第33話 東京駅構内を攻略せよ

 さっそく私たちは、駅員さんに教えてもらったルートで、移動することになった。


 同じホームに到着した電車に乗って、今度は東京駅を目指す。

 

 さきほどまで、あんなに不安だったのに、いまでは挑戦者の気持ちになっていた。


「なにが東京よ。ただちょっと建物と人が多いだけじゃない」


 急に元気になった私を、シカコがからかった。


「なんだよサカミ、突然強気になっちゃって。さっきまであんな不安そうだったのに」


 まぁたしかに、さっきまでの態度とは正反対すぎて、我ながらチグハグだ。


 しかし、自分自身の弱点を一つ克服できたと考えれば、不安に思うことが心の栄養素だったんだろう。


「心配かけたわね。でももう大丈夫、東京がナンボのもんじゃいよ」


 私が小さくガッツポーズすると、シカコもグイっと親指を立てた。


「そりゃ心強いぜ。なんせあたしの頭じゃ、こんな複雑な乗り換え、理解できないし」


「もしかしたら将来、シカコが東京行きの電車に、一人で乗らなきゃいけないときがくるかもしれないわよ?」


「そのときは、その場のノリでなんとかするよ。たかが電車だぜ? 乗り換えを間違えても、飢え死にするわけじゃないんだ」


 なんてメンタルの強さ。見習いたいところだけど、私には無理そうだ。


 というか、こういう思考回路が向いていない。


 私の場合は、丁寧に事前準備して、それでも失敗したら専門家を捕まえる、というスタイルがよさそうだ。


 これは従来の自分のスタイルに、柳先生のスタイルを組み合わせたものである。


 いうなれば、私も世治会のお世話になることで、アドリブの弱さを補強したわけだ。


 そんなことを考えているうちに、あっという間に東京駅に到着した。馬喰町駅からだと、ほんの数分であった。


 よーし、あとは山手線に乗り換えね。やってやろうじゃないの。


 私は、鼻息を荒くしながら先頭を歩いていくわけだが、すぐにトラブルが発生した。


 東京駅の内部構造が複雑すぎて、どういうルートを歩けば、山手線のホームにたどりつけるか、さっぱりわからないのだ。


「なによこれ、ゲームのダンジョンみたいじゃない」


 近くの案内看板を確認したが、現在地がどこなのか、いまいちわからなかった。


 いやー、失敗した。まさか電車の乗り換えルートだけじゃなくて、東京駅を移動するためのルートも事前に調べておかなきゃいけないなんて。


 なんでもパワーで解決しがちな彩音ちゃんが、迷路みたいな構内図を前にして、つーっと冷や汗を垂らした。


「おやおやおや、もしかして東京駅っていうのは、道に迷った人間の体力を奪う狙いがあるのかな?」


 怖がりの真奈美ちゃんが、彩音ちゃんの妄想に乗っかった。


「歴史の教科書で見たことがありますぅ。城攻めをしようとしたら、内部が複雑になっていて、侵入者は体力を奪われて、ふと気づいたら槍衾で突き刺されてしまうとか」


「槍で刺されるだって!? それじゃあ、この駅のどこかに、槍を持った刺客が潜んでいるのかい!?」


「やだー! 東京駅は怖いところですぅー!」


 ツッコミをいれたいところだけど、ツッコンだら負けな会話だった。


 よし、シカコ、私の代わりにツッコミを入れて。


「するってぇと、東京駅を使いこなしてるサラリーマンたちは、槍が飛びだしてくるポイントを把握した、優秀な武士ってことか」


 なんでツッコミを入れないで、さらに話を複雑にしたの。


 もうやってられないわ。ちょっと平成ギャルの吉川さん、平成レトロのノリでいいから、ツッコミを入れてちょうだい。


『ちょっと時代が進んだら、東京駅ってそんなヤバイところになってたんだ。チョベリバって感じ』


 なによチョベリバって? スマホで検索したら、90年代のギャルが使っていた死語で、超ベリーバッドの略らしい。


 なんで吉川さんはゼロ年代のギャルなのに、前の世代の死語を使うわけ? さては平成ギャルのなかでも変わり者だったでしょう。


 はいはい、こんな変人に適切なツッコミを期待した私がバカだったわ。


 残りのツッコミ要員は、柳先生だけだ。お願い柳先生、この流れに終止符を。


「東京駅の人数の多さだと、平成ギャルのコスプレをした三十代女性に対する視線の痛さに魂が壊れてしまいそう」


 かわいそうなことに、柳先生は羞恥心が原因で、メンタルが壊れそうになっていた。


 うーん、もうこの槍衾トークは放置しておこう。どうやら彼女たちは、遠足気分ですごく楽しいみたいだし。


 私がやるべきことは、さきほど得た教訓から、駅員さんに道をたずねることだ。


 しかし仕事が忙しいらしく、私たちの近くにはいなかった。


 誰か代わりに、道を教えてくれそうな人はいないだろうか。


 いた、掃除のおばさんだ。


 私は、掃除のおばさんに道をたずねた。


「お仕事中、失礼します。山手線の入り口って、どこにあるんですか?」


「ああ、それなら、あの案内看板に沿って歩けば到着するよ」


 掃除のおばさんは、天井にぶら下がっている看板を、ブラシでさした。


 だが看板は複数並んでいて、文字がびっしり書き込まれている。東京駅初心者の私には、理解が難しかった。


「あの案内看板は、どうやって読み解けばいいんですか?」


「ほら、看板のなかに、山手線って文字があって、その下に矢印があるだろ? あの矢印のとおり、ひたすら歩くんだよ」


 ヒントを残してから、掃除のおばさんは、通路の向こう側に消えていった。


「ありがとうございました」


 私は、掃除のおばさんの背中にお礼を言いつつ、迷路を読み解くヒントを噛みしめた。


 どうやら文字と矢印がポイントらしい。じっくり看板を観察してみると、たしかに山手線という文字と矢印が書いてあった。


 よし、コツはつかんだ。あとは実践するだけだ。


 私は、みんなに一声かけてから、旅行ツアーの添乗員みたいな足取りで出発した。


 いくら挑戦者の心があっても、また失敗したらどうしようという一抹の不安はある。


 だが道を間違えたら、その近くにいる専門家に聞けばいいやと開き直っているので、足は止まらなかった。


 私は気持ちを強くすると、ぐんぐん大股で進んでいく。


 東京の猥雑さなんて、気合一つで吹っ飛ばしてやる。千葉生まれ千葉育ちだって、創意工夫で東京を歩けるんだ。


 意気揚々と通路を歩いていけば、やや広めの空間に出た。矢印の方向だけでみれば、どうやらこのフロアのどこかに山手線の入り口があるらしい。


 さて、どこが入口かな、と私が迷っていたら、怖がりの真奈美ちゃんが気づいた。


「あちらの道ですぅ。山手線って文字が書いてありますねー」


 私はびっくりした。あの怖がりの真奈美ちゃんが、私より先に道案内するなんて。


「すごいじゃない、真奈美ちゃん。つい先日まで、一人で電車に乗ることすらできなかったのに」


 真奈美ちゃんは、照れ笑いした。


「人混みは今でも苦手ですけど、地図を読むのは得意なんですぅ」


 なるほどなぁ、地図を読めるなら、たとえ道が複雑であっても、案内標識がある場所には強くて当然か。


 ってことは、私はこの東京冒険において、もっと仲間を頼ってもいいのかもしれない。


 真奈美ちゃんだけじゃなくて、きっとシカコや彩音ちゃんにだって、街中を歩く際に役立つスキルがあるはずだ。


 さて、いよいよ山手線だ。私たちは、渋谷という平成ギャルの聖地に王手をかけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る