第25話

 華やかなケヘランは活気に満ちている。店が多い街にも関わらず 宿はほぼ満室、食事処は席が足りずに屋外席を増設して対応する繁盛ぶりだ。白狸亭は稼ぎ時なのではないのかとシルガが聞いても、店主は一時的な客を受け入れると後が面倒だからいいのだと頑なに閉めている。それにしても元から少ない客入りなのだからもう少し商売っ気を出しても良さそうなものだが、しつこく食い下がるのは余計な世話だろう。久々に賑やかな街へ来たシルガはすれ違う人々の様子をぼんやりと見ながら歩いた。


 武器防具、魔法薬、携帯食料……冒険者御用達の店が軒を並べている通りを歩くのはなかなか楽しい。特に買う予定はないのだが きれいに陳列してあると見てしまう。今後の魔道具作成の参考になるものはないだろうか。

 売っているのは物だけではない。少し進むと付与術師の店が並んだ細い通りがある。付与術師は鍛冶屋からの依頼が主な収入源だが個人の依頼を受ける店もある。こぢんまりとした工場兼自宅といった風の店が多く、付与術師のほかは魔道具工房、魔法薬調合工房、治癒術師も稀だが店を出している。通り一帯は色々な魔力が入り混じってシルガは少し酔いそうだった。


 時間も忘れて楽しく散策していたが、当初の目的はグイーズを探し出して和解することだ。迷宮付近で張り込みしてれば見つけられるだろうと思っていたら、グイーズを見つけるのは全く難しくなかった。というか向こうから声を掛けてきた。


「よぉ!」


 テラス席で食事をしていたグイーズが陽気に手を振ってシルガを向かいの席に招いた。シルガは席に着くと紅茶と軽食をオーダーして支払いを済ませた。相手が食事しているのに見てるだけは気まずいし、満席なので席だけ取るのは申し訳ない。先に運ばれてきた紅茶に口をつけるとグイーズが食べる手を止めずに尋ねた。


「魚、うまかった?」


「ああ、あの呪いのアイテムは適切に処分した」


「……?」


 カラッと揚げて甘酸っぱく味付けした南蛮漬けは意外にも好評だった。頭からバリバリ食べられるので、骨まで美味しく食べられるとアスレイヤが驚いていたのが可愛い。


「命狙ってきた奴に食料まで渡すなんて、俺めっちゃ親切じゃん?」


「確かにあれは俺が悪かった。すまない」


 素直に謝るとグイーズは面食らった様子で少しの間固まっていたが、左手で後頭部をガシガシ掻いて渋い顔をしながら言った。


「エークハルクで言った護衛の件。あんたに勘違いさせるような言い方したのは悪いと思ってるよ」


 グイーズは急に神妙な顔になった。真面目な顔の似合わない男だ。


「護衛がいる前提で子守するんじゃ 何かあった時対応出来ない可能性があったもんな。おまけに状況が不穏だしよ……兄ちゃんの怒りもまーぁ、わかる」


「……」


 随分とものわかりが良いが、何かあったのだろうか。

 シルガは胡乱な目で見てしまった。


「けど誤解されたままは嫌なんで言うけどさ、ああ言っとけば、貴族の坊っちゃんに護衛がいないっつう不穏な空気を察してくれると思ったんだぜ?表立って言えない俺なりの配慮だったわけよ、兄ちゃんくらいの魔術師ならいないってすぐわかるだろ?なのに斜め上に勘違いするし」


「察しが悪くて悪かったな」


 丁度良いタイミングでサンドイッチが運ばれてきたので、シルガはもそもそと頬張った。


「で、ピホポグレッチウォーリア2世は本当の名前、何なん?」


「ピホポグラッチウォーリア2世だ」


「今俺メンバー募集中だけど」


「俺は募集してないな」


「あ、痛、いたた、いってーなぁ、首がほんといってぇぇなぁぁぁ、こんなんで迷宮入って生きて戻れるかなあぁぁ」


「……」


 シルガはイラっとした。今すぐ治癒魔法を使って完膚なきまでに完治させてやろうかと思ったが、これに関しては慎重に行動するべきだと 理性がいい仕事をした。


「メンバー募集中なら、考えても良い」


「マジで!?」


 素材も採集したいし、迷宮の下見も兼ねて行くならシルガにも都合が良い。


「あ でも、坊ちゃんは?」


「どうせ知ってるだろ。鬱陶しいしらを切るな」


「へへ、竜なんてお目にかかれるとは思わなくてさぁ……どういう関係?」


「……」


 どういう、と聞かれても特に関係は無いのだが。今は同僚か……?

 食事を終えたグイーズは飲み物を一気に煽った。


「これでも竜騎士サマのことは報告してないの、俺。兄ちゃんのことも詳しくは報告してない。ちっとくらいは信用してほしいもんだ」


「へー……そうなのか。何が不満で仕事の手を抜いてるんだ?」


「貴族サマ、つーかあの学院の連中はいけすかねーんだわ。でも正規の依頼で手ェ抜くと今後の信用に関わるからさぁ、不満だけじゃここまで工作しないのよ。俺も必死で兄ちゃんスカウトしてんのわかってくんねーかなぁ、俺と付き合うとイイコトあるよっと」


 グイーズは言葉を切って身を乗り出し、顔をシルガに近づけて囁いた。


「一発でわかんだわ…… あんたヤバい魔術師だろ」


「ヤバいって何だ」


 無意識にシルガが背を逸らして距離をとると グイーズも離れてだらしなく頬杖をついた。


「それに俺あの坊ちゃん……アスレイヤ、けっこう好きなんでね」


「お前意外と良いやつかもな」


「そうだろ」


「アスレイヤに関わる依頼はそれとなく気を回してくれるとか」


「そら悪いようにはしねぇさ」


「もし何かあったら、その時のお前の出来る限りで助けをやってくれたり」


「出来る限りならもちろんよ」


 シルガは考えた。

 これは思いがけずいい話ではなかろうか。信用できるかはともかく、いざとなったら誓約で縛ってしまえばいいのだから。


「……3日だけなら時間がある」


「よしきた!そうと決まれば早速行こうぜ!ほかのメンバー紹介すっからよ!」


「何も準備してないんだが」


「行きながら調達すっから、兄ちゃんの気が変わらねぇうちに移動しようぜ」


 パーティー物資も買い込んであるしよ、と半ば強引にシルガの腕を掴んで立たせ 引っ張って歩くグイーズの後ろ姿はご機嫌だ。逃すまいと言っているかのような強さで腕をとられ、シルガはほんの少し顔をしかめた。




 歩きながらグイーズは一方的に話している。とにかくよく喋る男だ。

 先に受けていた学院からの依頼は片付き、生徒たちの護衛が用意されたので もう子守をする必要がなくなったこと、本腰を入れて迷宮に入る予定であること、探索で手に入るお宝は地味だがなかなか良い品で深部は期待できそうだとか、探索報告書を見せながらそんなことを喋っていた。

 シルガは迷宮探索の大手柄を全く聞かないことを疑問に思っていたが、よく考えてみれば出現からまだ3週間も経ってない。高ランクパーティーがそろそろ戻る頃なので 深部の情報を得ることができるのはこれからだと楽しそうに言うのを聞いて納得した。


「兄ちゃん、パーティー組んだことある?」


「ああ、主に支援で」


 唐突に尋ねられたのでシルガは警戒した。


「支援だけ?何人くらいのパーティーなのそれ」


「多い時で5人。俺は基本、離れてついていく。戦闘時は離れたとこから支援して大概は野営時の結界張りを夜通し担当してた」


「ナニソレつまりアレじゃね、パーティー内ぼっち」


「……」


 全くその通りだが、彼らにも理由がある。


「パーティーから酷い扱いを受けてたわけじゃない。俺が信用を得るのは難しいんだ。身元不詳で顔も見せないからな……あのときは入れてもらえただけで御の字だった。今回もそんな感じで付いていけばいいのか?」


 夜通し一人で結界張らせるのは酷いと思うけどなぁと、グイーズはひとりごちながら頭をガシガシ掻いた。


「なんてか普通に仲間だし、普通にパーティーすればいいからさぁ、」


「あ、そう」


 普通ってどんなのだ。

 離れて遠目に見ていたパーティーの様子を思い出したシルガは、気の置けない仲間同士の彼らのように振舞うのはちょっと難しい気がした。


「でも他のやつはそうはいかないんじゃないか?俺は気にしないからそっちも気にしなくていい」


「みんなイイやつだぜ?気兼ねなく顔見せてくれよ、なぁピホポグラッチウォーリア2世」


「他人に見せる予定はないんだ」


 そんなことを話しながらグイーズの案内に任せて店に入り、3日分と少し余裕を持った必要物資を買い込んで迷宮へと向かった。



 *******



 ケヘラン冒険者ギルドの南東に出現した迷宮は 続々と人を集めている。人の往来が激しくなった迷宮付近の小さな村々では、住人たちがその対応に追われている。新たな商売を始める者は少数で、多くはよそ者を敬遠する。見慣れぬ荒っぽい冒険者達に話しかけるのは小さな子供達くらいで、それも大人にたしなめられて 遠くから興味深々の目を向けるに留まっている。


 数百年前に記された探索記録を最後に、ぱったりと現れなくなった迷宮。過去の探索記録はもはや古典で 解読できる者は限られている。これらの古文書は冒険者ギルドの共有知的財産として保管されていたり、国家の重要文献として国立図書館の機密書架で保管されているのが主だが、個人所有も稀にある。国の最高学府で日々解読されているとはいえ、あまり人気のない地味な学問である。とにかく研究費の予算が少ない。しかし迷宮の出現によって一躍 脚光を浴びることとなった。



 シルガが連れて来られたのは野営地だ。かなりの数のテントが張られた賑やかなそこは 元はただの野っ原だったが、爆増した冒険者が野宿しやすい場所に集まり自然とこうなったらしい。迷いなく進むグイーズについて行くのはいいとして、ごちゃごちゃ設営されたテントの間を縫って パーティーの野営場所へ一人で行けるかは謎だ。しばらく歩いてグイーズの野営地へ到着した。

 きょろきょろ周囲を見回しながらテントへ向かうグイーズにつられてシルガも視線を巡らせた。他の仲間を探しているようだがそれらしき人物は見当たらない。


「おーい!お前ら、準備できてる?」


 そう言いながらテントへ入るグイーズの背を見送ってシルガは入口に残った。テントの防音効果はなかなかで、中でなんとなく話し声がする程度しかわからない。ぼーっとしていると、中からやたらデカい男がヌッと顔を出しシルガに目を留めた。


「いやぁぁ~ん♡」


 甲高い声を上げた男(だと思う)は 大きな身体をくねらせて興奮気味にグイーズに詰め寄った。


「ねぇこのコ?このコでしょ?あんたが一目惚れしたっていうの」


「ああ、やぁっと落とせたぜ。3日間だけど」


「魔術師なんて大歓迎よ♡3日といわず好きなだけいて頂戴」


 バチンと音がしそうなウインクと一緒に右手が差し出されたので、シルガはそのまま握手を返した。


「あたしエルザ、よろしく」


「エルザックな」


「んもぅ……エ・ル・ザ! って呼んでね。槍使いよ♡うふ♡」


 横槍を入れるグイーズを肘で突いてじゃれる様子は親しい者同士の雰囲気だ。


「ピホポグラッチウォーリア2世だ。よろしく」


「長いわね、何て呼べばいいかしらん?ピポッチって呼んでいいかしら」


「いいな、それ」


 まさかそんないい感じに省略できるとは思わなかった。


「兄ちゃんさぁ…… まぁいいや。で……おい、サク!」


 グイーズの呼びかけと同時に物陰からスッと出てきた細身の青年は、素早くシルガの前に来ると一言。


「サークェン」


 そう言って差し出された右手を見て、短く言われた言葉が名前だと気付いた。


「ピホポグラッチウォーリア2世だ。ピポッチでいい」


「……っす」


「こいつ人見知り激しくてよ、これでも歓迎してんだぜ。遠距離担当で、使うのは主にクロスボウ」



 ひと通り挨拶を済ませ4人で迷宮へ向かう道すがら、グイーズとエルザがひたすら喋っていたことによると、今回の迷宮は地下へ潜るタイプのようだ。


「大昔に空まで聳える塔タイプも出てきたらしいのよん。そっちも気になるわぁ」


「3人は冒険者なんだろ?ギルドの文献を漁ってみたらいいんじゃないか?」


「いやぁぁ!頭痛くなっちゃう。実戦よぉ、体で知るのが一番よぉ」


「今んとこ最高踏破記録は地下8階層だってよ。俺達は子守で4階層までしかまともに探索してねぇんだわ。たまに5階まで下りたけど」


「へぇ……5階層か。生徒も結構優秀なんだな」


「まあたいしたことねぇわけよ、3階層までは」


「んーそうねぇ、4階層は格段に違うわ。獣も大型が多くなってくるし、なにより迷宮で野営しなきゃならないじゃない?慣れてないコはこの辺で振り落とされちゃうのよね」


「3日で何階層まで進むつもりなんだ?」


「あーそれな、10……いや12階層までは…… おいサク! いる?」


「……いる」


 ほとんど気配のしないサークェンに たまに声を掛けては付いてきているか確認しているのがちょっと微笑ましい。シルガはふと、グイーズという男は怪しい 絶対に近づくなと アスレイヤに言われていたことを思い出した。


(しまった、命令違反だ)


 バレたら怒りそうだが、シルガだけ先に迷宮に入ったことを知ったら激怒しそうだ。最近はカッとなって怒ることが少なくなり、当面の軌道修正目標である冷静な戦闘狂の狂戦士に近づきつつある気がする。


 シルガはなんとなく 出会って最初の頃のあの、ひどく冷たい目をしたアスレイヤを思った。処理できない程の あたたかい感情をシルガに持たせた少年は、子供とは思えない冷めた目をしていたはずなのだ。


(大切なものはつくらないと決めてたんだが)


 意思と情は御しがたい。

 アスレイヤが討伐遠征で成長する様子を傍で見れないことが シルガは少し寂しかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る