第一部 幼年期編

第1話 元剣聖のメイドのおっさん、老婆に殴られる。



 真っすぐと前を見据えて、意識を集中させる。


 目標は、眼前にユラユラと降り落ちてくる、あの小さな木の葉だ。


 かつて『剣聖』と呼ばれていた俺にとって、落ちてくる葉っぱを粉々に切り裂くことなど、造作もないこと。


 腰に剣を携え、抜刀の構えを行い、タイミングを見計らって足を前へと踏み出しー----そうだ、ここで、横薙ぎに剣閃を放つ!!!!



「こらっ! アネット!! 中庭でチャンバラごっことは何事か!!」



 突如頭部を何者かに殴られた俺は、その場に箒を落とし、痛みを堪えきれず両手で頭を押さえ、蹲る。


 何事かと思い背後を振り返ると、そこには眉間に皺を寄せた給仕服姿の老婦人が腕を組んで立っていた。


「痛ッッッ!!!! 何しやがるババアッ!!!!」


「こらっ!! 何だいその汚い口調は!!!! あんたはね、この栄えあるレティキュラータス家の使用人なんだよ!? 主人の格を落とさないようにと、あれほど綺麗な言葉の使い方を教えてやったってのに、もう、仕方ない子だね!!!!」


 そう言って白髪の顎がしゃくれた老婆は俺をヒョイと軽々持ち上げると、片手で抱え、そのまま歩き出してしまった。


 かつては誰にも傷を負わせられたことのない無敗の剣士だったってのに、今の俺じゃ、こんな年老いた老婆にすら簡単に間合いに入られ、持ち上げられてしまう始末だ。


 自分の情けなさに、思わず涙が出てきてしまう。


「クソがーッッ!! 離しやがれババア!! 俺様は世界最強の『剣聖』様なんだぞ!?!? こんな、犬みてぇに抱えやがって!! 無礼だとは思わねーのか!!!!!」


「はいはい、またそのごっこ遊びかね。良いかい、アネット。『剣聖』様はね、お前なんかが軽々しく口にして良いような御方ではないんだよ」


「あ!? このっ、まったく話を聞かないババァだな!! だから俺は先代の『剣聖』なんだって!! いったい何回言えば信じて・・・・・」


「アネット!!!! かの御方に憧れるのは自由だよ!? でもね!! たかが使用人の小娘風情が自分を『剣聖』などと、そんな無礼極まりないことを言うんじゃない!!!!」


「ひぅっ!?!?」


 物凄い剣幕で怒鳴ってきたその老婆の姿に、俺は思わずか細い悲鳴を出してしまっていたのであった。


 かつて、国を襲った城ほども大きさがある巨大なドラゴンとは、何度も相対してきたというのに・・・・。


 情けないことに今の俺は、視界いっぱいに映る巨大な老婦人の一喝程度に、簡単に恐怖に慄いてしまっていた。


(畜生、なんなんだよ・・・・・なんなんだよ、この状況は・・・・・・・)


 自身の栗毛色のポニーテールが、今の俺の心情を表わしているようにー---プランプランと、萎れているように力なく揺れているのが分かる。


 そう、今の俺の姿はかつての筋骨隆々なナイスガイなどでは断じてなく。


 何故か今の俺は、メイド服に袖を通した、六歳程の『幼い少女』の姿をしているのであった。

 

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