神さま拾いました。
寧楽ほうき。
「濃い恋、来いと乞う」
「今日も友達できなかったなぁ……」
高校に入学してから、気が付けば数週間が経っていた。もちろん友達を作ろうと頑張ったのだが、中学からの付き合いだろうか、周りは既にある程度グループができている様子だった。
自分は中学を卒業してからこの街に引っ越してきたばかりで、知り合いは一人もいない。
正確に言えば、幼い頃住んでいたこの街に帰って来たというわけだが。
だからって教室の隅で本を読んでいる子に話しかけるのは申し訳ないしなぁ……。それに、高橋さんなんて高嶺の花すぎて目を合わせることすらできない!
どうしていつも告白を断っているのだろうか?そんなモテ女に俺は多分、恋をしている。
だから、暴走してしまわないように、自分には無理だと言い聞かせている。
でも、それでも……
「俺も恋がしたいんだー!」
恋愛なんて自分とかけ離れた世界の話だ。そう思い、下を向いてトボトボと家に向かっていると、あるものが視界に入った。
電柱の下に置かれた大きな箱。
それには綺麗な字で『拾ってください』と書かれた紙が貼っていた。
「捨てるなら、最初から飼わなかったらいいのに……」
ゆっくりと近づいてフタを開けて中を覗くと、そこには椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいるフクロウがいた。
「おや、貴方が私を拾ってくれるのかい?」
ティーカップをテーブルに置き、フクロウはこちらを向いてそう言った。
「いえ、失礼します……」
あまりにも奇妙な光景に驚き、何も見なかったことにしようとフタを閉じた。
今のは夢だよな。うん。
「友達がいないから動物と話す幻覚を見るなんて有り得ない、と思っていませんか?」
「うわぁぁ!」
振り向くと、閉じたはずの箱の封は開いていて、その上に先のフクロウが立っていた。
やっぱりこいつが喋ってるのか⁉︎
「こちらの世界の動物は言葉を発しないですから驚くのも当然ですよ。しかし、私たちは違いますよ。神ですから」
「……は?」
「おや、疑っているのですか?人間とは実に疑い深い生き物なのですね。それでは少し、力をお見せしましょうか」
そう言って右翼を上げ、自転車をこいでいる女性を指し、『神風よ。吹け』と呟いた。
「風を操るのが得意でね。ほら、そろそろ来ますよ。見ていてください」
何かが起こるという期待は一切していなかったのだが、女性の方を見つめた。
すると優しく風が吹き、彼女のスカートが豪快にめくれ、中身が見えた。
彼女は『キャッ!』と悲鳴を上げ、スカートを押さえてこちらを睨んだ。
「——グッド」
「グッドじゃねぇよ、このエロフクロウ!
お陰で睨まれただろうが!」
頭を掴んで怒りのままに叫んでやったが、フクロウは落ち着いて答えた。
「苦労をせずにパンチラを拝んだ。
これが
「神さまってオヤジギャグ言うんだな……」
「とにかく、私が神だということは信じたでしょう?私を拾って下さったら、高嶺の花の高橋さんだって関係を持てますよ?」
「お前、うちに来るか?」
「即答ですね。まぁいいでしょう」
・ ・ ・
外で小鳥たちがさえずる明るい朝が来たというのに、どうしてこの人はこんなにも眠たそうな顔なのだろうか。
「おはよ、神さま」
「
「別にいいじゃないか、土曜なんだしさ」
「それと、神である私を鳥かごに入れるというのは、いったいどういうことですか」
私は橘さんに拾われ、彼のお家で住むことになった。クラスメイトである高橋という女の子と関係を持てると言った途端、彼が受け入れてくれたのだ。
そうは言っても実際のところは私は何もしませんがね。いくら神だからと言っても人の感情を操ることはできませんし、そのようなことは許されませんから。
「橘さん、こんなにも天気がいいんです。鬼ごっこでもしませんか?もし、私を捕まえられなければ、貴方は高橋さんを諦めることになります」
「急にどうしたんだよ……。って、おい!」
少し手荒だが、神の力を使って鳥かごから脱走し、彼を家の外に出すことに成功した。
ここからどうなるかは神のみぞ知る。
——いや、神すらも知らぬ。ですかね。
「何事も大切なのはきっかけと勇気ですよ」
しばらく電線の上で昼寝していると橘さんが追いかけてきた。
「そこにいたかフクロウ……。って、何それ怖い!頭がまわってる!?」
「おっと失礼、寝ているとついつい力が抜けてこうなってしまうのですよ。そして、鬼ごっこは私を捕まえないと終わりにはなりませんよ」
下まで飛び降りて今度は低空飛行を続けた。
何度も後ろを追いかけてくる橘さんの姿を確認しながら飛んでいると、目的地である角が見えてきた。私はそこを曲がり、敢えて目の前に居た少女にぶつかった。
「びっくりした……。あっ、フクロウさん、大丈夫?」
——なるほど。これは橘さんが恋をするのも無理がない。
抱きかかえ、包まれるこの胸の柔らかさと黒く長いツヤのある髪。おまけにまん丸の大きな瞳。ルックスだけでなく性格も良く、非の打ち所がない完璧美少女ときましたか。
これはライバルが多そう——いや、そうでもなさそうですね。
私には視界に入った者の過去が少し見える。
さてと、そろそろ彼が来ますね。
優しく抱きかかえてくれている高橋さんの腕の中から飛び立ち、角を曲がってこちらへ来る橘さんを待った。
『おぉい!どこ行ったフクロウー!』という声が近づいて来ると、やはり彼女も気づいたのだろうか動揺しているようだった。
「やっと見つけたぞ、フクロウ。——えっ、高橋さん……?」
「その子は橘くんのだったの?」
「あっ、う、うん」
「私も好きだよ、フクロウ。一緒だねっ」
満面の笑みを浮かべ、高橋さんはそう言った。それはもう、心臓の鼓動が激しくなるのが手に取るように分かってしまうくらいの笑顔だった。これ以上、私が手出しする必要はなさそうですね。
「橘さん、あとは自分で行動するんですよ。自分に勇気を持ちなさい」
高橋さんに聞かれないように小声で囁き、私は橘さんの部屋に戻ることにした。
・ ・ ・
……気まずい!
まさか高橋さんに会うなんて思わなかった。
何か話をしたほうがいいか?
いや、もしかしたら迷惑になるかも……!
「あの、高橋さん、フクロウありがとう!
それじゃあ俺は帰るから!」
「待って……ください」
その場から逃げようとする俺の腕を、彼女は優しく温かい手で掴んだ。
「——私、あなたにお礼が言いたかったんです!覚えていますか?地味で暗くて友達もいなかった私に声をかけてくれたこと。あの日からずっと、変わろうと努力してきました。勇気をくれたのは橘くんだったんです。だから……ありがとう」
「——ごめん、覚えてないかな……」
咄嗟に出た言葉。今にも涙が溢れそうだ。
小学生の頃、確かにそんな子がいた。高校生になって再会した彼女はとても変わっていて、自分はそんな力強さに惚れたのだと思う。だけどそんなことは言えない。ただ、今は涙を堪えるのに必死だった。
顔を見られないように背を向けていた俺の肩を高橋さんは優しく掴み、振り返らせた。
「橘くんが好き。……好きです。私と、友達から始めてくれませんか?」
「——っ、は、はい、喜んで…!」
こうして僕たちは友人同士になった。
一般的には友人とは、いつの間にかなっているものだと思うが、そんなことはどうだっていい。こうやって連絡先も交換できたしな。
スマホに登録された
俺も一歩進めただろうか。
見上げた空は広く、遠く、自分の存在なんてちっぽけに思えるくらい青く澄んでいた。
「家に帰ったらフクロウに名前でも付けてやるか」
・ ・ ・
今日もいい天気だ。
そう思いながら弁当に箸をのばした。
あの出来事から数ヶ月が経ち、俺の身の回りの環境はとても変わった。
「えぇ!最初に告白したのは皐月だったの!?」
「うん、実はね……。もう、この話ばっかり恥ずかしいよ……」
「なるほどねぇ、橘も隅に置けないなぁ。
このっ、このっ!」
ツンツンと肘で脇腹をつつかれ、危うく唐揚げを落としそうになった。
「やめてくれよ……」
「そんなこと言っちゃってー!実は嬉しいでしょー!」
「まぁな、俺にこんなに可愛いカノジョができるなんて思ってなかったよ」
フクロウ——フク太がきっかけをくれたお陰で俺は高橋さんと友人になることができた。
それから数ヶ月、彼女と関わっていくうちにその魅力に心を惹かれ、ダメ元で俺から告白してみた。頬を赤らめ、『はい』と返事をくれたときは本当に飛び跳ねるくらい嬉しかった。
そしてクラスにもほんの少しずつ馴染んでいき、今はこうやって騒がしい昼食の時間を過ごせるようになった。
「ありがとう、高橋さん」
「えっ、あっ、はい!」
…今日はフク太に肩叩きくらいはしてやるか。
神さま拾いました。 寧楽ほうき。 @NaraH_yoeee
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