第28話 うそよ、幽霊なんて信じない、信じたくない

 柳先生が、ベッドの上にいる幽霊を指さして、沸騰したヤカンみたいな声を出した。


「あ、あそこに、いるぅううう……!?!?」


 そう、いる。


 幽霊が、いる。


 私は呼吸を乱しつつ、腰を抜かしそうになっていた。


 勉強の得意な優等生としては、幽霊なんて非科学的な存在を信じたくない。でも本物と遭遇してしまったなら、もはや信じるしかない。


 幽霊は実在していた。


 それを認めたなら、さっさと逃げよう。でも私たちの体勢は完全に崩れていた。


 真奈美ちゃんは失神寸前だし、彩音ちゃんは念仏を唱えていたし、柳先生は口から泡を吹いていた。


 真奈美ちゃんと柳先生が、幽霊に弱いことはよくわかる。


 だがまさか彩音ちゃんも弱いとは思わなかった。


 理屈としては正しいだろう。幽霊には、自動販売機を破壊するほどの馬鹿力が通用しないのだから。


 なんてのんきに分析している場合じゃない。


 だって相手は幽霊だ。


 呪われるかもしれないし、魂を吸い取られるかもしれない。


 まるで私の懸念が的中したかのように、幽霊はじわじわと輪郭を露わにして、女子生徒っぽい形になってきた。


 やがて顔の形も鮮明になってくると、すーっと地面を水平移動して、柳先生にすり寄ってきた。


 柳先生は、壊れたロボット犬みたいに震えると、シカコに助けを求めた。


「な、なんとかして、シカコさん!」


 シカコは、いたずら小僧みたいに、けらけら笑った。


「なんだよ柳ちゃん、教え子に頼るなよ」


「頼るわよ! だって先生、幽霊ダメだもん! ゲームは得意なのにホラーゲームだけできないもん! バイオハザ●ドシリーズですらクリアできないぐらい苦手!」


 柳先生は、よっぽどホラーがダメらしい。まぁ私も無理だけど。お化け屋敷とか絶対入りたくないし。


 ってわけだから、シカコ、早くなんとかして。あなただけなのよ、このメンバーでホラーが平気なのは。


 真奈美ちゃんは失神してしまったし、彩音ちゃんは念仏を唱えすぎて喉が枯れてしまった。


 シカコは、私たちを守るように前へ出ると、くわっと言い放った。


「きっと幽霊にも一発ギャグは通じるはずだ! よーく見ておけ、これがマヨネーズをかけたブロッコリーだ!」


 と言いながら、頭に白いマフラーを乗せた。


 はいはいそうね、シカコの髪型はブロッコリーみたいな形をしているから、そこに白いマフラーを乗せると、マヨネーズをかけたブロッコリーみたいになるわよね。


 って私に解説させないで! そもそも幽霊に一発ギャグなんて通じるはずないでしょう?


 ところがどっこい、幽霊はコテコテの関西人みたいにズッコケていた。どうやら一発ギャグが通じたどころか、ノリがいいらしい。


 もしかしたら、この幽霊、危険じゃないのかも。


 という推理は正しかったらしい、幽霊は柳先生に挨拶した。


『やっほー、柳っち、ひさしぶりだね。元気してた?』


 幽霊は、柳先生の名前を知っていた。それもあだ名っぽい呼び方をして。


 柳先生は、半信半疑ながら、幽霊の顔を見た。それでなにかに気づいた。


「あ…………あなた、まさか、吉川楓さん?」


『そうだよ、吉川楓。驚いたでしょ、柳っち? うらめしやー、なんつってー!』


 どうやら幽霊は、柳先生の古い知り合いらしい。


 私は、柳先生に詳細をたずねることにした。


「柳先生、知り合いの幽霊なんですか?」


「うん、高校時代の同級生で、人生における唯一の友達。でも卒業前に、ガンで亡くなってしまって……」


 どうやら柳先生と幽霊の間には、特別な事情がありそうだった。

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