第34話 強敵・都内の満員電車!
さっそく山手線のホームに出たのだが、恐ろしいぐらいに人口が密集していた。
「なにこれ……休日なのに、どうしてこんなに利用者がいるわけ」
私の考える満員のホームは、せいぜいピーク時の千葉駅ぐらいだ。しかし休日の山手線は、ピーク時の千葉駅を上回っていた。
さすが首都の駅だけある。まったくもって非人道的な密集率だ。
それだけの人数を運ぶだけあって、とてつもなく短いスパンで、電車が到着していた。
シカコが、目を白黒させながら、電車の到着を迎えた。
「電車って、こんな短い時間で、大量の人間を遠くへ運べるんだな……まるで人間が荷物みたいだぜ」
シカコのくせに妙に賢い着眼点だなぁ、と失礼な感想を抱いた。
でもちゃんと考えてみれば、シカコは牧場の跡継ぎなんだから、大量輸送は身近な話題だろう。
牧場を管理維持するためには、物資の搬入をしっかり計画しないといけないわけだし。
真奈美ちゃんは、怖がり以前の問題を嫌がっていた。
「常識外れに人が多すぎますぅ。これじゃあいくら度胸のある人だって、うんざりするんじゃないんですかぁ?」
そうよねぇ、怖がるとか度胸があるとかの問題じゃないわよねぇ。
なんていうか、人智を越えているのよ、人間の集まり方が。
もっと分散して暮らせばいいのにと思うんだけど、そんな小賢しい理屈を吹っ飛ばすほどに、東京は便利で魅力のある土地なんだろう。
彩音ちゃんは、珍しく脱力していた。
「ボクはさ、自分のペースで急ぐのは好きだけど、他人に急かされるのは嫌いなんだ……」
たしかに東京の大量輸送のイメージって、自分の足で歩くよりも、他人に歩かされるイメージがあるかも。
でも、あとちょっとで渋谷につくから、我慢しようね。
もうすぐ渋谷となれば、平成ギャルの吉川さんが興奮していた。
『ようやく渋谷にたどりつける! あたしの世代が憧れた、あの伝説の土地に!』
やっぱり吉川さんは、この世に未練を残した幽霊なんだな、と思うぐらいテンションが跳ね上がっていた。
肉体を貸している柳先生だけど、ちょっとだけ顔を出した。
「わたしってば、満員電車に乗りたくないから、都内勤務のありそうな仕事を避けたよのね。毎朝こんな調子じゃ、ストレスで太りそうだし」
そういう進路選択もありなんだ。いや、むしろあって当然だった。
よくある表現は、机の上の仕事をやりたくないから現場労働を選んだ人だ。うちの親戚にも、そういう人がいる。
私の場合は、きっと机の上の仕事をしたいから、良い大学に進みたいんだろう。
だってシカコみたいな牧場勤務も無理そうだし、彩音ちゃんみたいな工場勤務も無理そうだし。
そんなことを考えながら山手線に乗った。車内はぎっしり混んでいた。肩もぶつかるし足も満足に動かせない。
なんで土曜日なのに、こんなに暑苦しい思いをしなきゃいけないんだろうか。やっぱり東京はくるっている。
不幸中の幸いは、乗り換えに悩まなくていいことだ。渋谷までの経路は、凄まじく単純で、一つずつ短い間隔の駅を進むだけである。
だがある程度の駅を進んだとき、問題が一つ発生した。
私の三半規管だった。
「ご、ごめん、みんな。気持ち悪くなっちゃって……」
なんと電車の揺れで酔ってしまった。ぐわんぐわんと目の前が揺れて、吐き気がひどい。
修学旅行の観光バスや、牧場行きの路線バスでは酔わないのに、なんで電車で酔ったんだろうか。
自己分析は、すぐに完了した。
私は乗り換えを失敗したくない一心で神経質になっていて、そのせいで心身ともに疲弊してしまい、ついに電車の揺れに敗北したわけだ。
なんて情けないんだろうか、私。もっと強くなりたいな、誰にも迷惑をかけずに、ひとりで東京を旅できるぐらいに。
いやもう細かい理屈なんて後回しで、とにかく吐き気をなんとかしたい。あまりにも気持ち悪くなりすぎて、普通に立っていることすら難しくなってきた。
私の苦しむ様子を見て、世治会メンバーの意見が光の速さで一致した。
『次の駅で降りて、しばらく休む。渋谷は逃げないのだから、慌てることはない』
みんな本当にありがとう。いますぐ電車を降りて楽になりたい。
というわけで、私たちは品川駅で降りた。
私はホームのベンチに座って、乗り物酔いが収まるのを待つ。
ただ座っているだけで、ぐっと気分が楽になった。
だが自分の体調不良が原因で、冒険の足が止まってしまうと『あー、やってしまったなぁ、今日の私は、すごくかっこ悪いなぁ』と反省するばかりだった。
真奈美ちゃんが、ミネラルウォーターを買ってきてくれた。
「冷たい水を飲むと、気分が楽になりますよ。わたしも比較的乗り物酔いしやすいほうなので、対処法には詳しいんですぅ」
「ありがとう、真奈美ちゃん」
仲間に気遣ってもらえるのは、とても心強い。その反面、もうこれ以上足を引っ張りたくないなぁという思いも強くなる。
だがしかし、乗り物酔いのダメージは、そう簡単には消えないので、しばし仲間を頼ることにした。
乗り換えの失敗から得た教訓である。私は、ひとり相撲をやめて、仲間と一緒に冒険することにしたのだ。
今後の移動計画を相談するのは、シカコと彩音ちゃんという、スポーツ得意コンビだ。
「サカミはメンタルに疲労がたまってるから、しばらく電車に乗らないほうがいい。こういうときは気分をリラックスさせるほうが大事だから、いっそ渋谷駅まで歩いてもいいかもしれないな」
シカコは、牧場の跡継ぎだけあって、牛さんだけじゃなくて、人間(従業員)の健康管理も得意なんだろう。
もし従業員に無理をさせれば、労災が発生するだろうし、それと同じ感覚で、私は心配されているわけだ。
ありがとう、シカコ。いつもなら主導権を握られることを拒否しているんだけど、今日だけは任せたほうがよさそうだ。
彩音ちゃんは、スポーツ系少女の強みを活かして、グーグルマップで徒歩ルートを調べた。
「品川駅から渋谷駅までだけど、千葉県で例えるなら、千葉駅から新検見川駅ぐらいあるね。ボクやシカコくんなら歩きでも完走できる距離だけど、他のメンバーには無理だよ。せめて自転車がないと、それもクロスバイクみたいな乗りやすいやつ」
千葉駅から新検見川駅って、結構遠くない?
私も、徒歩ルートをネットで検索してみたら、徒歩で一時間、自転車で三十分ぐらいと表示された。
徒歩で一時間??
うーん、私や真奈美ちゃんにも無理だし、それ以上にアラフォーである柳先生の肉体が限界突破するでしょう。
なお長距離移動の解決方法を発見したのは、私と同じぐらい運動音痴の真奈美ちゃんだった。
「あそこに見える看板、もしかしてレンタルサイクルじゃないですかぁ? わたしも自転車乗れるようになったので、あれを使えばいいんじゃないかなーって」
その手があったか、とみんなで拍手喝采した。
さっそくスマートフォンで、品川駅近くにあるレンタルサイクルを調べた。
どうやら東京24区で展開しているらしく、品川駅の施設から自転車を借りて、渋谷駅の施設で返却という方法も可能らしい。
これなら帰り道は、私のメンタルも回復しているから、普通に電車を使えるだろう。
この解決方法に、もっとも食いついたのは、平成ギャルの吉川さんだった。
『あたしが生きてたころにはさ、レンタルサイクルなんて便利なサービスなかったから、めっちゃ使ってみたい!』
たしかに二十年前には、こんな便利なサービスはなさそうだ。だってレンタルするためには、ネットを介した電子的な手続きが必須だから。
なお契約成立のためには、身分証明をかねて、クレジットカードが必要らしい。おまけに全員が自転車を借りれば、結構な費用になる。
私たち生徒組は、大人である柳先生に期待のまなざしを送った。
柳先生は、カバンからお財布を取りだした。
「いいわよ、みんなの分を負担してあげる、大人の証である、クレジットカートで」
さっすが大人の女性、財力が違う!
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