【書籍3巻12月25日発売】最強の剣聖、美少女メイドに転生し箒で無双する

三日月猫@剣聖メイド3巻12月25日発売

プロローグ 剣聖のおっさん、ハーレムを夢見ながら、この世を去る。





「俺の人生も、ここまで、か」




 雪の上で大の字になって倒れ伏しながら、男はそう呟く。


 彼は見るからに満身創痍の死に体だった。


 腹部は綺麗に斬り裂かれており、その傷跡からは止めどない血が流れ落ち、雪の上を赤く染め上げている。


 誰が見ても、この男の命が消えかかっていることは明白に理解できることだろう。


 だが、彼のその顔は苦悶に満ちたものではなく。


 男は満足げな表情を浮かべながら、澄み切った雲一つない青い空を、何故か静かに見つめていた。



「・・・・・師匠。本当に、これで良かったのでしょうか??」



 雪をザクザクと踏みしめながら、突如、ひとりの少女が男の視界に現れる。


 その金髪のエルフの少女は、目の端に涙を貯めると、沈痛な表情を浮かべて死にかけの彼を見下ろした。


 そんな彼女の姿に対して、男は可笑しそうにハハッと、小さく笑い声を零す。



「次期『剣聖』ともあろう奴が何て顔をしてやがる、リトリシア。てめぇは今、剣の頂に立ったんだぜ?? 明日から世界中の血気盛んな剣豪たちが、お前を越えるために決闘を挑んでくるようになるんだ。もうちょいシャキッとしやがれシャキッと」


「・・・・私は、『剣聖』を名乗る程の器ではありません。結局、師匠に私の剣が届いたことは一度も無かったのですから」


「は? おいおい何を言ってやがる。今こうして俺を殺してみせたのはてめぇだろうが」


「そんなっ・・・・そんな酷いことを、仰らないでくださいっ・・・・・!!!!」


 そう言って、少女は持っていた剣を地面に落とすと、両手で顔を隠し、嗚咽を溢しながら泣き始めたのだった。


 男はそんな様子の彼女に困ったように眉を八の字にすると、小さく息を吐き、再び青い空へと視線を向ける。


「すまねぇな。お前に損な役回りを任しちまって」


「ぐすっ、ひっく・・・・いいえ。病気で死ぬよりも剣で死にたい。師匠のその心は、一介の剣士である私にも分かる心情ですから・・・・・」


「一介の剣士だなんて、自分をそんなに卑下するんじゃねぇリトリシア。俺様は世界最強の剣聖だぞ?? そんな俺様の弟子なのだから、もっと胸を張りやがれ。てめぇは強い。この俺の自慢の弟子・・・・いや、お前は俺の自慢の娘だったぜ、リティ」


「師匠っ・・・・師匠ぉぉっ・・・・・!!!!!」



 視界がぼやけていく。


 段々と、少女の鳴き声が、聞こえなくなっていく。


 男は泣きじゃくる弟子の顔を最期まで視界に収めながら、静かに瞼を閉じた。


 そして、自分が生きて来た今までのことを思い返しながら、小さく笑みを浮かべた。

 


(何、それなりの人生だったんじゃねえかな)


 

 剣に生き、剣に死ぬ。


 振り返ってみれば、男の人生は常に剣と共にあった。


 スラム街の孤児として誕生し、パンひとつを巡って、他の孤児たちと短剣を持って殺し合ったこと。


 そんな殺伐とした幼少時代を送っていたある日、運悪く先代『剣聖』に喧嘩を売ってしまい、ボコボコにされた挙句、結果無理やり彼の弟子にさせられたこと。


 そして師が亡くなった後、彼の後を継ぎ、『剣聖』となり、人々の安寧のためにあらゆる魔物や猛者たちと剣を交わせてきたこと。


 今考えると、自分は常に戦いばかりの毎日を送っていたような気がすると、彼は呆れたように思い返していた。


 ただただ剣を振って、強さだけを求め続ける毎日。


 普通の人間が求める幸せな生活とは程遠い、生きるか死ぬかの日々の連続。


 いくら思い返してみても脳裏に浮かぶのは、幼少期から年老いるまでずっとチャンバラごっこをしていた、日々の自分の姿だけだった。


 まるで女っけのなかった自身の人生に、男は思わず自虐気味に苦笑を溢してしまう。


 「まぁ、でも、そんな生き方をするバカがひとりくらい居ても悪くはねぇかな。けれど、願わくば・・・来世は女に縁がある人生が送れると良いなぁ。どうせならどっかの国の王族に生まれ変わって、ハーレム万歳、とかな?? 今まで祖国のために剣を振り続けてきたんだ。それくらい夢見てもバチは当たらねぇ・・・だろ・・・・ガッハッハッ・・・ハッ・・・・うぐっ」


「・・・・師匠。師匠は十分、女性に慕われていましたよ。だって・・・・だって、私、は・・・・・っ」


「・・・・・・・来世・・・・・女に・・・・・」


「!? し、師匠!? 眼を、開けてくださいよ!! さ、最後まで、私の言葉を聞いてください・・・・・師匠ぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!」


 そんな、下卑た空想を思い浮かべながら、世界最強の男、『剣聖』アーノイック・ブルシュトロームの意識はそこで途絶える。


 娘のように可愛がっていた、たったひとりの愛弟子の少女に看取られながらー---30年余りの時間を剣の頂に居座り続けた男は、こうしてひっそりとこの世界から息を引き取るのだった。

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