第15話 呪われた村

 不意にインターホンが鳴った。一瞬、音に反応したが、松宮は気にせず話を続けた。

「——というわけで、好奇心を少しでも満たそうと部屋を漁っていたんだよ」

「は?」

「斗南氏、結局エロ本はどこに隠してあるんだ?」

 ぶっ、と斗南は吹き出した。「な、な、何を言ってるんですか? 『結局』って意味わからない、そんなもの無いですよ」


「健康な男子高校生とは思えない発言だな。ま、君にはパソコンがあるのか、腕前はハッカー並みだものな。ネタには事欠かないか」

(……はあ、本当にこの人は……カッコいいことを言ったかと思えば、こんなことを言う……)

 斗南は黙秘した。


 長い沈黙のあと、松宮がさきほどインターホンが鳴ったことを口にする。斗南が父親が帰ってきたんだろうと伝えると、すっくと松宮は立ち上がった。


 机の置き時計は午後八時を過ぎている。

 それを確認し、仮眠を取る前に一つやっておこうと松宮が斗南を立たせ、部屋のドアへと押しやった。

「な、なんですか?」困惑する斗南に「君のお父さんに、もう一度廃村のことを聞くんだ」と松宮がけしかけた。


「ああ、そうですね。でももう風呂に入っちゃったんじゃないかな。父さんは帰ったらすぐに風呂に入るんですよ」

 言いながらドアを開けると、廊下の階段手前に、忍び足で近づいて来ていたお父さんがいた……。

「あ、いくと。ただいま……これは違うぞ。母さんがな……母さんが、お前が友達を連れて来ているって言うからな、挨拶でもしようか、とな……」



「お邪魔しております。天高高等学校三年、松宮愛美と申します」

 斗南家のリビングのソファに座り、深々と挨拶をした。

 松宮と対面している斗南の父親は戸惑いながら返事を返す。よほど、息子が女友達を連れて来たことが珍しいのだろう。


 少しの沈黙を斗南の母親がやぶる。

「酷かったのよ、いくとが帰って来た時。映画の撮影のメイクだかで、もうぐちゃぐちゃでビシャビシャ。夕飯も食べずにこのあとまた撮影なんだって」

「え? このあと?」

 その父親の言葉に斗南が「あ、それは」と反応するが、松宮が早い。

「迎えの車が来ることになっていて、同じ三年の豪切家に集合する予定です。私たちアニメ部最後の自主映画を撮影するのに、どうしても今日しか日が合わず、いくとくんにも参加してもらえたらと思いまして」


「んん、まあうちのは男だからね、それはかまわないが——」

 父親が話し終わる直前に「ありがとうございます」と松宮は言い、「つきましては、いくとくんからお聞きになったかと思いますが、廃村について教えていただけないでしょうか」


 廃村と聞き父親の顔色が変わる。

「んー……」父親は腕を組み、ソファに深々と座り直した。


 沈黙に耐えられないのか、再び母親が口を開いた。

「豪切さんて、あの大きな神社の娘さんよね?」

「え? そうだけど」と斗南。

「じゃあもしかして松宮さんて、いくとがよく話す学校一の天才って言われているかしら?」

 間髪を入れずに「はい。私がその松宮愛美で、いくとくんとおつき合いしています」と言い切った。

 言い切り、眼鏡を指で押し上げた。


 ぶーっと斗南は吹き出した。「ちょっちょちょちょちょっと先輩?」

「いや、そうなのか、いくと。いやあ、私はてっきり幼なじみの……いや、こんな素敵な彼女がいたとは思わなかった」

 父親はかなり動揺している。

 あら、あら、あらと母親も落ち着かず台所へ入った。


「いやあ、そうか……んーそうかそうか。まあ、廃村については大して聞かされてはいないんだけど、あまり良い話ではないんだ」

 そう前置きをして父親は顔を上げた。


 ぽつりぽつりと、むかし聞かされたという『呪われた村』の話を語り始めた——。




 ——話を終えて二人は部屋に戻ると、斗南は机に携帯を置き充電をして、椅子に座るなりパソコンを立ち上げた。


「そのパソコン、見たことないな」

「自作です」

 ふーん、と興味なさげに相槌を打った松宮は、斗南の携帯を見るなり「うはー、いつ見てもビックリするほど小さいな、このスマホ、まさに手のひらサイズだな」


「いつ見ても、って見るたびに大きさが変わってたらそれこそビックリですよ。電話とアプリが使えればいいんです。必要ならタブレットやモニターに映せばいいし、容量はデカいんですよ、こいつ」

 パソコンのモニターから視線を外すことなく斗南は言った。

 松宮は、その斗南の横顔を確認し、なんだか様子がおかしいな、と眉を八の字にした。


「じゃあ、メールはどうする? そんな小さな——」

「受信も送信も音声です」

「……ああ、そう。もうすぐ二十時半になってしまうぞ。仮眠をとったほうがいいんじゃないか」

 言葉を遮られた松宮は、不機嫌そうに話しを変えた。


「先輩がベッドを使ってください。僕はもう少しネットで〇〇県の廃村を調べてみます」

 松宮は小さくため息をつき、脱いだブレザーとカーディガンを椅子の背もたれに掛けた。

「いいのか? 汚れてしまうぞ」

「いいですよ」と斗南は返した。


 松宮はベッドに座ると両手を頭の後ろにまわし、伸びをしながら仰向けになって「廃村は私も調べたよ。結構あるんだが、お父さんが言った名前の村はなかったよ。場所に関係するようなことを知っていれば助かったんだがな……それより、なんで不機嫌なんだ?」


「別に、不機嫌じゃないですけど……」とは言ったが、すぐに斗南は振り返った。

「あの、あれですよ、あの嘘は何だったんですか? 突然『おつき合いしてる』って。めちゃくちゃビックリしたんですから」


「——! ぷふー」つっこんできた斗南に、おもわず吹き出し、笑いながら半身を起こした。

「なんだなんだ、それでむすっとしていたのか」

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