第8話

「今日は少し足を延ばして湖の奥にある森まで行こう」


 シルガはいつもより早い時間にアスレイヤを叩き起こして問答無用で身支度させた。向かい合って朝食をとる間、当然の抗議を受けた。


「昨日の夜に言えばよかったんだ」


「ゴメン忘れてた。今日からは少し難しい採取依頼を受けよう。毒とか胞子とか、大型昆虫の殻とか。楽しそうだろ」


「じゃ、剣を買いに行くんだな!」


「現状だと良いのは買えないので……俺の手持ちからあげるよ」


「手持ち?」


「ああ、趣味で作った試作品で悪いけど。湖に着いたら召喚するからちょっと待っててくれ」


「武器も作るのか」


「俺の鍛冶技術はあんまり……まあ、魔法で加工するから関係ないんだけどな。本当なら鍛冶屋に弟子入りしたかったところだ」


「ふーん……そうか、たの…、……。 貴様の腕前がどんなものか疑わしいが見るだけ見てやる!」


 普通に楽しみにしてくれてるとこ悪いが、あまり期待に沿えないだろう。という言葉は一旦止めてシルガは曖昧に微笑んだ。



 すっかりなじんでしまった冒険者ギルドエークハルク支部は相変わらず盛況だ。変わったことと言えば、いかついおっさんが増えたこと、受付のお姉さん――ジェネットさんと仲良くなったことだ。


「あっ、お待ちしてました。今日は早いですね!採取依頼ですか?」


「ああ、でも今日からは毒草類とかそういうのも見せてくれ」


「ありがとうございます!治癒薬もだけど、解毒剤とか熱さましとか……材料が足りないんですよぉ~助かります」


 ジェネットは これでもかという量の依頼書を出してきた。シルガがぼんやり見ていると、申し訳なさそうに眉を八の字に下げてしっかりと依頼書の束を渡した。シルガは依頼書の内容をざっと確認し、難易度が飛びぬけて高いものを弾いていく。


「だって、あんな大量に採集できて尚且つミスがないんですもん。アスレイヤ様、学院ですごく頑張ってるんですね」


「…………べつに」


「毎年この時期なら、討伐依頼で痛い目見た生徒さん達が採取依頼を争うように受けてくれるんですよ。でも今年の生徒さんはみんな迷宮に行っちゃったから……」


「なんだと?」


 あ、しまった。


「迷宮はEランクでは入れないはずだ。みんな迷宮探索に行っただと?」


「いえあの……ウォーハウンドをですね、倒したって生徒さん達が3人も一気にCランクまで上がっちゃったから……」


 Cランクの冒険者は迷宮の浅部に限りEランク冒険者を2人まで連れて行くことが出来る。Cランクに上がった生徒に対して学院が規制やらの対策を何もしていなければ、彼ら3人はEランクの生徒2人に加えて流しの傭兵として他の生徒をぞろぞろ連れて行けるというわけだ。その場合、流しの雇われ傭兵は何かあっても完全に自己責任になるのだが。


「道理で見ないと思ったら、そういうことか」


「じゃ、俺達はもう行くよ。しばらくはこういう系統の採取依頼をするつもりではいるけど、そっちの希望があればそれも受けるから良さげなのをまとめておいてくれたら助かる」


「はーい、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」




*******




「知ってたな」


 やはりこうなったか。

 あからさまに不機嫌なアスレイヤがジト目でシルガを睨んでいる。バレてしまっては仕方ない。


「グイーズって冒険者に偶々聞いただけだよ」


「……あのときウォーハウンドは6頭いた。そのうち3頭は逃げた3人を追いかけて行ったが、貴様が倒したんだろ?」


「ああ、3頭ね。でも雑にやったから素材としてはたいした値はつかないよ」


「ふん、そんなことだと思った。逃げ足の速い奴は動くのも速いんだな、覚えておく。無駄に行動力があって逞しいことだ」


「……つまり君は、俺が昼頃倒して放置したのを生徒達が虚偽の成果報告してランクを上げ、その日のうちに仲間を連れて迷宮探索を始めたって考えてるのか?」


 少年達がウォーハウンドと一緒に駆け出てきたあの森は、ケヘランとエークハルクから同程度の距離にあるので拠点を移してもおかしくはない。その日のうちにエークハルクから他の生徒をぞろぞろ連れて、迷宮をろくに事前調査もせずに探索し始めたのだとしたら、ずいぶん命知らずというか考えが足りないお馬鹿さん達だ。護衛の人も大変だろう。


「俺が生きてたらエークハルクで鉢合わせするからケヘランに移ったんだ。ケヘランならあいつの……クアトラードの権力下だ。ヘラヘラ良い気になって勇者気取りしてるんだろ」


「グイーズと会ったのはその次の日だよ。朝からエークハルクに来てたようだし、それだとあんまり速すぎないか?」


「だからだ!そのグイーズとかいう男、怪しい。不自然だ。いいか、そいつに絶対に近づくなよ!命令だからな!」


「わかった」


 アスレイヤの言葉に素直に頷いてこの話は切り上げた。

 心配しなくてもあれ以来グイーズを見かけることはなかった。それよりもシルガの気がかりは雑に倒した3頭のウォーハウンドだ。普段なら倒した獣の死骸はキッチリ始末するのが習慣になっているので放置するようなことはないが、あの時はアスレイヤに気をとられてスッカリ忘れていたのだ。どうでもよすぎることは忘れがちになる。それがまさか生徒の虚偽の成果報告に一役買うことになるとは。


(ギルドに学院の生徒がいたことをもっと考えておくべきだったな)


 虚偽報告で実力以上のランクになって手に余る依頼を受けた末に何かあった場合、それが成人だったら特に何もどうでも……自己責任で片付けられるが子供だと自分にも非があるような気がする。

 シルガは己の配慮の足りなさを反省した。


(ま、生徒達には護衛がついてるし。そこまで気に留めるようなことでもないか)


 ギルドと学院のシステムがどうなってるのかは知らないが、生徒は護衛が監督してるわけだから、虚偽の報告はすぐバレるしそれなりのペナルティもあるだろう。

 ということで、シルガは気がかりを生徒の護衛という存在にぶん投げた。



 湖に着いた二人はいつもの活動場所を素通りして更に奥へと進んだ。道中に薬草類が生えているのを気にしてアスレイヤの視線がちらちらと落ち着かない。


「帰りに少し採っていこうか。傷薬や治癒薬に必須の薬草だからな、きっとみんな喜ぶよ」


「だっ、誰が喜ぼうが知ったことか!」


 実際アスレイヤは優秀な生徒だった。

 剣術のことはシルガは不得手だが、3頭のウォーハウンドと対峙する胆力、1頭を無力化させた腕前は大したものだと思う。しかし、二人で採取依頼を受けた初めの数日間、彼が学院で何を学んでいたのかよくわからんな……とも思っていた。アスレイヤは身体に流れる魔力が一見少ないように感じるが、力強い魔力の持ち主で伸びしろがある。にも拘らず、彼は知識が不十分だし魔力の扱いもお粗末だ。けれどしっかり教えれば、初めは全く役に立たなかったのに今ではもう自分一人で薬草を採集できるし、大量のそれらを一度に鑑定することが出来る程には鑑定魔法も上達した。薬草採取の依頼なら彼一人で十分こなせるだろう。


 初めの頃こそ、討伐依頼を受けるためのアスレイヤ達の横柄さとそれを咎める大人の不在を ただの戦闘狂な領民性だと片付けていたが、それだけではないということがシルガにも理解できた。

 友達をぞろぞろ連れてギルドで尊大に振舞っても咎める者がいないことから、アスレイヤは身分が高く権力にモノを言わせるような家柄のご子息なのかもしれないが、彼が学院でどう過ごしてきたのか、取り巻きの子供達の彼への思惑だとか、彼がどういう存在なのか、なんてことはどうでもよかった。シルガにとってアスレイヤは、教えれば話をよく聞きよく努力し、感情の揺れが激しく、偶にひどく冷めてはいるが案外優しいところのある、素直で尊大な雇い主だ。


 はっきり言ってしまうと シルガは楽しんでいた。

 目に見えてめきめきと成長する様子を傍で眺めるのはとても楽しかった。それは魔道具作り――特に武器を魔法で加工し磨く楽しさと似ている。

 そういう個人的な楽しみもあって、シルガはあの剣を譲ることにした。



 湖の浅瀬を渡って細い木々の茂る林を更に奥に進むと、重なり合った岩壁に半円型に囲い込まれた閉塞感のある広場に出た。二人のほか誰もいないのでプライベートラグーンのようになっている。苔むした岩は滑りやすく、風の通りが悪いうえ薄暗い。しっとり水分を含んだ冷たい空気が時折生ぬるく頬をなでるのは、どこからか篭った空気が漏れ出し流れてくるからだろう。

 シルガは小枝を拾って魔力を流し、そこそこ平らな岩の上に召喚陣をざっと描いた。


「また貴様はそんな雑に……よくそれで召喚できるな」


 シルガが魔力を流すと周囲を白い光が包み、一瞬ひときわ強く光ってすぐに消えてしまった。思わず目を閉じたアスレイヤの目の前には、何の変哲もないシンプルな剣が一振り残されていた。


「ちょっとガッカリさせたかな」


 アスレイヤが何も言わないので、シルガはさくさく説明を始めた。


「この剣は精霊の力を借りて加護を付与しつつ魔法で鍛えたもので……持ち主と一緒に成長するんだ」


「ちょっと待て意味が分からない」


「ただ……相性があるんだ。精霊の力を借りて作ったから、この剣は精霊の個性を少し受け継いでしまった。君が剣に魔力を注いで反応すれば相性は悪くない、順調に上手くやっていけるだろう。もし反応しなくても使っていればそのうち馴染んでくるからそこまで問題ないけどね」


「…………」


「ひとつ心に留めておいてほしいのは、この剣の在り様が君の在り様に影響されるってことだ。この剣が君の何を基準にして成長するのかはわからないが……ま、育ててみてくれないか」


 持ち主と共に成長する剣、それはロマンだ。

 どれほど素晴らしい武器であろうと、使い手が強く気高い人間であってこそ、素晴らしい武器が素晴らしく在ることができるのだと。あの世界の自分が好んで読んでた漫画に描いてあった。


 つまりそういうことだ。

 シルガは自分で作っておきながらこの剣を育てることが出来ない――この剣を最強の最終形態まで仕上げることができないのである。

 そんなわけだからこの剣がシルガの構想通りに、持ち主と共に成長する剣としてきちんと出来上がってるか確認し様がない。おそらくそのように出来てるだろうが確証はない。


「まだ試作品だが、君に託せばきっといい感じに仕上げてくれると信じてる」


 そしてできればデータが欲しい。


「……返せと言われても返さないからな」


「心配しなくてもこの剣は君のものになった。俺がこの剣を勝手に召喚することはもう出来ないよ」


 そう言うとアスレイヤはぱっと花が咲くように笑った。


「ありがとう!」


 ――ああ、なんだ、やっぱり君はきちんとお礼が言える素直ないい子じゃないか。


 子供らしい華やかな笑顔がまぶしくてシルガは思わず目を細めた。

 それにしても、ようやく子供らしく笑ったと思えば武器を手に入れたから だとか、どこまでバトルジャ… 戦闘狂なんだろう。





「さて、武器はこれくらいにして午前中はここで座学だ。午後からは実際に採取するけどほんとに危険だからな。採取物と道具の取り扱いに関する注意事項は必ず覚えてくれ」


「わかった」


 アスレイヤが珍しく悪態もつかずに素直に言うことを聞いた。よほど嬉しかったのだろうか。

 何の変哲もない剣に文句を言われることを予想していたのに思いのほか気に入って貰えたことがシルガは嬉しかった。


(――あの世界の自分が食事を振舞うときもみんな笑顔になっていたな)


 シルガは唐突にそんなことを思い出した。

 同時に、ずしり……と、胸のあたりがきしんだ。曖昧だったものが少しずつ輪郭を持っていくような、奇妙な感覚だった。



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