第31話

 昼過ぎ、白狸亭の中庭はちょっとした展示会場になっていた。


「ほぉ、これは! キレイに仕留めてあるさね。いいじゃない」


「たった数日でここまで上達するなんてすごいな」


「ふん! 貴様の手伝いがなくてもこのくらいもう何てことない」


 シルガはジスから返された依頼書を見ながら一つ一つ確認した。ずらりと並んだ獲物たちはほとんど解体されている。ギルド指定採取部位がきれいに採れているので元の仕留めが良いのはすぐにわかる。


(ジスに任せて良かった)


 力になれず残念な気持ちはあったが素直にそう思えた。


「ハイアスディアにペカリーボアまで……よく狩れたもんさね、この肉すこし買い取ってもいいかね。ご馳走作りましょう」


「そっちのは依頼にはないがジスと二人で狩った。料理にするなら好きにしていい」


 確かに依頼書にはない獲物だ。度々目撃されて集落の人達が不安がっていたところ丁度遭遇したので狩ったとのことだ。戦闘狂が二人もいれば敵の引きが良くなるのかもしれない、とシルガは改めて思った。肉の部位を見ると 上等のところを食べる分だけ持ち帰ったようだ。他を集落の人達に分けたのならさぞ感謝されたことだろう。

 きれいに仕留められた獲物を黙々と検分していると、ウィッツィ湖でのキラビットの惨状がシルガの脳裏に過った。


「こんなに上達したなら あのキラビット達も報われるよ。あー…… 一緒に行けなかったのはやっぱり残念だ」


「……キラビットには、なるべく優しくする」


「キレイに仕留めることは生命に敬意を払うことでもあるさね。この調子で頑張りましょう」


 シルガがひと通り確認したのを見計らってアスレイヤが急かした。


「今日中にギルドに行く」


「明日でもいいじゃないか。疲れてるだろ?」


「疲れてない」


 昼食後、早速どこかへ行ったジスにもシルガは思ったのだが、二人ともタフだ。アスレイヤはまだ成長期で身体が出来てないのだから、ジスにつられて無理させないようにしなければ うっかり倒れそうで心配だった。


(過保護か……?)


「昇格判定に数日かかるかもしれないだろ。早く申請しておきたい」


「そうか。でも今日は依頼は受けないからな」


「そのつもりだ。貴様に言われなくても自己管理くらいできるぞ」


「それじゃ行ってらっしゃい。この肉はわしが美味しく料理しておくさね」


 ほくほく顔の店主に夕食を任せて 二人はギルドへ向かった。



 ****



「お久しぶりですアスレイヤ様! 完了報告ですか!?」


「ああ、依頼書と相違ないか確認してくれ」


「はーい、お預かりします! 討伐依頼の採取物確認はあちらの方で行いますね!」


 久しぶりに訪れた冒険者ギルドエークハルク支部はどことなく閑散としている。込み合う時間でないにしても 以前より音が響くギルドの様子は、二人をなんとなく落ち着かない気持ちにさせた。

 ジェネットに先導されて行った先は広場だ。扉を開けると、暇そうにしていた毛むくじゃらのいかつい男がノシノシと歩いて来た。


「担当のゲランさんです。見た目スゴく怖いんですけどぉ、と~っても優しいクマさんなんです!」


「がはは!せめてヒトにしてくれや!」


「ではこちらの依頼書お願いします。それじゃアスレイヤ様、失礼しますね。また後ほどカウンターで!」


 依頼書を引き継いだゲランの前に、アスレイヤが指定採取物を次々と並べていく。シルガは少し離れて二人のやり取りを見守っていた。Eランク案件なので 獲物自体はさほどのものではない。だが、査定するゲランの目は真剣だ。一つ一つ手に取る所作が見た目とは裏腹に繊細で、どことなく可愛らしい。


「いやあ、こりゃ随分と……」


 時折漏らされるひとりごとの反応は 悪くないものだ。採取物の状態を手に取って見ては粗紙に何か書き留めている。


「おお――いぃ!こっち運んでくれや!」


「おっっけぇでっす!」


「イエッサ!」


 全て確認を終えたゲランが人を呼ぶと 部下らしき青年が数人走ってやってきた。テキパキ台車に積むのを背に、ゲランはアスレイヤの方を向くと いい笑顔で言った。


「たいしたもんじゃねえですかい!」


「ふ、ふん……」


 心からの称賛を受けて戸惑ってはいるが 満更でもない様子だ。上達したアスレイヤを褒められるのはシルガも嬉しかった。


「最近の活躍ぶりをジェネット嬢ちゃんから聞いちゃいたが、確かになあ。感心しちまうくらいに どれもこれもいい仕留めですぜ!」


「当たり前だ! このくらい、べつに……俺を誰だと思ってるんだ」


「アスレイや坊っちゃん、これからもエークハルク支部を どうぞご贔屓くださいや!」


「ふん。ま、まあ、俺も世話になってるからな!」


「がはは!よろしく頼みますぜ!」


 二人はゲランから渡された粗紙を持ってカウンターへ戻った。やはりエークハルク支部は普段よりも閑散としている。

 再び戻ってきたアスレイヤが粗紙を渡すと、ジェネットはぱっと顔を綻ばせた。


「いい評価ですよ、アスレイヤ様」


「昇格したい。可能か?」


「これなら文句のつけようがないです。ゲランさんは優しいクマさんですけど査定に忖度は一切しないんですよぉ~なのにほら、特にこのシザープレウラの毒なんて高評価です!ちょっと先輩呼んできますね、こちらの申請書に記入しながら少しお待ち下さい」


 しばらくしてミクロッドが奥から出てきた。二人の顔を見るとどこか安堵したような表情をして嬉しそうに言った。


「ああ!お久しぶりです、アスレイヤ様。いえあの、冒険者ランクの昇格申請ですねはい、承ります。毎度ご贔屓いただきありがとうございますですはい」


「……」


 シルガとアスレイヤは顔を見合わせた。

 記入した申請書を渡してアスレイヤが尋ねる。


「前より人が減ってるが、何かあったのか?」


「はいいえ、はい、実は……」


 ミクロッドの話によると、全ての原因は迷宮である。

 地下15階層まで踏破したAランクパーティーはケヘラン冒険者ギルドを拠点にしている。皆こぞって情報を得ようとケヘラン冒険者ギルドに詰めかけ、連日大賑わいだ。黄金の9階層が知れ渡ってからというもの、エークハルクで通常依頼を請けていた冒険者たちまで続々と拠点を移し始めたのだ。というのも、探索に必須の転移機とマジックバッグがどこも品切れ状態で入荷まで時間がかかる。それに加え魔法薬の品切れ再びである。エークハルクで地道に依頼をこなしていた冒険者達は、必要なそれらの物資を持っていた。まだ影響の少なかったこの周辺の魔法薬を買い占め、物資調達に躍起になっている同業者を尻目に迷宮探索に乗り出したのだ。


「調査団の大規模派遣もあってですねはい、いえあの、小競り合いも起きてるみたいですはい」


「へぇ……そうなのか。ケヘランの治安が不安だな」


「こっちの方でも物資の買い占めが起きちゃったんで、またしばらく魔法薬不足ですよぉ」


「特に酷いのが転移機の奪い合いですはい。転移機さえ持っていればパーティーメンバーに入れてもらえるとかもうあのいえ、めちゃくちゃです」


「ふん、カネが絡むとバカバカしいことになるんだな」


 ジェネットがお茶とお菓子を持ってきたので、4人でいただきながら何故か雑談をしていた。


「そうだ。変異種のあの花粉は今、鑑定はどうなっている」


「そそそれもお伝えしなくてはいけないのですがはい、非常に申し訳ないのですがはい、いえ、」


「だめでした!」


 勢いよく腰を折って差し出された鑑定書をジェネットから受け取り、シルガとアスレイヤは二人で覗き込んだ。魔力循環麻痺効果については一切記載されていない。


「はっ、まあそんなことだろうと思っていた」


「毒壺のレイブラッサムの依頼を請けるなら上級者だろうけど、ちょっとまずいな」


 カウンターにはいつの間にか パッションピンクの光を放つ採取瓶が3本置かれている。


「はいあの、毒壺のレイブラッサムは場所指定で依頼も出てるほどのCランク上位にあたる案件ですはい。Eランクのあの依頼なら、かなり日数は掛かりますが別の場所にあるレイブラッサムからの採取を想定していました。あの……何故わざわざ毒壺まで?」


 当然のように毒壺の群生地を目指していたことを、実はずっと疑問に思っていたらしい。


「毒耐性獲得のためだ」


「私は応援してましたよぉ~ 鬼教官もついてましたからね!」


「うん……耐性は採集活動に必須だし」


「それで話は戻りますがはいあの、レイブラッサム変異種に関する依頼は当面の間は凍結です。もう少し頑張って交渉をですねいえはい、してみるつもりですはい」


 ミクロッドの言葉に、シルガは感心した。


「魔力循環麻痺なんて、証拠も出してないのに信じてくれてありがとう」


 丁寧に魔力を練って シルガは鑑定の魔術式を描いた。急に魔力が動いた気配にミクロッドとジェネットが目を見開く。


「わぁ、きれいですね!」


「こここれは、鑑定魔法ですね?」


「可視化しよう」


 花が綻ぶように展開された鑑定魔法は、パッションピンクの採取瓶の上空に魔力で文字を書き上げた。



 *レイブラッサム(変異種)の花粉*


 花粉っていうかぁキラキラっていうかぁ、これあたしの魔力めっちゃためこんで危ないっていうかぁ……でもこれつかうと魔力になんか入りこんでいろいろできてぇお薬の材料にもなるしすごい要るでしょ?魔力とか回復できるし有能だしぃ分けてあげたいんだけどぉでもヒトが吸い込んじゃったらちょう毒でぇ魔力の流れが止まって死んじゃうの。てゆかあたしピンク色かわいくない?この花粉もキラキラのラメでカワイイしぃ赤銅色のミツバチちゃんもそう思うでしょ、また来てね



「「「え……」」」


「というわけで、見ての通りだ」


 3人は困惑している。


「見ての通り……?」


「すみません、理解がちょっと……追いつかなくて」


「いえあの鑑定魔法はこっ、こんな風に見えてるんですか?」


「……あ、しまった。精査術式が足りてない」


 可視化術式に気を取られて忘れていた。

 シルガは再度、鑑定魔法を展開した。



 *レイブラッサム(変異種)の花粉*


 花粉が魔力を多量に蓄積すると銀色に輝き、毒とされる。

 精製された毒は生物の魔力に介入し魔力回復の効果を発現させるための付与媒体となるが、ヒトが吸い込むと魔力循環を麻痺させる効果を持つ。

 採取者:アスレイヤ・エインダール



「ああはい、なるほど!」


「鑑定魔法ってこんな感じで判るんですね!」


「そういうことか」


 3人はスッキリした。


「魔力循環の麻痺効果があることは確かだ。取り扱いは十分注意してほしい」


「そのようですねはい……この鑑定書だと報酬の見積もりが少なくなってしまうんですが、あの、必ず認めさせますのではい、それまでは」


「ふん、ヴァンカム家の鑑定士だぞ。奴らがそうそう不手際を認めるものか。責任を擦り付けられないように保身のことでも考えていろ」


「ちゃんと鑑定して判ってるのに……力不足で申し訳ないです」


 これまで提出した毒と変異種の花粉の報酬は結構な額になるため、ギルドに登録したと同時に開設された口座に入金される。昇格判定は2日ほどかかると説明され、アスレイヤがドヤ顔でシルガを見た。



 二人が白狸亭へ戻ると期待を裏切らない夕食が待っていた。

 ペカリ―ボアをとろとろになるまで柔らかくしたトマトベースの煮込み料理だ。キレイに処理された肉は臭みもなく、トマトの酸味と甘味にワインのコクが深みを持たせて絶品である。シルガはこちらの料理も美味しいことが店主のおかげでわかってきた。

 夕食後、どこか慌ただしくジスは出かけて行った。厩舎の竜もいないので行き先はルーンシェッド大森林だろう。


(あまり無謀なことはしないように苦情を入れておこう)


 アスレイヤが真似したら大変だというのもあるが、夜のルーンシェッド大森林はとても危険だ。シルガは少し心配だったのだ。


 一段落してアスレイヤの部屋へ行くと、ベッドの上で胡座をかいて膝に本を開いていた。シルガが渡した使い魔シリーズその1巻だ。定位置に腰をおろしてベッドに身を乗り出すと、膝の上の本を覗き込んだ。


「見ろ」


 そう言ってアスレイヤは一番最初の使い魔――蚊の絵を指差し、そこに描かれている魔術式を魔力でゆっくりと辿った。すると、絵に描かれた蚊が 紙の上で羽を動かし始めた。2枚の羽がゆらゆらと揺れている。


「止まれ」


 短く命令すると、ピタリと止まった。


「……どうだ」


「すごい!」


 それは心からの賛辞だ。また、喜びでもあった。ほんの数日の間にここまで出来るようになるとは予想以上だ。時間を作って頑張っていたのだろう。


「明日から魔法を練習しよう。しっかり休んで体調を整えてくれ」


「わかった、もう寝る。おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 ふと、シルガは気付いた。


「アスレイヤ、すまないがさっきの もう一度言ってくれないか?」


「何をだ…… もう寝る、おやすみ」


「俺はそれ、おやすみって言ってたっけ」


「なんだ一体。挨拶くらいきちんとしろと言ったのは貴様だ、寝る前に部屋に戻るときはいつも言ってたぞ。俺は眠る寸前でまともに言えないことが多かっただけで、ちゃんと言ってたからな」


「挨拶……」


 そうだ、これは数ある挨拶のうちのひとつでしかない言葉だ。何故あんな、わけのわからない羞恥心を齎したのか。


(呪いは言葉の力を展開する)


 ということは、あれはもともと言葉が持つ力なのだろう。ジスが音にしたことでその力を遺憾なく発揮できたというわけだ。


(だから呪いは難しいんだ)


「……何かあったのか?」


 考え込んだシルガの様子を訝しんでアスレイヤが尋ねた。


「いや。ちょっと呪いについて考えていた」


「呪いだと?」


「迷宮で呪いを使うやつがいたんだ」


「迷宮に、入ったのか?」


 硬い声にはっとして、シルガは膝を付いて視線を合わせた。


「ごめん。下調べも兼ねてグイーズって冒険者について行った」


「命令違反だ!」


 アスレイヤは激怒している。これはまずいと思ったシルガは居住まいを正して謝った。


「正直に言うので許してほしい。命令違反だとわかっていながら怪しい男にほいほいついて行きました。申し訳ない」


「関わるなと言ったはずだぞ。俺の命令を何だと思ってるんだ!蔑ろにするのは許さない」


「……すみませんでした」


 深く考えずに軽く流していたのは確かだ。


「どうせ関係ないとか思って適当に返事してただろ」


「うっ、その通りで……俺が悪かったです」


「謝れば許してもらえるなんて考えは、俺への侮辱だと思え」


 どうやら本気でご立腹のようである。向けられた目がとても冷たく、それはシルガをしょんぼりさせるのには十分だった。


「君の言うとおりだ。主従契約の下僕の義務を軽んじていた。君はいつでも俺を解雇できるけど、しないでいてくれたら嬉しい」


 シルガの萎れた様子を目にしてアスレイヤは動揺した。


「べつに、こ、この程度で解雇なんてしないが、しっかりと胸に刻んでおくんだな!」


「許してくれるか?」


「くっ……今回は特別に許してやる。貴様が正直に言ったからだ!隠していたらただじゃすまなかったんだからな!」


「感謝します、ご主人様」


「!!!」


 新緑色の目を嬉しそうに細めて、跪いたシルガが見上げるように見つめてくる。アスレイヤの心臓がぎゅっと縮んで息が止まった。


「くそっ…… 貴様はいろいろと、卑怯だ」


「許してくれてありがとう。今度こそ、おやすみ」


「ふん!さっさと寝ろ!」



****



 自室に戻ったシルガはホッとしてベッドに倒れ込んだ。


(許してもらえてよかった)


 正直、子供だからと侮っていたところはあったのだ。それを大いに反省しなければならない。


(それにしても、魔力制御……)


 蚊の使い魔とはいえ命令可能な第二段階まで進むことが出来たのなら、今までよりも格段に魔法を上手く使えるようになるはずだ。学院で学ぶ魔術式を描きあげ展開する練習をすればきっと、誰よりも上達するだろう。魔力量なんてひとつも気にするようなことではない。


(ふふ、楽しみだ……)


 シルガはなんだか、とても幸せな気持ちだった。



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