第二話 翻訳魔法アプリ、リリース!【後編】

 篠宮がぽんっとモニターをタップした。

 しかしそこでは何も起きない


「え? 失敗ですか?」

「いや。外を見てみろ」


 言われるがままに全員で窓から外を見ると、そこらにいた全員が何かに驚いている。


「おい! 何だ、急に言葉が通じる!」

「本当だ。どうして?」


 わあわあと騒ぐ声は、なつのには全て日本語で聞こえている。

 人がどんどん集まり、何でだどうしたと不思議そうな顔をしていた。


「篠宮さん、どういうことですか?」

「単純な話だ。音楽はスマホの外に出るだろ」

「……音波! 空気中に魔力があるなら振動で伝わる!」

「翻訳プログラムが魔力で音に乗ったんですね。凄い」

「でも何で外に届くんですか?」

「Bluetoothイヤホン。本体からあっちに魔法が届いてるんだな」

「……分かるような分からないような……」

「できたならそれでいいじゃない! スマホは世界を救う!」

「といってもイヤホン分しか拡大はできないし。市場とか、人が集まる広場に置くのがいいだろうな」


 篠宮は腰に下げていた鞄からぞろりと大量のBluetoothイヤホンを取り出した。

 とても日常で使う数ではない。


「なんでそんな持ってるんですか?」

「デバッグ用。Bluetooth。音ゲーは音命だし」

「え、音ゲー作ってたんですか?」

「次の新作。タイミング良かったな。ペアリング済みだから使えるだろ」

「置きに行くか」


 朝倉の提案通り、城を中心に周辺を散策がてら見て回った。

 市場や多目的広場、役所など地球人とルーヴェンハイト人が交差する公共施設に置いて回ると、誰もが驚き篠宮にぺこぺこと頭を下げていく。 

 魔法ってこんな凄かったんだ、とルーヴェンハイト人も興味を示す。

 いつの間にかなつの達の周りは人が集まっていた。


「なあ、簡単に火つけられるようにならんかね」

「あれ毎朝大変なんだよなあ」

「毎朝?」

「火を焚くの大変だから、いくつかの拠点で大きな火を焚くんです。必要な時はそこから持って行きます」

「けどすーぐ消えちまうし。困ってんだ」

「火か。スマホじゃ火は付かないからな……」

「はーい! 小さい火種作って魔力珠で火気増幅!」

「増幅ってどうやるんだよ」

「音楽流すんじゃ駄目ですか? 例えば……」


 なつのは朝倉の持っていた魔力珠を消えかかっている焚火にぽいぽいと放り込んだ。

 そこにスマートフォンを向けて音量を最大にしてみると――


「ほら! 点いた!」

「おお!」

「こりゃ凄い!」


 消えかかっていた火がごおっと燃え盛った。

 人々は不思議そうに焚火を覗き込んでいる。


「どういう仕組みなのかな」

「どうなんだろうな……」

「燃料になると思っときゃいいですよ。仕組みはともかく動けばよし!」

「エンジニアには無い思考だな。そういう柔軟性はお前の武器だ」

「……ど、どうも」


 適当なことを言っただけなのに急に褒められ、嬉しさと恥ずかしさで頬を揺らした。

 けれどそんなことには構わず、周りから人がどんどん集まって来る。

 そして、綺麗な水をすぐ作れるようにしてくれだの温室を作ってくれだの、まるで魔法など関係のない要求が飛んできた。

 篠宮は困ったような顔をしていたが、魔法を使えるかもしれないと思うとなつのには充実した時間だった。


 そんなこんなで気が付いたら日が暮れて、城に戻る頃には篠宮がぐったりしていた。

 広間の大きなソファに倒れ込むと、メイドたちがくすくすと笑っている。


「俺は電気屋じゃねーぞ……」

「いいじゃないですか。楽しいし」

「どこがだよ。もう少し有益に時間を使わせてくれ」

「有益ですよ。魔法アプリ楽しい」

「ちげーよ。地球に帰る魔法探すんだよ」

「あ、そうだった」


 魔法アプリが楽しくて忘れていたが、地球に帰る魔法アプリ作りが目的だ。

 だが地球に帰る魔法が見つからなければアプリを作りようもない。


「律。何か心当たりないのか?」

「全然。だって本当に魔法ないんですよこの国」

「他の国ならあるかもしれないだろ。行ったことないのか?」

「行きたくても行けないんです。海に囲まれてるけど船無いから」

「は? 一艘も?」

「はい。でも他の国から一方的に来ることがあります。それが」

「魔法大国ヴァーレンハイト皇国」

「え?」


 かつんと足音をさせてやって来たのはマントに軍服のような衣装の青年だった。

 艶やできちんとセットされた金髪で、凛とした姿は見るからに物語に出てくる皇子のようだ。

 そしてそれは皇子だった。


「ノア様!」

「は!?」


 ノアといえば居酒屋で出会った汚い身なりで皇子からは程遠い男だったはずだ。

 だが今目の前にいるのは真逆で、けれど顔は確かにあの汚い男のものだ。


(さ、詐欺だ……)


 なつのは愕然としたが、周囲は誰も驚いていない。

 篠宮も全く動じていなくて、それどころか冷静に話を始めた。


「やっぱり魔法を使う国はあるんだな。それはどこだ」

「うちの本国だよ。この世界で魔法を使うのは奴らだけだ」

「だけ? 何だ。汎用的なものじゃないのか」

「違う。だからあいつらが絶対強者なんだよ」


 ふん、とノアは憎々しげに吐き捨てた。

 メイド達も嫌な国よね、と急に不愉快そうな顔をしだす。


「……えっと、嫌いなんですか?」

「当然だ。ルーヴェンハイトはヴァーレンハイトのごみ箱だからな」

「どういう意味だ」

「そのまんまさ。ヴァーレンハイトに必要ない人間はルーヴェンハイト送りになる」

「は? どういう基準で?」

「魔法を使えるか否かさ。魔法大国で魔法使えない奴はごみ同然、ってね」

「そんな! 魔法アプリ使えば同じことじゃない!」

「その通り!!」

「きゃっ!」


 ノアはぎらりと目を光らせなつのの肩に手を回し、がしっと抱きしめてきた。


「その通りだ。魔法を超える武器さえあれば連中は敵じゃない」

「は、はあ。だったら何なんですか」

「ヴァーレンハイトを討つ。俺に手を貸せ!」


 居酒屋で飲んだくれていた姿は想像もできないほど真剣だった。

 ごみ呼ばわりは不愉快だとしても、何故討たなければいけないのかは分からなかった。

 ルーヴェンハイトは平和そのもので、わざわざ争う必要はないように思う。討つということは少なからず戦争のような被害はあるだろうし、そうしなければいけないような奴隷扱いをされているわけでもない。

 話に付いていけず眉をしかめたが、ふうん、と篠宮は少し考えてからノアに視線を向けた。


「条件がある」

「何だ」

「俺達は地球へ戻れる魔法を探してる。ヴァーレンハイトで見つかったら俺達にくれ」

「いいぜ。俺は魔法なんざほしくない」


 ノアはぽいっとなつのを放り出すと、篠宮と向き合った。


「俺は皇王を討つ。お前らは国内を漁れ」

「乗った」


 二人はぱんっと手を合わせにやりと笑みを浮かべた。

 けれど、なつのは情報の少なさとあまりにも都合の良い話に少しだけ不安を感じていた。

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