ネコかぶり末っ子王子の戦争回避譚 ~乳兄弟が転生者でスキル持ちになったので全力で利用させていただきます~

夕藤さわな

第1章 落ち込んだときの……。

第1話 あんな思い、二度と……。

「なぁ、アル。やっぱり行かないとダメか?」


 今日、何十回目かの問いに俺は盛大にため息をついた。


 リグラス国中央領・アーリス城の頭上に広がる空は今日も抜けるような青色だ。白い石をつみあげて作られた城と白い石をしきつめて作られた道が陽の光を浴びてちょっとまぶしいくらいだ。

 外に出て体を動かすには気持ちのいい天気。体を動かすのが好きなら、の話だけど。


「何回も何十回も言わせるなよ、ユウキ。ダメ。絶対に行かないとダメ」


 振り返ってじろりとにらみつけると乳兄弟のユウキが肩を落とした。


 ユウキは俺と同い年の十三才。茶色い髪と茶色い目や、俺みたいな金色の髪と青色の目が多いこの国では珍しく黒い髪と黒い目をしている。

 俺よりも背が高くてガタイもいい。運動神経だっていい。ヴィクトール先生の剣術や武術の授業も楽しそうに受けていた。体は細いし運動神経もいい方じゃない俺よりもよっぽど優秀な生徒だ。


 だというのに――。


「なぁ、アル。本当に、絶対に、行かないとダメか?」


「……ダメ」


 見習い兵たちといっしょに本物の剣を使って実戦的な練習をする。だから演習場に来るようにとヴィクトール先生に言われたとたんにユウキは情けない声で情けないことを言い始めたのだ。


「本当に? 絶対に?」


「本当に。絶対に」


 体を動かすのが好きじゃない俺はともかく、ユウキがそこまで渋る理由がわからない。

 演習場に続く緩やかな坂道を登りながら俺はため息混じりに、何回目か何十回目かの説明した。


「何度も言ってるだろ。隣国グリーナとうちの関係が悪化したとかで戦争が始まるかもしれない」


「……戦争」


「七人いる王子、王女の中で一番下っ端の末っ子王子とはいえ、俺も王族。戦争が始まったら嫌でも何かしらの役目を与えられる。俺の乳兄弟であるユウキも、な」


 このリグラス国は六つの小さな小さな国が一つになってできた大国だ。六つの国は六つの領となり、中央アーリス領が新たに加わり、今のリグラス国は七つの領で構成されている。

 中央アーリス領を治めるのはリグラス国国王。その国王には必ず六人の妻がいる。六つの領から一人ずつ、領主か親戚すじの娘が嫁いでくるのだ。

 六つの領のどこかに権力が集中しないように、という考えらしい。


 でも、領民が穏やかに暮らせるなら王座にも権力にも興味はない。それどころか関わらずにすむなら関わりたくない、ないなんて領地もある。

 俺――アルバート・グリーン・リグラスの母親の実家であるグリーン領みたいに、だ。


 実家の後ろ盾なんてないに等しく、王位継承権もあってないようなものである十三才の未成年末っ子王子な俺でも戦争が始まれば王族として関わらないといけない。


 さらっと言ったけど俺はれっきとした王子様だ。

 リグラス国国王である父と権力にまーったく興味のないグリーン領領主の娘である母から生まれたれっきとした王子様。


 そして、ユウキは末っ子王子の乳兄弟。

 俺の――王族の乳兄弟である以上、戦争が始まればユウキも俺とともに巻き込まれることになる。

 だって、このリグラス国では血を分けた兄弟と同じかそれ以上に、生まれたときからずっといっしょに暮らし、育ってきた乳兄弟とのつながりは強固なものだと考えられているから。


「スキルが使えれば、剣を手に戦場になんて行かないですむのかもしれない。でも、残念なことに俺もユウキもスキルを持ってない。ユウキにいたっては……」


「……魔力がない」


 スキルは生まれ持った才能、基本的には先天的な力だ。スキルを使うには魔力が必要になる。

 世界で半数の人が持っているとされるスキルを俺とユウキは持って生まれなかった。ユウキにいたっては世界でほぼほぼほとんどの人が持っているとされる魔力すらない。


「スキルなしの末っ子王子とその乳兄弟がやらされることといえば剣を高らかに掲げ、兵の先頭に立って鼓舞し、士気をあげる……とかなんだよ」


「そう、なのかな……?」


「そうなんだよ。目立つ鎧をつけて、目立つ馬にまたがって先頭に立つ! そんなの絶対に目立つし、真っ先に狙われるし、かっこうの的! 少しでも生存率をあげるためにも見習い兵とはいえ兵である彼らとの合同練習は参加しておかないと……!」


 ろこつに顔をしかめる俺にユウキはため息をついた。


「アル、〝かわいい末っ子王子〟らしからぬ顔になってる。誰が見てるかわからないからちゃんとネコかぶっとけ」


 ユウキに言われて俺は口をとがらせた。

 ネコをかぶる――というのはユウキが作った言葉だ。本性を隠してかわい子ぶったり、無知で無邪気なフリをすること、らしい。


 具体的に言うと――。


「アルバート様、それにユウキも。おはようございます!」


 俺たち同様、演習場に向かうのだろう。後ろからやってきた見習い兵に声をかけられて、俺はまばたきを一つ。


「おはようございます。とってもいい天気になりましたね!」


 まるでお人形のようと誰もがにっこり微笑んじゃう整った容姿を全力で活かし、きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルを浮かべてふり返った。見習いとはいえ屈強な兵士である青年二人は年の離れた弟のような人なつっこい笑顔の俺を見てほほをゆるめる。

 そんな見習い兵二人にもう一度、にっこりと笑いかけたあと――。


「でも、僕……」


 俺は表情をくもらせるとうつむいた。


「本物の剣を使った訓練なんて怖くて……昨日も不安で眠れなかったんです」


 ユウキが黙ってそろそろとそっぽを向いたのは俺が昨日もぐっすり快眠だったと知っているからだ。


「あの、もしも手合わせをすることになったら、その……手加減して、もらえませんか?」


 青い瞳をうるうるうるませてゆっくりと顔をあげた俺は――。


「……お願い、します」


「……!」

「……!!」


 見習い兵二人を上目づかいに見つめてトドメの一撃。二人の心をガッチリわしづかみにした。


「もちろんです……もちろんですよ、アルバート様! 手加減します!」


「ヴィクトール殿に気付かれないようにこっそりと、ね」


 ガシッとこぶしをにぎりしめた見習い兵二人がいきおいよく、力強くうなずく。それを見て俺はパァーッと素直でかわいい末っ子王子スマイルを全開にした。


「ありがとうございます! 僕、二人のおかげでちょっとだけ怖くなくなりました!」


 お安い御用ですよ! と、だるんだるんにゆるみきった笑顔で俺とユウキを追い越していく見習い兵二人を見送って――。


「計画通り……!」


 俺はにんまりと笑った。

 運動神経も悪ければ体を動かすのも好きじゃないのだ。剣の練習なんて手を抜けるなら抜けるだけ抜きたい。


「少しでも生存率をあげるために練習に参加するんだよな。手加減してもらったら意味ないんじゃ……」


「剣の腕前をあげて自分で自分の身を守るより、兵士たちの好感度をあげて彼らに俺の身を守ってもらう方が生き残れる可能性は高い」


「……このクソ末っ子王子が」


「だって、僕……剣なんて重くてふりまわせないもん!」


 きゅるん☆ とかわいい末っ子王子の顔でぷぅーっとほほをふくらませるとユウキはげんなりとした顔になる。ユウキの表情に満足して俺は再びにんまりと笑った。


 ……てなわけで、具体的に言うとこんな感じ。

 きゅるん☆ とかわいい末っ子王子状態がユウキいわく〝ネコをかぶっている〟状態なんだそうだ。俺のネコかぶりを知っているのはユウキだけだ。もう何年も会っていない母親も国王である父親も、血を分けた兄弟たちも知らない。


 俺のにんまり笑いを見てユウキがため息をついた。


「アル、その根性悪そうな笑い方やめろよ」


 乳兄弟の兄担当みたいな顔でユウキが説教するのはいつものこと。でも、今日はなんだか声に力がない。

 演習場に行きたくないと言い続けるユウキに行かないとダメだとしか言ってこなかったけど……青ざめた顔を見ているうちにだんだんと心配になってきた。


「いっしょに練習する見習い兵の中に会いたくないやつでもいるとか?」


「誰がいるかも知らない」


「体調が悪いとか?」


「そんなことは……多分、ない」


「木の剣じゃなく本物の剣を使って練習するから怖いとか?」


「それもあると言えばあるけど……」


 歯切れ悪く言ってユウキは額を押さえた。かと思うと、苦し気に顔を歪ませた。


「ユウキ、どうした?」


「頭痛が……急にひどく、なって……」


 痛みに耐えるようにユウキはぎゅっと目をつむる。

 そして――。


「……やっぱり、イヤだ」


 泣きそうな声でぽつりとつぶやいた。

 かと思うと顔をあげて青い空をにらみつけた。


「ユウキ……?」


 リグラス国では珍しい黒い目から。

 めったに泣くことのない乳兄弟の目から。

 涙がひとすじ流れ落ちるのを見て俺はぼう然と名前を呼んだ。


「戦争なんてイヤだ! あんな思い、二度と・・・したく……な、い……!」


「ユウキ……!」


 空に向かってそう叫んだ直後、ふらりとユウキの体が傾いた。石をしきつめた固い道に倒れこむユウキを支えようと俺はあわてて腕を伸ばした。でも、俺より背も高ければガタイもいいユウキを支え切れるわけがない。


「……っ、うぐぅ……っ」


 頭を打つような大惨事はまぬがれたもののユウキの下敷きになった俺はうめき声をあげた。ユウキの体の重みとゴリゴリと固い石畳にはさまれて痛い。俺の人形のように細くて繊細な体が折れてしまう。


「覚えておけよ、ユウキ……!」


 騒ぎに気が付いて駆け寄ってくる見習い兵たちの足を眺めながら俺はうめいた。


 末っ子とは言え王族の俺を下敷きにするとは……ユウキのくせにいい度胸だ!

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