旅立ち・6

ふと翼の歩みがゆっくりとなった。

それまで繋いでいた七海の手を放し、スタスタと先に進んだと思うとぐるりと辺りを見回して、さらに左側に足を運ぶ。

「ここってさー、いつもこう・・なのか?」

「え?」

いつも、こう・・?だっけ?

七海は投げかけられた言葉の意味を反芻するために、翼を追おうとしていた足を止めた。


きれいな景色。

カラフルな景色。

緑がいっぱい。

風が気持ちいい。

光がある──光が───ひかり、が────光だけ。

光景だけ。

風景だけ。

すぐ近くにあるはずの海には全然近付かない。


「あー。悪い、悪い。言い方が悪かった」

なぜか慌てたように翼が七海に向かって、大きくバツを描くように両手を振る。

七海が落ち込むのと同時に何故か陰った世界・・が、その言葉でまた蛍光灯が明るくなるように光り出す。

「質問が悪い。こう……草っ原だけじゃなくてさ、海とか湖とか遊園地とかえーとえーと……どっか行きたいとことか、ない?」

「行きたい……ところ?」

七海はキョトンとした。

ここ・・は七海の知っている『お祖母ちゃんとお祖父ちゃんの家の近くにある海の近く』のはずで、とても穏やかで輝いて、とっても幸せな『場所』である。

ここ・・以外の、どこかっていうこと?」

「そーそー。ほら、誰か好きな人とどっか行きたいとかさぁ。遊びたい!とか…なんか希望とか、ない?」

「え…そ、そんな……」

翼に『好きな人』と突然言われて、七海は頬が熱くなるのを感じた。

それは頬だけでなく首にも顎にも額にも広がり、視界がにじむ。

「いきたい…ところ……すきなひと、と……?」

いきたいところ。

そんなの、いっぱいある。

いっぱいあるのに、七海にはそのどれかということが思い出せない。

思い出せないのが、気持ち悪い。

「どこって……どこに、いけばいいの?」

「どこでも…いいけど……あー……」

グスッと鼻をすすり上げると、ついに七海の目から大粒の涙がこぼれ、ツンとした痛みがこめかみと鼻の奥に広がった。

翼は急いで七海の方へ戻ってきて、なぜかは分からないけれどぎゅっと抱き締めてくれる。

同い歳か少し上ぐらい男の子なのに、まるでお父さんみたいに安心する──お父さんじゃないけど──お父さんとは、違うんだけど──



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ようこそブレイン・トラベラーへ…楽しい脳内旅行をどうぞお楽しみください 行枝ローザ @ikue-roza

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