎めているのは明らかだった。
こわい顔をしながらも、悪い子をなだめるように、親友はエルエッタに言った。
「この世を去るなら、共に――そう誓っただろう? エルエッタ」
シャミィが、エルエッタの名前を素直に口にするのは稀だ。それは、彼女に自分の言うことを聞かせる切り札のようなものだ。
自身の名を、情愛をたっぷりと込めて、真正面から見つめながら、愛する親友に言われるのだから、少女は堪ったものではない。
「――っ! で、でも……!」
精いっぱいの抵抗を示そうと、言葉を紡ごうとするが、今のエルエッタでは妙案がなにも浮かばなかった。
ところで、シャミィは魔王の分身ではないが、エクタピカのように少し特殊な存在である。
彼女は所謂、不滅の存在らしく、エルエッタら下々の者とは一線を画した存在なのだ。
――この身が朽ち果てようが、私の魂は滅びない。いずれ、君のもとに舞い戻ろう。心配はいらないよ。我が友、エルエッタ。
エルエッタがシャミィの身を案じると、決まって彼女は、自分はいつか帰ってくると言った。
長い付き合いでも、片割れの心を理解できないときはあるものだ。
シャミィには、エルエッタの恐れがわからない。彼女は、ちょっとの別れ、を極端に怖がっているのだ。ベッドの中で震えて泣くほどに、恐れているのだ。
いつか、とはいつなのか? 戻ってきたあなたの隣にいるのは、私なのか? あなたのいない世界で、私はいつまで、もがき苦しみ続けなければならないのか?
それらを言葉にしてぶつける機会は、なかなか訪れないが、エルエッタの心の中には、そんな不安がいつも渦巻いていた。
結局、彼女の不安が解消される日は来ないまま、ふたりで、この地を巡るときを迎えることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます