第三十二話 IT魔法

 高木が何か叫んで追いかけて来たけれど、年若い篠宮となつのの方が移動速度は速かった。

 ビル内はまだ楪の対応に追われ慌ただしいおかげもあり、移動はスムーズだった。

 だがそれも途中までだった。


「開かない!」

「な、何で!? 私ここ通りましたよ!」

「俺もだ。もしかしてセキュリティかかってるのか?」


 ドアを見ると、扉を囲むように魔法陣のようなものが描かれていた。

 開けようとすると淡く光り開閉を阻まれた。


「こんな魔法あるんですか?」

「高木さんならプログラム組んで魔法にするさ。魔法陣の無い扉を探すぞ」

「はい!」


 走り回ると、ほとんどの扉に魔法陣が描かれていた。それはどれも開けることができない。


「まずいな。これじゃ袋の鼠だ」

「でもどっかで外に出れるはずですよ」

「本当に外へ出れる扉はきっと関係者しか解錠できないはずだ。セキュリティだからな」

「それは地球のセキュリティシステム作れないと無理じゃないですか? まずはプログラムにしなきゃいけないんですし」

「あの人ならそれくらいやるさ。高木さんはセキュリティ機器製造企業に勤めてたからな」

「え」

「高木さんが本気で数十年手がけたビルならセキュリティは地球と同等に思った方が良い」

「うわ……」

「どうするかな」


 篠宮は苦しそうな顔をした。

 再会を喜んだのに、殺そうとするほどの怒りと恨みを向けられたのだから当然だ。


(けどこのセキュリティ魔法には穴がある。そんなことに気付かないくらい焦ってるんだ……)


 なつのは高木をあまり知らない。篠宮が高木への経緯の念で考えが曇るようなことはない。


「扉を開けます」

「無理だ。どういうプログラムか俺でも分からない」

「別に分かる必要なんてないですよ。さっきの小刀貸して下さい」

「こんなのじゃ扉は壊せないぞ」

「はい。だから扉じゃないところを壊します」


 扉も壁も頑丈だ。体当たりでどうにかできるものではない。

 けれど刃物で消せる物もある。

 なつのは小刀を魔法陣のうえに乗せ、思い切り壁を削った。

 すると魔法陣の光はあっさりと消え、がちゃりと扉は開いた。


「あ、そ、そうか。魔法陣自体を消せば」

「プログラムは一か所でもエラーがあれば崩れます。デバッグって大切ですよね」

「……そうだな。そうだった」

「外へ出る扉探しましょう。片っ端から魔法陣切って回れば追手も混乱します」

「そうだな。行こう」


 篠宮は先行し魔法陣を切りつつ、行先を探しながら進んだ。

 いくつか部屋を回った時、妙な部屋に辿り着いた。

 部屋中に黒い石碑のような物が立ち並び、その全てに魔法陣が細かく刻まれている。


「何ですかこれ」

「……メインコンピューターだ」

「え?」

「あそこ」


 篠宮は立ち並ぶ石碑の向こう側を指差した。

 全ての石碑の中央らへんに頑丈そうなテーブルと固定されたパソコンがあった。


「もしかしてこの建物全部を管理してる?」

「多分そうだろう。部屋中魔法陣だ」

「え、あ」


 言われて天井や床を見ると、びっしりと魔法陣が刻まれていた。その途中を地球でよく使われるケーブルが繋いでいる。


「科学と魔法を強制的に繋いでますね」

「ケーブルも魔法が込められてるだろう。全部に魔法陣がある」

「嘘」


 ケーブルにも模様や数字がびっしりと描かれている。

 途中にぐるぐると布が巻き付けられている個所があるが、それも魔法陣が描いてある。

 篠宮は起動しているパソコンのモニターをじっと睨んでキーボードをかちゃかちゃと叩き始めた。


「魔法に魔法を重ねてるんだな。全部リモートで繋がってやがる」

「ひえ……」


 篠宮もなつのも、結局翻訳アプリや着火以上のことはできないでいた。

 スマホで可能な日常魔法は思いのほか少なく、娯楽の発展にはなっても生活向上や環境整備はとても手が出ない。

 魔術の調査も進展がないというのに、ここの設備はその理想を全て実現している。


「……高木さんて凄くないです?」

「凄いに決まってんだろ。うちのアプリのベースはほとんどあの人が作ったんだぞ」

「え、そうなんですか。それがなんで左遷なんですか」

「左遷じゃない。抜擢だ」

「でもバックオフィスって事務ですよね。エンジニアが事務なんて実質左遷ですよ」

「お前バックオフィスを何だと思ってんだ。会社の土台だぞ」


 篠宮は呆れたようにため息を吐いた。

 なつのはバックオフィスを意識したことなど、はっきり言ってない。部署内で話題に上がることもない。

 あるとすれば「売上背負わなくて良いから楽な部署だよね」という悪口だ。


「バックオフィスってのは管理部門だ。経営や経営推進を担う。彼らが企業の土台を固めてるから俺達は売上のために動ける。バックオフィスがなけりゃ俺達もない」

「ああ……そう、なんですね……?」

「それにイリヤも言ってたろ。開発者は替えがきく。けど企業力を向上させられる人間は多くない」

「はあ。それが抜擢ですか?」

「そうだ。インフラもバックエンドもフロントエンドも、全てを理解し形にできる人なんてそうはいない。しかも管理職も務めて現場からの指示もある。その実績を会社に浸透させ企業力を向上させるための抜擢なんだ」

「でもやっぱり左遷に見えますよ。皆そう思ってたし、高木さん自身もそう思ってるじゃないですか。実際、篠宮さんの活躍の方が目立ってるし」

「それも高木さんのお膳立てがあっての話だ。新卒でリリースした三本も、高木さんが作ってた土台を引き継がせてくれただけなんだ」

「そ、そうなんですか」

「そうだよ。新卒の活躍は高木さんが譲ってくれたからこそなんだ。それがあの人の若手育成で、実際みんなやる気を出す」

「……聞くだけでも凄いんですけど」

「そうだよ。けどそれが否定され始めた。何でだと思う」

「えーっと……」


 なつのが入社して以来、変わった事といえば突如退職が続いたことくらいだ。

 特に高木を含めたミドル層とシニア層に多く、彼等に連なるメンバーも多く退職した。

 だがその理由等考えたこともない。なつのはうーんと思考を巡らせたが、やはり思いつかない。


「経営層が変わったんだ。去年社長が変わってエンジニア優位の方針が一転した。管理部門を厚くすることに注力し始めたんだ」

「そうなんですか? でもエンジニア優位ですよ、やっぱり」

「そうだ。経営層の思惑通りには進まなかった。その原因が高木さんの退職」

「え?」

「管理部門は何もエンジニアを見下したわけじゃない。管理部門にもエンジニアを入れて会社の平均ステータスを向上させたかったんだ。高木さんならそれをやってくれる。会社の次世代を作るのは高木さんしかいない。だから抜擢なんだ」

「ふえ~……」

「高木さんが行くなら自分も、と管理部門への異動を希望するエンジニアも多かった。けどそれは聞き入れられなくて、あれこれもめた結果高木さんのチームはごっそりいなくなったんだ」

「チーム……」


 高木にも高木のチームにも知り合いなどいない。

 ディレクターの仕事に精一杯ななつのは関わろうと思ったことすらあまりない。

 それでも社内でエンジニアについて語る時、名前が上がるのは特定の数名だった。それが全て高木チームで、篠宮チームがようやく追いつき始めた――という話は覚えがあった。

 それを思い出して、なつのは漸く気が付いた。


「あ! さっきの矢田さんじゃないです!? 高木さんのチームだった矢田さん!」

「……そうだ。そうだ! やっぱり年月が経ってるんだ」

「もしかして高木さんのチーム全員が集まってるんじゃないですか? 一斉に辞めましたよね」

「そうとは限らないが、あり得るかもな」


 篠宮はくそ、と悪態を吐いて唇を噛んでいた。

 それでもキーボードを叩き続ける手は止まっていない。


「何のプログラムか分かりました?」

「そっちがインフラ管理用でこっちは……分からないな。けどこっちはアプリ系だ。独立してる」

「オフラインアプリ?」

「オンラインもある。Wi-Fiを魔法で作ってるんだ」

「まじすか」

「凄いな。どうなってんだ」


 オンラインと聞いてなつのはふと疑問を持った。

 オンラインといえば一つの情報を離れた場所へ拡散できるということだ。


「……それって、もし奇形を作るアプリがあればあちこちで奇形が出てきません?」

「そうなるな」

「地球へ帰るアプリも、ここからタップすれば一斉にってこともりますよね」

「なるだろうな」


 篠宮もなつのも声を失った。

 自然現象を引き起こすだけの魔法は対策が取れるだろう。けれど絶対的にどうにもならないと思われるのが楪の魔術だ。

 世界間移動をするのは魔術だ。

 そして高木のアプリはそれを実行した。 


「てことは、ここのパソコンが全部楪様みたいなもんじゃないです……?」

「……そうなるな」

「え、あの、やばくないです?」


 篠宮は何も答えなかった。ただ悲しそうな、悔しそうな顔をしている。


(矢田さんはきっともう死んでる。尊敬してた人が殺人をしたなんて、悔しいどころじゃないよね。それも篠宮さんへの当てつけみたいに)


 篠宮の手は止まっていた。

 高木の作り上げた魔術に等しいプログラムを前に、何もできなくなっていた。


(でも同情でこれを許すことはできない)


 なつのはぐっと拳を握りしめた。


「壊しましょう。これ全部」

「……どうやって」

「魔法陣を削ります。魔法陣がなければ魔法も魔術も使えません」

「そんなのプリントアウトすればいいだけだ。ここに大元のデータがある」

「だからパソコンごとです。全部。再構築するとしても時間はかかるはずです」

「バックアップくらいあるだろ」

「パソコン全部壊せば時間は稼げます。その間に楪様にどうにかしてもらう」

「……だが……」


 篠宮の顔は「嫌だ」と言っていた。

 高木への想いはそれほど強いのだろう。

 けれど、なつのは高木に想い入れはない。


「篠宮さんができないなら私がやります」


 びくりと篠宮は震えた。

 いつも真っ直ぐ見つめてくれていたのに、今はなつのを見てはくれない。


「篠宮さんは楪様のところへ戻って下さい。私は壊してから戻ります」

「できるか! 何されるか分からないのに!」

「じゃあ壊して!!」

「っ!」

「私は壊します。高木さんと篠宮さんの想いを踏みにじることになっても!」


 篠宮は震えていた。

 その手が破壊のために動いてくれるかは分からない。動いてくれるかもしれない。

 けれどそれを待つ事なく、なつのは小刀を奪ってパソコンへ向けて振り下ろした。

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