引き籠りたい魔術師殿はそうもいかないかもしれない

いろり

一章

プロローグ

 その季節になると、誰もがどことなく楽し気に 普段より忙しく動き出し、周囲はゆるく熱気を持ち始める。今よりも少し良い未来への期待がそうさせるのかもしれない。俺のいた施設も例外ではなかった。


 たいしたものでないことはわかってはいたが、難しそうな顔で書類を眺める大人達を見ると子供たちはソワソワしだした。例のごとくノートとエンピツをプレゼントされるわけだが これらが勉強のために使われることは残念ながらほとんどなかった。

俺の場合、このノートはレシピ集に成長した。バターとか生クリームとか、そんなものをぜいたくに使って あの甘い菓子が出来上がるなんて夢のような話だ。といってもそこまで味にこだわりがあるわけではなく基本的に食べられれば十分に満足だ。いつも見るだけで素通りする立派な肉が聞いたこともないハーブや酒やらで料理され、ごちそうが食卓に並ぶ。その様子を想像するのが単純に楽しかったのだ。

 施設を出てすぐに就職した。

 手に職つけるために経験不問の町工場でお世話になった。出来なかったことが出来るようになるのは楽しかったし、周りの人はかわいがってくれた。




*****




 刺すような寒さに我慢出来なくなったので、起きて火をおこすことにした。

 いや、寒いと思ってはいたんだ。起き上がるのが面倒でうつらうつらと夢を見ていた。あわよくばそのまま寝入ってしまおうというもくろみは潰えた。寒すぎる。

 のそのそとベッドから這い出し、積んでおいた薪をつかんでふと思案する。


―― 魔法で暖かくしようか……


 この世界には魔法が存在する。あまりに身近なものなので それが存在しない世界があることに驚いたものだ。つい先刻の夢はまさにそんな世界だ。夢というのは正確ではなく、記憶と説明する方が正しい。あの意識と経験は俺のものではないのだが、俺のものでもある。俺の魂が辿ってきた軌跡を夢を介して追体験しているのだから。


 お湯をわかすために薪を使うことにした。簡単な魔法で種火を作り、あとは燃えるに任せる。パチパチと薪がはぜる音を聞きながらぼんやりと火をながめた。


(みんな、いい人達だった)


 どうにかして子供たち全員にプレゼントを用意しようと腐心してくれた施設の人達、仕事を教えてくれた先輩達。あの世界の俺は周囲の人達に恵まれていたように思う。正直なところ、この記憶のおかげで俺は真っ当…とはいい難いがそこそこ腐らずに生きてこられたのだ。


 何故こんな記憶があるのか?

 俺には魔法の才能があった。魔法に関する知識から行使まで面白いくらいに理解吸収し実行できた。しかし俺は魔道具を作りたかったのだ。簡単に言うと便利グッズ、あの世界でいうところの家電。俺は独りで快適な生活をしたいがために魔道具がほしかった。だが俺には技術が足りない。正確にモノを作る技術が。

 そんなわけで、モノ作りの才能を持つ自分の魂を探し出し、今の自分の魂に混ぜ込んでしまえば無問題……なんて軽い思い付きを実行した結果、俺は俺という存在の自我――俺と俺の彼我の境界を見失いつつある。

 あの世界の自分の名前や親しかった人の名前を思い出せないのは俺にとって幸いなことだ。それを思い出してしまえば俺の意識は完全に あの世界の自分のものになるだろう。俺は名前を持たない。親しい人もいないから消えるのは容易い。

 モノ作りの才能をもつ俺の記憶は22歳で途切れている。気の毒なことに、死んだのだろう。

 あの世界の俺が、この世界で生きて何かしたいと強く望むなら俺は 消えても特に問題ない気もした。


(そうだ、――アイスクリーム作ろう)


 置いておけばちゃんと固まりそうな程に外はキンキンに冷えている。

すっかり目が覚めてしまったので ひまつぶしに作業することにした。途中で寝落ちしてもカチカチのアイスが出来るだけだし。氷結魔法と風魔法を使えばすぐに出来上がるのだけれど、魔法を使うのはどうもダルかった。


(アイスクリーム製造機を作るほどではないんだよな)


 なんというか、どうでもいいんだ。

 今まさに、独りで、快適に、生活している。

 あの世界の俺が憧れ、夢のようだと言ったいろいろなものを ひと通り作ってみたのだが、モノが出来たという事実だけがそこにあった。それだけだ。

 あの魂は俺で、たまに俺がどちらの俺なのかわからなくなることがあっても、この一点において決定的に違っていた。


 金属製の器にアイスクリームの液を流し入れ、ふたをして外に放置する。端が固まってきたら混ぜる。これを4、5回くり返せばいい。


「寒……」


 思わずかすれた声が出た。さっきまでこの寒さを火も焚かずにやりすごそうとしていたのだ。愚かな。

 窓を閉めようとしたとき、俺の周りに光の粒が集まってきた。


――― シルガ、くる


 精霊だ。シルガというのは ずっと昔、精霊と契約するために幼い俺が自称した名前の略称で、精霊だけがその名で俺を呼ぶ。当時はカッコイイ名前だと思ってたんだけど、もし他人に知られたら ちょっと変な汗が出ると思う。


――― なかま、たすけて


(珍しいこともあるもんだ)


 仲間ねぇ…… 精霊の仲間とは何だろう。知性のある獣だろうか。

 じっと目を凝らして木々の間を見るが何の気配もない。怪我をしているなら魔法か魔道具で治癒することになるかもしれない。一番いいのは自己治癒力で傷が癒えるまで世話をする方法だが、傷の程度にもよる。

 部屋の明かりを全部つけて準備を始めたところで轟音が響いた。何かが落ちてきたのだろう。そのすぐあとに 翼のある生き物が着地する音と人の足音。直後、玄関の扉は慌ただしく音を立て 人の来訪を告げた。



「夜分に悪いが、中に入れてもらえないか。怪我人がいるんだ」



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