53.余裕が削れて行けばいくほど、そのヒヤリとする感覚に浸りたくなる。
余裕が削れて行けばいくほど、そのヒヤリとする感覚に浸りたくなる。
後少し、余裕を見せ続ければどうなるのだろう?それを知りたくなってくる。
ピリ付いた感覚、背中に嫌な汗を感じるあの感覚、その一歩先を知りたくて、毎回その手前でやめてしまう自分が、時々嫌になってくる。
「さぁて、残り3枚」
懐から、モトに貰った呪符を全て取り出した。
オレンジ色の空の下、早朝の時間帯、二日酔いの酔い醒ましには十分すぎる程の一戦。
体中を煤だらけにしながらも、私は余裕な態度を崩さず立っていた。
「もうそれしか残ってないのかよ」
「いやぁ、貰った枚数を気にせず使ってたらこうなったんだ」
肩で息をするモトを、広場の対角上に見据えて、私は3枚の呪符の内の1枚を破り捨てる。
再び、左右の手に呪符を握ると、両手を広げて微かに念を込めた。
「この2枚、凌ぎきれば、負けを認めてやる。そっちはまだ、4枚か5枚だろう?」
引きつった笑みを浮かべてそう言うと、両手はボンヤリと黒い光を放った。
「狂ってる」
「元からさ」
「…クソ!」
パッと地面を蹴ったモト。
その進路は私を目掛けて一直線。
数歩分動いたのを見届けて、そっと右側に逸れると、彼は愚直に襲い掛かって来た。
「……!」
懐まで誘いこんで、襲い掛かって来たのは彼の右手。
真っ黒な光を纏った手が眼前を通り過ぎる。
右手に左手、もう一回右手…黒い光を纏った炎と、素手が交互に襲い掛かる。
「まだ"発散"させない気?」
最低限の動きで、右に左に、一歩後ろに下がって躱し続ける私。
その眼は、腕でも体でも無く、狐面の奥の彼の瞳に注がれていた。
「畜生!」
大ぶりになった右手を躱し、ほんの少し驚いた所で、彼の体が一気に寄ってくる。
あっと思ったときには、躱した時に力の抜けた右足が払われ、体が揺らめいていた。
「やばっ!」
そのまま、揺らいだ体が捕まれ、投げられ、ふわりと体が宙に浮く。
そのタイミングで、宙に浮いた一瞬で、目に見えた彼の右手は真っ黒な光に包まれた。
「けっ!」
強引に宙で体を捻って足蹴りを食らわせる。
適当に放った足は彼の右胸を貫き、よろめく彼をよそに、私の体は地面に転がった。
刹那。
墜ちた地面に黒い光。
即座に飛び上がると、"1枚目"をギリギリ躱しきって地面に立つ。
私のすぐ横を、炎が作り上げた、小さな竜巻の強風が通って行った。
揺らめく髪。
視界に、白菫色が煤けた様な髪が入ってくる。
「さぁて、あと3枚か4枚だ。私はあと2枚のまま」
間合いを取ってモトと対峙する私。
背中には嫌な汗が数滴流れているのだが、その感覚が心地よかった。
「さてさて、やれるものなら、"2枚"同時に流してみたらどう?その出力ならいけるさ」
肩で息を続ける彼に、煽りを入れる。
もっと煽ってやろうかと、なんならもう一枚、呪符を捨ててやろうかとも思ったが…
「やってやる」
モトは、煽られるがまま、2枚の呪符を左右の手に持ち念を流す。
真っ黒な光、今朝一番の"光量"を前に、頭に過った考えを諦めた。
足元に真っ黒なサークル。
頭上に真っ黒なサークル。
周囲を見ても、私達の周囲が、"モト"の周囲までもが、真っ黒なサークルで覆われている。
「おぉ……」
想像以上の光景に、思わず感嘆の溜息。
右手に持った呪符に"強め"の念をかけた。
刹那、周囲を覆ったサークルの"黒"が熟す。
大爆発。
上下左右からの爆風を、右手に込めた呪符の爆発で押し返す。
結果、出来たのは"普通の空間"。
ホッと胸を撫でおろした私の眼前、"もう2枚"の呪符を真っ黒に光らせて特攻してきたモトの姿が映り込んだ。
「は…?」
目で捉えても輪郭がブレる速さ。
押し返した爆風の黒煙を纏いながら、迫って来た狐面の奥。
思いっきり見開かれた藍色の瞳には、困惑した私の顔が映っていた。
「くっ…」
一瞬遅れて、残った左手の呪符に念を込める。
一瞬で左手を染めた黒い光。
だが、その光は"発散"しなかった。
左手に握られた呪符の光が、モトの放つ光に上書きされて消えていく。
不味いと思ったときには、私の意識は、一瞬で宇宙まで飛ばされた。
大爆発。
派手に吹き飛ばされ広場の隅に墜ちていく。
グシャ!と体中の骨が軋んで砕けて折れて、無様に転がって。
広場の柵にぶち当たってようやく静寂に包まれた。
「ハ…ハーッハッハッハハ…フフフフ…ハハ…アハハハハハ…アッハハハハハハハ!!」
ごろっと体を仰向けにして、黒煙が晴れた後、オレンジ色の空を見て高笑い。
「ハハハハハハハハハハ!!!!!!アーッハッハハハハハハハ!負けた!負けたよ!」
笑いつつ、むくっと体を起こし周囲を見回すと、爆心地で気絶しているモトの姿が見えた。
「やれやれ、折角の瞬間だってのに!世話の焼ける奴だこと!」
懐から"自分の"呪符を取り出して体に貼り付け、傷を癒すと、立ち上がって彼の傍に駆け寄って行く。
「起きろー」
そう言って、顔をぺちぺち叩くと、モトは気だるげな声をあげて目を覚ました。
「やられたよ。囲われて、モトも中に居たの見てさ、馬鹿じゃねぇのって思ったのに」
「あぁ…応用効いてたろ?」
「それはもう!久しぶりにヒヤっと来た…ま、自爆特攻で気絶したのは減点さね」
「素直じゃない奴」
「まだまだ鍛錬あるのみってことだよ」
そう言いつつ、モトに肩を貸して立ち上がらせる。
昨日とは逆の立場…なはずだ。
「さて…ここまで来たんだし、一旦"現実"に戻るか」
「そうしよう。手ぶらじゃ駄目そうだし」
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