第十二話 ルイ【前編】

 異世界ルーヴェンハイトは地球と大差ない、ただし文明は低い――というのがなつのの感想だ。

 それだけにイエダの皇太子ルイが登場した姿は衝撃だった。

 身を引き裂かれるような静電気と共に瞬間移動で現れる様はまさに『魔法』だった。

 だがその振る舞いは悲しくなるくらいに普通だった。


「「いえー!」」


 場所を朝倉の居酒屋へ移すと、それはまるで仕事を終えて一杯やっているかのような風景だった。

 ノアとルイは元気良く乾杯をした。マリアは壁際に立ちつんっとしている。


「これ新作? 何?」

「焼酎。日本人が作ってんだよ。こっちが米でこっちが芋」

「んー、俺やっぱビールだな」

「まずビールな。枝豆いる?」

「いる」


(この世界の偉い人ってみんなこういう感じなのかな)


 ノアと会ったのもここで酒を浴びてる時だった。

 登場した時は威厳があったのに、ルイもすっかり酒をがぶがぶ飲んでいる。

 その姿にはがっかりしたが、篠宮はじいっと観察するようにルイを見つめていた。


「どうしたんですか?」

「日本語カタコトだなと思って。ロシア語も訛りがあるのか?」

「ああ、どうなんでしょうね」

「それに焼酎とビールって地球だろ。誰が作ったんだ?」

「日本人だよ。うちは日本人多いんだ」

「え?」


 ルイが急にこちらへ顔を向けてにっこりと微笑んだ。

 真面目な話が聞けそうな言葉だが、酒をぐびぐびと飲み干しおかわりを要求している。

 信用して良いかいけないか迷ってしまう。


「うちってイエダですか?」

「ああ。こっちに来た地球人のほとんどは海とか山とか、生きるのが難しいとこに出る。俺はそれ保護してんだよ」

「あ、そっか。ルーヴェンハイトに来るとは限らないんだ」

「シウテクトリに出た奴は悲惨だよ。けど親切心で助けるにはリスク高くてな~」

「悲惨って、何でですか」

「実験台か奴隷の二択だからだよ。まともな生活は送れない」

「……は?」


 びくりとなつのは震えた。

 実験台が何をするかは分からないが、奴隷と並列になるならまず正常ではないことが分かる。


「それ何させられるんだ」

「鰐見たろ? 奇形実験を人間でもやるんだよ」

「え、な、なんで、なんのために?」

「面白いから」

「は……?」

「奇形になったらどうなるんだ」

「死ぬ。魔力珠求めて海渡ろうとするけど飲まず食わずで泳ぎ続けることはできないだろ」


 ルイは枝豆を加えながら語った。何でもないことのように平然としている。


「奴隷ってのは何です」

「奴隷だよ。農業とか漁業とか、生活に必要なもの作らせる。で、頭張ってる連中が徴収する」

「……何時代だよ」

「土地も物資も有限だ。それなのに人は増える。なら殺すか労働力にするしかな」

「ふざけないでっ!!」

「向坂」

「何よそれ! 何よ、何よ! 同じ人間じゃない!」

「俺に言うなよ」

「何それ……何それっ……!」

「向坂。落ち着け」


 なつのはぎりぎりと拳を握りしめ震えた。

 奇形動物は恐ろしかった。殺されるかもしれないと思うと、平和な日本が恋しくなった。

 けれどそれとは話が違う。異世界で地球人が地球人を殺すなんて、そんなのは異世界特有のことではなく単なる殺人だ。


「トップはどういう人なんです」

「又聞きでしか知らないが、やたら頭の良い奴ららしい。なんちゃらエンジニアってのがいっぱいいる」

「エンジニア、ですか……」

「連中は地球の道具も魔法道具も何でも作る。下手に手を出せないんだ」


 エンジニアと聞いて篠宮も拳を握りしめた。

 篠宮も同じエンジニアだ。そしてなつの達は魔法アプリを作り、今も開発を進めている。それはまるで同じだ。

 ちらりと篠宮を見ると、ぐっと唇を噛んで毅然とルイに向き直った。

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