第6話

 シルガがあたりを付けた方向から少年達が必死に駆けてくるのが見えた。


「君達… 」


「うわぁぁぁーーーーー!!!」


「ひいぃぃーーーーーー!!!」


「ひぇえぇぇーーーーー!!!」


 話しかけただけで逃げられてしまった。よくあることだが少し傷つく。


(フードがずれてたかな。まあ町の方へ行ったようだしいいか……)


 少年達の後ろ姿を見送ったシルガは一瞬で風魔法の展開式を構築すると、背後から土埃を上げて突進してきた獣を振り向きざまに切り裂いた。血を流して吹き飛ばされた獣の影から2頭目が跳ね出し首を狙って飛び掛かってくるのを躱すと、3頭目が土埃の中からシルガの死角を突いて襲いかかった。目の端で動きを捉えたシルガは、最初に発動した展開式を少し書き換え魔力を注いで爆発させた。

 もの凄い爆風が2頭の獣を吹き飛ばし地面に叩きつけ、木々の枝葉をむしり取った。土と砂が舞い上がり視界を塞ぐ中、シルガが風を圧縮し上空から一気に噴射すると、まるで質量を持った槍のように 鋭い武器となってシルガの周りに降り注ぎ地面を抉った。雑な魔法の使い方だ。

 どこかから獣の大きな唸り声がとどろき息絶えたのがわかる。あたりはしんと静まりかえった。

 土埃が落ち着くと徐々に視界が良くなった。シルガの周りに獣が3頭、血を流して横たわっている以外なにも異常はなさそうだ。3頭とも鋭い爪と巨大な牙を持ち、2メートルに届きそうな大きな身体をしている。


(ウォーハウンドじゃないか。こんなのを子供だけで討伐しようなんてどんだけ戦闘民族なんだよ)


 ウォーハウンドは普通なら5~6頭の群れで獲物を襲う狼系の獣で、大人4人以上で討伐にあたる。あの少年達は3人しかいなかったが、群れを分散させ 広いところにおびき出して戦うつもりだったのだろう。シルガは彼らの獲物を横取りした形になってしまったことを申し訳なく思った。


(まだほかにいるかもしれない)


 シルガは少年達が出てきた方を目指して駆け出した。

 冒険者は危険区域と一部の魔瘴地帯への立ち入りを許可されているが、登録したての14~5歳が入るのは推奨されない。魔瘴地帯と危険区域の手前には警告札が立てられ見回りの騎士が規則正しく巡回している。だがその程度では調子に乗った子供達への抑止力にはならないようだ。先程のウォーハウンドは森の深部の危険区域に棲む獣だ。森の浅部に出るような獣では物足りず、戦いに沸き踊る血を持て余し、危険区域の獣を狩りに行ったというところか。


(学院の冬期休暇が終わるまで引き籠っておこう)


 シルガは固く決意した。

 木々の間にでかでかと設置された危険区域の警告札を無視して更に奥へと踏み込むと、いっそう葉を茂らせた木々に日の光が遮られ 森は不穏な空気を醸している。鳥の鳴き声すら不気味に聞こえる。シルガは遠目に動く人影を捉えた。


(いた! ……って、一人!?)


 なんとその少年はたった一人で3頭のウォーハウンドと対峙しているのだ。そのうち1頭は怪我が酷くほとんど無力化させている。そして驚くべきことに、少年は素手だった。

 じりじりと間合いを詰める獣2頭の後ろで 怪我を負った1頭が注意深く少年の様子を探っている。少年は薄く防御壁を巡らせ木々を背後に取りながら、逃げ出すでもなく相手の懐に飛び込む隙を狙っているようだ。攻めの姿勢で戦おうとしているのだ。


「バーサーカーかよ!」


 シルガは思わず叫んでしまった。

 と同時に、今まで慎重に距離を取っていた2頭が後ろ足で地を蹴って少年に飛び掛かった。ビクリと反応した少年は何故か自分からウォーハウンドの方へと向かっていった。


「危ない!」


 剥き出しの牙が少年に届くギリギリのところで 鋭い風が獣の頭部を切り離し、胴体だけがその場に残された。シルガは少年が呆然としているうちに負傷している残りの1頭の止めも刺してしまった。ほとんど彼が倒していたのを横から入って始末したことについて何か文句を言われるかもしれないと思ったが、シルガが魔法を駆使して3頭を解体する様子を少年は突っ立ったまま無言で眺めていた。

 シルガは 少年が血まみれの身体をきれいにしようともせずじっとしているのに危機感を覚えて声をかけた。


「そのままだと獣が寄ってくる」


 血の匂いを纏って自分を囮に獣を集めるつもりだろうが、そんなことに巻き込まれたくない。近づいて有無を言わさず清浄魔法できれいにし、ついでに怪我も治してやった。よく見ればギルドで騒ぎを起こしていた少年の一人だ。艶やかな赤銅色の髪をキラキラさせて横柄な態度をとっていたのを思い出し、面倒事から早々に退散するべく諭した。


「この先は魔瘴が濃い。しかももう日が暮れる。……家に帰りなさい」


「いやだ」


 これだからバトルジャンキーは……

 知らずため息が漏れる。


「このまま一人で進むつもりか?……というか武器はどうしたんだ。まさか武器が素手、とか」


 己の肉体のみを武器とする系の……。


「そんなわけがあるか。剣を払いのけられてなくした。だから貴様を雇ってやる!」


「結構だ」


 踵を返して去ろうとするシルガを少年の必死な声が引き留めた。


「ま、待て!置いて行くつもりか?俺が誰だかわかってるのか?アスレイヤ・エインダールだぞ!」


 あまりに必死な様子にシルガはふと思った。


(年相応に怖がってるだけな気もする)


「そういえば……震えてるな。怖いんなら町まで送って行くが」


「なっ、誰が怖いだと!?こ、これは怒りで震えてるんだ、バカにするな!それに……あっ、そうだ、俺の獲物を横取りした!そのことで激怒している!」


 やはりただのバトルジャンキーだったようだ。


「1頭は君の成果だ。ギルドで売るなり好きにしたらいい。あとの2頭も俺はいらないから君が持って行ってもいいよ」


「べ、べつに貴様に手助けされなくても俺は止めを刺せたんだ!しかも手柄を俺に譲るなんてバカにするのも大概にしろ、不快だ!」


「バカにしてるわけじゃない。俺は冒険者じゃないし身分登録するつもりもないただの身元不詳の魔術師なんだ。だからそんなもの持って行って得られる成果は危険区域での違法狩猟がバレる面倒事だけだ」


 戦闘に割って入られたのが気に障ったらしい。全く面倒なことである。

 少年は少し考えて言った。


「それならやはり俺が貴様を雇ってやる。俺が依頼を受けて素材を卸し、分け前を寄越す。悪くないだろう、有難く思え」


 悪くないが良くもない。はっきり言うとどうでもいい。


「そういえば友達はどうしたんだ?ギルドで騒ぎを起こしていた時は何人かいただろう。……置いて行かれたのか?」


「足手まといだから追い出した!お、置いて行かれたわけじゃないからな!俺は…… あんな奴ら、いるだけ邪魔だ!」


「酷い言われようだ」


 ここに来る途中ですれ違った3人がたぶんそれだろう。それにしてもこの少年はあまりに戦いに命を燃やしすぎやしないか。足手まといを叩き出して一人 危険区域に進み、剣を失ってなお素手で敵と対峙し、自ら敵の懐へ飛び込む攻めの姿勢を崩さない。獲物を求めて自分の身すら囮に使う。シルガは少し……いや、かなり心配になった。


「……薬草採集くらいなら雇われてもいい」


「決まりだ!貴様は俺が流しで雇うんだからな、ほかの奴について行くんじゃないぞ」


「とにかく家に帰れ」


「家には帰らない。第一、遠すぎる」


「それなら宿は取ってるな。今日はもうこれでおしまいだ」


「宿……? 俺は取ってないが、そういうのは勝手に用意されてるものだ」


「………………」


 少年の答えはシルガの意識を遠のかせるのに十分なものだった。




********




「やあ、おはよう、魔術師殿」


「……おはよう」


 再び白狸亭である。

 シルガは店主が淹れてくれた熱いお茶で一息つくと、昨夜の苦労を思い出してため息がもれた。


「坊やずいぶん懐いたね」


「貴族の普通はあれなのか?」


「学院でそういうの、いくらか矯正されるんだけどね。坊やは全然だめ」


「有名な問題児なんだな」


「残念ながら。……でもま、少しは懲りたでしょう」


 雇われたのは早まったかもしれない。だがあんな狂戦士じみた戦い方をする彼を一人放り出すのは気が咎めた。


「坊やのこと、何も聞かないのかね」


「俺のことを聞かれても、何も答えないぞ」


 店主は肩をすくめて店の奥へ引っ込んだ。

 しばらくすると少年が階段を降りてきた。


「おはよう」


「…………うむ」


 挨拶にあまり馴染みのないシルガでもわかる。


「おはよう、だろ」


「なんだ偉そうに!俺は雇い主だ」


「雇い主なら上司らしく挨拶くらいきちんとしろよ。しかもボタン……」


 シルガは少年の傍に寄って掛け違ったボタンを直してやった。


「間抜けな上司様だ」


「…… おはよう」


 ぶすくれた顔で偉そうに挨拶する少年はなんとなく愛嬌がある。


「はは! 課長、今日の予定は?」


「カチョーとは何のことだ、アスレイヤだ。いい加減貴様も名乗ったらどうなんだ」


「そんなに知りたいか?」


「べ、べつに貴様のことなんか全然興味ない!貴様の無礼が許せないだけだ!知りたいとかでは全くない!」


 正直、自分でも無礼だとは思っている。だからいつも他人の名前を聞かないようにしているのだ。適当に自称する名を考えてもいいが、呼ばれることでその名に力が宿るのはとても都合が悪い。


「君に雇われる冬期休暇の間だけ、すきなように呼んでくれ」


「ふん、後悔するなよ。貴様なんかピホポグラッチウォーリア2世だ、どうだ!」


「それじゃアスレイヤ・エインダール、俺はピホポグラッチウォーリア2世。改めてよろしく」


 シルガとアスレイヤの周りを淡い光が包み、二人の手の甲に契約印が刻まれた。冬期休暇中の雇用契約――主従契約が正式に成立したのである。


「えっ……  何故……?」


 アスレイヤは信じ難いものを見たように愕然としてシルガを凝視した。


「流しの雇われ傭兵は、たまに雇い主を裏切って命を奪ったり貴重品を持ち逃げしたりするやつがいるんだ。他を雇うときは気をつけるんだぞ。俺はそんなことしないが、きちんとした強制力のある証文を作っておくべきだろう」


「な、なっ、な……、   先に言え!!!」


「流しで雇うって言ったのは君だ。そういう奴がいることくらい……」


「そうじゃない、契約印のことだ!そんなバカみたいな名前でいいのか貴様は!」


「呼ぶ方は大変だろうな」


「……貴様と話すと、すごく疲れる……」


 君に言われたくないんだが。という言葉を大人の余裕で飲み込んだ。

 正式に契約を交わした以上は責任持って取り組まねばならない。彼の冬期休暇の間、主から名を賜った従たるピホポグラッチウォーリア2世は、主たる雇用主アスレイヤ・エインダールの生命を第一に誠心誠意仕え、主の無茶苦茶な戦闘、無闇に危険に身を投じる悪癖を可能な限りなだめ諫める。普通の金銭感覚を覚えさせ、ついでに身の回りのことも自分で出来るようになってもらおう。ギルドの依頼を受けた成果報酬と 過程で得た素材を卸した金から経費を引いて折半。割に合わない雇用契約だ。






 冒険者ギルド エークハルク支部は本日も盛況だった。


 ギルドに入ると賑わいが一瞬静まり、冒険者達は様々な視線を二人に向けた。これほどの注目の的になるのは教祖やってたとき以来だと シルガはげんなりして好奇の視線を無視した。遠巻きに様子を伺うだけで何か言うでもなく、ほとんど腫れ物に触るような扱いだ。アスレイヤはそれに気付いているのかいないのか、気にもとめずにつかつかと受付に進むと相変わらずの横柄さで言った。


「討伐依頼を見せろ」


「待った」


 シルガはすかさず割って入った。少年の胸くらいの高さがあるカウンターに 受付員から遮るようにして身を乗り出し頬杖をつき、目線を少年に合わせて続けた。


「俺は一般的な普通の人なんだ。討伐遠征になんてついていけない。君はバトルジャンキーだからいいかもしれないが、俺には無理だ」


「誰がバトルジャンキーだ!」


「そうだな。ジャンキー呼ばわりしてすまない。戦闘狂と改める」


「わざとなのかそれは」


「とにかく、薬草採集なら雇われるって言っただろ。薬草採集でなければ行かないぞ」


「それなら討伐と薬草採取、両方行けば文句ないな」


 討伐依頼を取り次ぐために無理矢理シルガを押しやろうとする少年の前に、更に身を乗り出して体重をかけ意地になって抵抗した。


「俺は君みたいな戦闘狂じゃない。戦闘狂と討伐遠征なんて絶対嫌だ、お断りだ。とにかく討伐は い や だ !薬草採集じゃなきゃいーーやーーだーー!」


「子供か!」


「大人なら分別を持って契約に従おう」


「くっ、この……チッ、 おい、そっちの薬草採取の依頼をよこせ!」


 受付員はこれでもかという量の依頼書を出してきた。

 シルガは渡された依頼書の束一枚一枚にざっと目を通しながら、怒りで顔を赤くしているアスレイヤをなだめた。


「数こなせば冒険者ランクもすぐに上がるよ、討伐はそれからにしよう。無理にわがままを通して受付の人に迷惑をかけては、戦いがいのあるいい獲物を紹介してもらえなくなるぞ」


「……俺がバトルジャンキーのていで話を進めるのはやめろ」


「そうだ、何故ウォーハウンドの討伐報告をしないんだ?あの実績があれば一気にランクが上がるぞ」


「あ、あれは、貴様が余計なことをしたからだ!あんなけちのついた成果報告なんかこっちから願い下げだ!すぐにもっと華々しい戦果を挙げてやる」


 さすがは性根から戦いを好むベルメロワの貴族だ。アスレイヤは小細工を嫌い正面からガチで戦う後退知らずの狂戦士の素質があるらしい。


「さっさと行くぞ」


 目的地はエークハルクとルーンシェッド大森林の間にある小さな湖だ。

 シルガから依頼書を取り上げて早足で前を行くアスレイヤの後をおとなしくついて行った。




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