第三話 タイムラグ【前編】
ノアが皇王を討つ、と宣言してから数日。
準備を整えるといって留守にすることが増えていた。周囲には外交だと言っているようで、特に城内が不穏な空気になることはなかった。
なつの達が何をするかはノア次第のため、ひとまずは穏やかな異世界生活を送っている。
「お買い物?」
「うん。基本的な日用品は城で貰えるけど、それ以上は無いし。それにここの料理美味しくないから自活した方が良いよ」
「あー、行きたい。でも現金持ってないんだよね。全部ペイだから」
「というか通貨違うだろ」
「大丈夫ですよ。生活保護でお金出るんで」
「生活保護?」
「うん。ノア様が地球人の生活保護制度作ったんだ。給付金出るよ」
「……なんかこう、ちょいちょい地球感が漂うのよね」
「全世界共通だね、政治経済って」
あははっと朝倉は笑った。
なつのは必要な物はぽんっと魔法で出したり魔法で植物を育てたり、そんなファンタジーを想像していた。
けれどこの世界で何かを手に入れるにはお金が必要で、働かなければお金は手に入らない。そのためにも就職をする必要があり、家事との両立が大変になる――という地球と同じ日常しかなかった。
役所へ行くと本当にお金を貰えて、給付金は労働状況で変わるから生活状況を報告するように、とまで言われた。
どこまでも地球を思い出させるが、貰ったお金だけは異世界だった。
「お金は硬貨は金貨、銀貨、銅貨。紙幣は無いよ」
「いびつだな」
「金属を加工する技術に乏しいんですよ」
硬貨はどれも大きくてぐにゃぐにゃと曲がっている。
魔法っぽい道具であれば心ときめくが、現代日本以下の文明にがっかりしただけだった。
「十進法なんだよな」
「はい。銅貨が十円、銀貨が百円、金貨が五百円」
「一円は?」
「ないです。最低価格が十円。端数もありません」
「雑な世界だな……」
「色んな事が雑です。市場行けば分かるりますよ」
朝倉に連れられて市場へ行くと、大勢の人でにぎわっていた。
屋台や露店がたくさん並んでいて、日本のお祭りのような雰囲気だ。
これも見慣れた景色であまりテンションは上がらなかったが、並んでいる商品になつのは食いついた。
「服可愛い! 民族衣装だよね!?」
「それがここでは一般的なんだ。城の制服は目立つから幾つか買っ」
「これ可愛い! あ、こっちもいいなー!」
朝倉の言葉を聞き終わる前になつのはぴょんっと店に飛びついた。
ロシア風だから地球でも見たことのある服だが、現物を見るのは初めてだった。
異世界とはいかないまでも、旅行に来た気分で楽しくなってきた。
それからしばらく歩くと、様々な店があった。特に食べ物やは多く、ご丁寧に『地球のオレンジ風』などと日本語で書いてある。
「何で日本語なの?」
「客が日本人ばっかりだからだよ。この世界の人って食事する概念があんまりないから食材も料理も商売にならないんだけど、僕らには必要だからさ」
「概念がないって、食事は必要でしょ」
「ううん。この世界の人が食事するのは十日に一回くらいで、茹でるか煮るかするだけで味付け無し」
「えっ。それ生きていけるの?」
「そうみたい。身体の造りが違うんだよ、多分」
「それにしても米と果物ばっかりだな。肉は食わない文化なのか?」
「いえ、動物が存在しないんです。農業だけ」
「え!? 嘘!」
「本当。だから農業推進中。調味料と香辛料作れるように頑張ってるよ」
振り返ると、この世界に来て城で出されたのは果物ばかりだった。
それ以外は朝倉の勤めている居酒屋で食べさせてもらっていたが、地球人が経営する飲食店じゃないと提供されないのだろう。
「働くなら飲食店がいいよ。食事に困らないから」
「異世界に来てまで就活……」
「なら自分で店作った方が良いな。スマホ活用して」
「魔法食!?」
「いや、食材の育成と調理過程を魔法アプリで短縮できれば回転率良いだろ」
「……夢が無い」
「夢じゃ腹は膨れねえよ」
「あ、でも夢のある物あるよ。これこれ」
「何?」
朝倉は街路樹の足元にしゃがみ込んだ。
指差している先にあるのはわらび餅のような物だ。
「このぶよぶよはもしや」
「魔力珠だよ。落ちてるんだ、これ」
「人が作るんじゃないんだ。無料で拾い放題?」
「うん。こっちの人にはごみなんだ。台車で魔力珠拾いする仕事まである」
「えー。魔法使えるようになりたいって思わないのかな」
「ならないみたい。ほら、ガラケーからスマホに移行するの嫌がるみたいな」
「発展性ねえな」
こちらに来てまだ数日だが、地球に比べると文明の低い国であることはよく分かった。
地球でも新しい何かに挑戦する人はごく一部だ。篠宮が新規アプリで業績を盛り上げたように、今までの在り方をひっくり返すのは簡単ではない。
やるとしたら皇子のように国を率いる人だろうけれど、ノアは魔法に否定的な様子だった。国のトップがそうであるなら挑戦する人は輪をかけて出てこないし、ならなつのが一人で騒いだとて誰の心にも響かないだろう。
つまんないのと口を尖らせたが、それを吹き飛ばすような歓声が上がった。きゃあきゃあと女性の黄色い声援が飛び交っている。
「なに?」
「歌謡団だよ。凄い人気の歌手がいるんだ」
「歌手! 見たい! 行こう!」
「あ、こら」
今のところ娯楽らしい娯楽の無いこの世界で、これだけの歓声は初めてだ。
もしかしたら魔法で派手な演出をしているのかもしれない、と期待に胸を躍らせて広場へ飛び込んだ。
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