エピローグ
高木がイエダに定住してしばらく経った。
それでも着実にオンライン魔術は広がり、知識は共有され勉強する者も増えてきた。娯楽の手段が伝わるのも早く、あっという間にルーヴェンハイトは賑やかになっていった。これに一番喜んだのはイリヤで、高木にもよく会いに行っているらしい。
そんな中、未だにシリアスな雰囲気を漂わせる者がいた。
「ノア様もマルミューラドさんも元気ないですね。どうしたんですか?」
「お前ら自分達が一件落着したからって薄情だぞ。アイリスはまだみつかってねえの」
「あ」
高木の騒動ですっかり忘れていたが、当初の目的にあったアイリス皇女捜索と打倒ヴァーレンハイトはまだ成されていない。
(そうだった。マリアさんがアイリス皇女か確認できてないや)
あれ以来、マリアの姿は全く見なくなっていた。
探すタイミングを逃していたというのもあるが、ちらりと見かけるようなこともない。
(城以外じゃ最初に会ったあの小屋しか心当たりないし。とりあえず行ってみよう)
ノアとマルミューラドは知らないということは隠しているのだろう。
ならばまずは自分一人で、と思いなつのはこそっと部屋を抜け出した。
小屋へ向かうと、やはり誰もいなかった。それどころかまるで引越しをするかのように綺麗に片付けられている。
「まさかもう……」
やはりどこかへ行ってしまったのだろうかと慌てて周辺を走り回る。
その時、ちらりと金の髪が揺れるのが見えた。
「マリアさん!」
「あら。見つかっちゃったわ」
マリアは少しだけ困ったような顔をして、くすっと笑った。
「……アイリス皇女、ですよね」
「ええ、そうよ」
「え!?」
「聞いといて何驚いてるのよ」
「だ、だって……」
「バレちゃったし、潮時ね」
マリアはくるりと指先を回した。それは楪が魔術を使う時の姿を思い出させる。
しかし発生したのは瞬間移動では無かった。
髪がすうっと赤く染まり、瞳が満月のように黄金に輝き始めたのだ。
「やっぱりあの時助けてくれたんですね」
「さすがに見殺しにはできないわよ。けどバレた以上、ここにはいられないわ」
「待って!」
マリア――アイリスはまた指をくるりと回した。
するとアイリスはふわりと浮かびあがる。
「あなたはここで暮らしなさい。ヴァーレンハイトの内乱には関係無いんだから」
「内乱? どういうこと?」
「それは――……あら。またお客様だわ」
「え?」
がさがさと茂みをかき分け現れたのは篠宮だ。
「向坂。お前何して――うわ!」
篠宮はじっとアイリスを見た。
「……アイリス、か?」
「マリアさんです。マリアさんがアイリスだったの」
「は?」
篠宮は驚きはしたが、とっさになつのを背に庇ってくれた。高木との一件があって以来過保護になっている。
アイリスはくすっと笑い、ふわりともう一段高く飛び上がる。
「カナメ。この世界の全てから顔を背けなさい。ナツノを守りたいなら関わっては駄目」
「お、おい」
「マルミューラドには気を付けて。彼はあなた達の味方にならないわ」
「アイリス! 待って!」
「危険が及ぶ時はイリヤに付きなさい。彼は何よりも国民の命を優先する」
「待ってってば! 何の話なの! ノア様はずっとあなたを探してるのよ!」
ノア、と聞くとアイリスは少しだけ目を伏せた。
けれどすぐに毅然と目を上げ微笑んだ。
「ノアには秘密にしてね。それじゃ」
「待ってよ! 待って!」
アイリスはくるりと指を回すと、そのままどこかへ飛んで行ってしまった。
楪のように瞬間移動はしなかったのでなつのと篠宮は追いかけたが、高度と速度には付いていけずあっという間に見失ってしまう。
「な、なんだ。どういうことだ」
「分からないです……どうしよう……」
やっぱりノアとマルミューラドを連れて来るべきだった。だがそんなことを後悔してももう遅い。
二人で戸惑っていると、騒ぎを聞きつけたのかノアとマルミューラドが連れ立って現れた。
「何騒いでんだよ」
「あ、えっと」
どうしようと慌てると、すっと篠宮がなつのを背に庇う。
「実は城を出て二人で暮らそうと思ってるんだ。その場所探し」
「は!?」
「何だよ。いいって言ってたじゃないか」
「い、言いましたけど」
(すっかり忘れてた。そうだ。そんな話した)
ぶわっと顔に熱が集まりあわあわとしていると、マルミューラドがにやにやと笑っている。
「……何よ」
「いや別に。けど手は貸せよ。アイリス様だけは何としても見つけないと」
「あ……」
「ああ。約束だしな」
(アイリスのこと言わなくていいのかな)
迷っていると、篠宮がこそっと耳打ちをしてくる。
「アイリスの一件はノアの問題だ。俺らにできるのは手伝いだけで自分の生活が先だ」
「……はい」
「よし。じゃあ約束通り」
「きゃあ!」
篠宮はがばっとなつのを抱き上げた。
「一緒に暮らそう」
今はアイリスのことを知られてはいけない。
これは話題を逸らすためなのだろう。本当にそれだけなのかもしれない。
けれど、力強く抱きしめてくれる手は温かい。
「ここは俺達の世界じゃない。危険なこともあるけど一緒にやってけば大丈夫だ」
「……はい」
こんな高く抱き上げられたのは生まれて初めてだった。
見える景色は地球では見たことのない場所で不安はあるけれど、しかしとても美しかった。
スマホで始める異世界譚ー科学で魔法に革命をー 蒼衣ユイ @sahen
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