第五話 モンスター【前編】
なつのは朝早くから市場にやって来ていた。目的は食材と調味料の調達だ。
城では家事全般をメイドがやってくれるが、唯一自分たちでやらなければならないのが料理だった。
この世界には「美味しい料理を作る」という考えが存在しない。お湯で煮る以外の調理をしないので、しかも野菜も果物も味も固さも関係無く一気にお湯に放り込むので美味しくない。
しかし料理の概念が無いメイド達は何を作って良いのか分からなかった。
最初の頃は彼女たちも努力してくれていたらしいが、これなら自分たちで作った方が良いだろうといことになったそうだ。
そんなわけで、なつのもそれに倣い食材を探している。野菜と果物はそれなりに揃うようだった。
どうやら元農家や料理人をしていた地球人がいたようで、彼等を中心に地球に似た食生活が広まっているらしい。
地球のように見目美しく味が洗練された物とはいかないが、それが文化だとして皆受け入れている。
色々買って城に戻ると、数名のメイドがキッチンをばたばたとで切りしていた。
「何かあったんですか?」
「新しい果物が採れたから配布するのよ。一人三つまで」
「へー」
城では農業を推進している。給付金も無限に出せるわけではないらしいので、ならば農業ができる地球人を城職員にして世に広めてもらおうということらしい。
お金と手をかけているだけあって、城配給の野菜と果物は市場で手に入る家庭菜園よりも圧倒的に美味だという。
なつのもわくわくして籠を覗き込むと、なつのは思わずうわあと声を上げた。
それは表面がラメを振り掛けたように輝いていた。黄色と紫のグラデーションが美しく、まさになつのが夢見る魔法植物だった。
「綺麗! 何これ!」
「リナリアよ。柔らかくてすっごく甘いの。食べてみる?」
「食べたい!」
「ちょっと待ってね。剥き方にコツがあるの。柔らかすぎてね」
メイドが一つ手に取ると、ふよんとわずかばかり凹んだ。よく見れば籠に詰められた物もふるふると揺れている。
一つ手に取ると見た通りふよふよで、包丁を通したら割れてしまいそうな気さえする。
けれどメイドは慣れた手つきでするすると皮を剥いていく。
カットされた果肉もきらきらと煌めいていて、ぱくりと口にいれると一瞬でとろりと消えていった。飴のように甘くて、まるでスイーツだ。
「美味しい! これって市場でも売ってるんですか!?」
「ううん。まだ城の果樹園だけ。育てるのが難しいんですって」
「へえ。えー、美味しいし綺麗で最高。こういうの大好き」
「なら果樹園に行ってみたら? 他にも綺麗な実がいっぱいあるわよ」
「行きます! どこですか!」
「正面扉出て右よ。白い門を入ってね。黒い門は」
「行って来まーす!」
「あら」
なつのは説明もそこそこに、リナリアを握ったまま果樹園へ向かった。
リナリアがたくさん連なっているならそれだけで壮観だろう。
わくわくして向かったが――
「あれ? ここどこ?」
城は広い。地球と違い景色はどこを見ても代わり映えしないのであっさりと迷子になった。
「……もしや黒い門通ったのかな」
気がせいていたので見えて来た門に飛び込んだが、そういえば黒だったような気がしてきた。
仕方ないと来た道を戻ろうとしたが、向かおうとしていた先に幾つもの石が見えてきた。
興味本位で近付くと、石には何も書いていない。ただ並んでいるだけだ。
「なんだろここ」
「お墓よ」
「え?」
ぽつりとこぼした言葉に返答をくれたのは黒服の女だった。
顔立ちからするに日本人で、ならばこれは喪服なのだろう。
女は石の前に膝を付き合掌した。
「お知り合いですか?」
「……違うわ。私が殺した人よ」
「えっ」
「ここに埋葬されてるのは私に殺された地球人。名前も知らない人ばかりよ」
「え、っと……」
「死にたくなければ私に近付かないことね」
それだけ言うと、女は悲愴な面持ちで去って行った。
言われた内容が衝撃的すぎて動けずにいると、広場の方からたくさんの悲鳴が聞こえてきた。
「何!?」
慌てて広場へ向かうと、中央の舞台で月城が倒れていた。
しかし他の人々はそれに振り向きもせずわあわあと叫びながら広場を出ようとしている。
何が起きているか分からなかったが、とにかく助けなければと月城へ駆け寄った。
「諒さん! どうしたの!?」
「な、なつのちゃん……」
月城は太ももから血が流れていた。
まるで何かに噛みつかれたようだった。
「し、止血! どうやるんだっけ。縛ればいいんだっけ」
「それより、逃げないと……はやく城に……!」
「その前に手当しないと!」
「駄目だ……どんどん来る……!」
「来る?」
月城が弱々しく指を刺した先には見慣れない生き物がいた。
細長い体躯に短い手足。ごつごつとした黒い皮膚に大きく裂けた口からは巨大な牙が伸びている。
「……モンスター?」
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