第42話 卒業式の準備と柳先生の疑似的なお見合い

 翌日の日曜日。私たち世治会メンバーは、即席の卒業式を準備していた。


 女子校の体育館に、パイプ椅子を並べていく。さすがに横断幕を始めとした本格的な飾りつけは用意できなかった。


 ああいう備品を用意するためには、予算と計画が必要だから、急きょの場合には手が回らないのだ。


 だが創意工夫は可能だった。


 真奈美ちゃんが、小さなプランタで、お花を持ってきた。


「いつも撮影している野花を持ってきました。これぐらいの飾りがあったほうが、卒業式っぽいですぅ」


 ちょっとした華やかさであろうとも、卒業式を彩るエッセンスだ。私たちは野花で檀上を飾った。なにもなかったときと比べて、かなり卒業式っぽくなっている。


 さらに彩音ちゃんが、金属製の看板を担いできた。


「最近、工場で金属加工の練習をやっていてね。せっかくだから、アルミのフレームに卒業式っぽい文字を刻んできたよ」


 フレームも文字も、すべて工作機械で作ったようだ。卒業式の看板というより、会社の看板っぽい。


 でも彩音ちゃんの心意気が詰まっているから、野花の飾りつけとマッチしていた。


 だんだんと体育館が卒業式らしくなってくると、シカコがグーっと背伸びした。


「あと一年と半年たったら、あたしたちも卒業って考えると、ますます勉強する気がなくなってきたな」


 私は、すかさずツッコんだ。


「いくら牧場を継ぐからって、最低限の勉強はやりなさいよ」


「やだよめんどくせー」


「もしかしたら、牧場経営をするようになってから、学生時代もっと勉強しとけばよかったーって後悔するときがくるかもしれないわよ」


「なんだよサカミ、先生みたいなこといいやがって」


「そりゃそうよ、私は教師になるために、大学受験するんだから」


 私は、自分の進路選択を、世治会メンバーに宣言した。


 以前の私は、世治会メンバーの具体的な進路選択に対して、劣等感を抱きがちだった。


 いまは違う。


 これまでの曖昧な人生と違って、どんな仕事に就きたいのか決まっているため、精神の活力が段違いだった。


 私は母校の教師になることで、立派な大人になれるはずだ。


 そう信じていた。いや信じるなんて中途半端な言葉じゃなくて、達成できるはずだ。


 柳先生のように、自分のペースで歩き続けることで。


「はー、やだやだ、ただでさえ口うるさいサカミが、先生レベルに口うるさくなるのかよ」


 シカコは両手で耳をふさいだ。往生際の悪いやつである。


 だがシカコの目と口元は、私に対する祝福であふれていた。どうやらシカコなりに、私の進路が具体的になったことを喜んでくれたようだ。


 真奈美ちゃんと彩音ちゃんも、私に対して小さな拍手を送ってくれた。二人ともありがとう、立派な先生になれるように、いまからがんばるわね。


 そうやっているうちに、本日の主役である幽霊の吉川さんが入場してきた。どうやら学校内であれば、霊体のまま移動できるようだ。


『ついに卒業式なんだけど! めっちゃ楽しみ!』


 吉川さんは、自分の霊体で、平成ギャルの格好をしていた。


 やっぱり柳先生の三十代の肉体を使っていないだけあって、ごく自然の平成ギャルの姿であった。


 それとは対照的に、柳先生はいつものスーツを着ていた。


「やっぱりいつものスーツが気楽でいいわね」


 わざわざ衣服について触れるあたり、平成ギャルのコスプレで渋谷に行ったことは、痛い記憶として残っているようだ。


 その痛い記憶を記したプリクラも、私たち世治会メンバー全員が持っていた。


 公になることはないだろうから、吉川さんが成仏したら、時間の流れで忘れられていくんだろう。


『柳っち、もうすぐうちの親と弟くるから、心の準備しときなよ』


 吉川さんは、意地悪な顔で、柳先生をあおった。


「そ、そうね。失礼のないようにしないと」


 なにを隠そう、柳先生は、吉川さんの弟さんを紹介してもらうのだ。結婚願望丸出しのアラフォー女性は、私たち女子校生組から見ると、怖いぐらい気迫があった。


 まぁ、バカにしちゃいけないんだけどね。私たちだって、いつかは同じ願望を抱くかもしれないし。


 噂をすればなんとやら、吉川さんの親御さんたちが、体育館にやってきた。


 ご両親と、弟さんである。血縁者だけあって、誰もが吉川さんと似たような顔をしていた。


 ご両親は、幽霊姿の吉川さんを見て、ほんの一瞬言葉を失った。


「幽霊でも、本当に楓の姿。たとえ幻覚であっても、信じたい」


 ご両親は、吉川さんを抱きしめた。いや、幽体だから触ることはできないんだけど、抱きしめる姿勢で愛情は伝わった。


 きっとご家族のなかでは、吉川さんの年齢は十八歳で停止しているんだろう。


 吉川さんも、体感時間が二十年前で停止しているから、ご家族の出席する卒業式が大きな意味を持っていた。


『この卒業式が終わったらお別れだけど、それでもちゃんと挨拶ができてよかった』


「それが一番大切なことだよ。楓は学校が好きだったもんね。卒業式、本当に楽しみにしてたから」


 なんだか私までしんみりしてきた。


 だが、いくら吉川さんと親しくなったからといって、まるで親族のような距離感で接するのも失礼だろう。


 あくまで卒業式を支える参列者として、吉川さんの旅立ちを見守ったほうがいい。


 警察官の弟さんも、姉である吉川さんの肩を叩いた。


「本当に姉さんだ。あのころとまるで姿が変わってない」


 弟さんは、がっちりした体型だ。


 おそらく警察署の柔道や剣道で鍛えているんだろう。たくましい男性なので、こういうタイプが好きな人は、ころっと落ちるのではないだろうか。


『あんたのことも調べてあるんだよ。学生時代から変わらず、競馬とゲームばっかり。ぜんぜん進歩がないね、もう立派なおじさんなのに』


「最近は競馬とゲームが合体して競走馬を擬人化した某ソシャゲもやってるぞ」


 あー、うん、その競走馬を擬人化した某ソシャゲ、名前だけなら私も知っている。ちょっとした社会現象だもんね。


 それぐらい流行しているゲームなら、柳先生はやりこんでいて当然だった。


「わ、わたしもやってるの、その某ソシャゲ」


 柳先生は、あれだけ見せたがらなかった、スマートフォンの画像フォルダを展開した。どうやら共通の話題である某ソシャゲのスクショだらけのようだ。


 普段見せたがらない画像フォルダを、わざわざ展開するなんて、柳先生は婚活にエネルギーを注ぎ込んでいた。


 がんばれ、柳先生。私たち女子校生組も、弟さんと親しくなれるように応援しているから。


 私たちの応援が後押しになったのかは定かではないが、弟さんは画像フォルダに興味津々だった。


「すごい、結構な人数を育ててるんですね」


 柳先生は、嬉しいのか、緊張しているのか、見分けがつかない表情で、ぐわーっと某ソシャゲの話題を引っ張った。


「そうなの。逃げの脚質が、すごく好きで……!」


 柳先生と弟さんは、某ソシャゲの話題で大いに盛り上がっていた。


 おや、もしかしてこの二人、とてもいい雰囲気では?


 ただの偶然ではなく、趣味と波長が一致していた。


 ひょっとしたら、この二人、本当に結婚までありえるんじゃ。


 誰もがそう思ったとき、柳先生の弱点が出た。


 人付き合いが苦手なせいで、弟さんと話すときの挙動がおかしいのだ。


 そのせいで、スマートフォンをポケットに戻そうとしたとき、例のプリクラを落としてしまった。


 プリクラのフレーム内には、柳先生の肉体を借りた吉川さんが、平成ギャルのコスプレをして、古臭いキメポーズで写っていた。


 だがこれは、深い事情を知らない弟さんが見れば、柳先生本人が平成ギャルのコスプレを自ら望んでやっているようにしかみえない。


 一般的な男性であれば、平成ギャルのコスプレをして、プリクラなんてレトロな写真を撮影するようなアラフォー女性は、地雷案件としてお断りになるだろう。


 私たち世治会のメンバーは、柳先生の不運に同情した。せめてこのプリクラが表に出てこなければ、結婚のチャンスがあったかもしれないのに。


 このミスは、柳先生も自覚していた。


「終わった、わたしの幸運もここまで……」


 だばーっと滝のように涙を流して、がくっと膝をついた。


 あまりにもかわいそうだった。せっかく婚活が成功するチャンスだったのに、たった一つのミスプレイですべてが台無しだ。


 だが弟さんは、プリクラを意外な方向性で認識していた。


「柳先生は、ギャルの格好が似合うんですね。えっちなビデオの女優さんみたいで、かわいいですよ」


 えっちなビデオの女優さんみたい?


 それは誉め言葉か?


 いや絶対に誉め言葉じゃない。


 私たちは悟った。なんでこれだけ好条件の弟さんが結婚できなかったのか。


 筋金入りの変わり者だから、女性との会話が成立しないのだ。


 だが、そんな私たちの感想を吹き飛ばすぐらい、柳先生の感性も雲の上に飛んでいた。


「か、かわいいだなんて、そんな、お世辞でもうれしい」


 どうやら柳先生は、普段容姿を褒められることがないせいで、えっちなビデオの女優さんと混同されても、むしろ喜んでしまったらしい。


 私たち外野の人間たちは、確信した。


 柳先生と弟さんは、出会うべくして出会ったのだ。


 こんな変わり者同士で、しかも相性がいいなんて、絶対にチャンスを逃してはいけない。


 吉川さんのご両親も、柳先生の腕をがしっとつかんで、満面の笑みを浮かべた。


「結婚式場の手配ならまかせて」


 柳先生も、まんざらじゃない様子で、微笑み返した。


「よろしくおねがいします、お義父さん、お義母さん」


 私は、小声で突っ込んだ。


「これから始まるのは結婚式じゃなくて、卒業式だってば。っていうか、吉川さんが成仏するための感動的な場面なのに、こんなギャグみたいな空気で本当にいいの?」


 他でもない吉川さんが、きゃるんっと古臭いキメポーズでいった。


『いいじゃん! 生きてる二人が幸せなら!』


 本人が喜んでいるなら、この雰囲気のまま幽霊の卒業式を始めてもいいのかもしれない。

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