第五話 モンスター【後編】
動物はいないと聞いていた。
だがどう見ても人間とは違う生き物だ。しかし動物と呼んでいいのかは迷う。それくらいその生き物は化け物じみていた。
生き物はなつのたちを見つけると、短い手足をばたつかせ凄まじスピードで向かってきた。
「諒さん立って! 早く!」
「くっ……」
なんとか立たせようとしたが、月城の足は到底走れそうにない。
かといってここに放置して逃げるわけにもいかない。
どうしたら、どうしたら――けれどそれ以上迷う時間は与えてくれなかった。
化け物は床に流れている月城の血をぺちゃぺちゃ舐めていた。しかしまるで血が足りないとでもいうかのように大きな口を開いて飛び掛かってきた。
「きゃああああ!」
死ぬ。
その二文字が浮かんだけれど、なつのの身体には痛みも何も襲ってこなかった。
けれど代わりに、押し寄せるように熱気が襲ってきた。
「あっつ!」
なつのは慌てて顔を上げると、あたりには火が蠢いていた。
石畳の上には木も神も、燃やせるような物は何も落ちていない。
けれど火はごうごうと音を立て、まるでなつの達を獣から守るように蠢いている。
(どこからこんな火が……焚火の比じゃない……)
火を起こすのは一苦労だ。大量の魔力珠で何とか焚火が保てるだけだったのに、一瞬でこれだけの火を生み出すのは無理だ。
何が起こったのか分からずにいると、突如背後から少女が躍り出た。
炎が流れたような赤く長い髪は直感的に火の魔法を使うであろうことを想像させた。
そしてその想像通り、少女が手をかざすと火はさらに燃え上がる。
(魔法だ。でもどうして? 魔法はないんじゃ……)
火の壁を作った少女はくるりと振り向いた。
その瞳は太陽の光を反射する月のごとく、黄金に光り輝いている。
女神という言葉はこの少女のために作られたのではと思うほどに神々しくも美しい。
「……誰?」
「急いで城へ。私の火は長くは持たない」
「は――後ろ!」
安心し油断した隙を狙ったかのように、化け物は火を飛び越えてきた。
少女は火を巻き起こし難を逃れたが、服を食いちぎられてしまった。
怪我は無いようだったけれど、あるようにも見えた。その背には大きな火傷痕があったからだ。
(え? この火傷痕って……)
少女はしまったというような顔をして、誤魔化すようになつのへ背を向けた。
「さあ、早く城へ」
「じゃああなたも」
「私はここで食い止めるわ。早く手当してあげなさい」
「あ、は、はいっ」
言われてようやく月城が怪我をしていることを思い出した。
この少女には聞きたいことがあるけれど、とにかく今は城へ戻ることを優先した。
月城を引きずるようにしてなんとか城へ戻ると、ばたばたと大勢が駆け寄ってきた。
「向坂! 無事か!」
「篠宮さん!」
「怪我は」
「私は平気です。でも諒さんが」
「来い」
篠宮は月城を軽々抱きかかえると、メイドに案内された部屋に寝かせた。
「律。ここは医者いるのか?」
「聞いてきます!」
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