第2話 悪夢
「そんな事、出来るんすか?」
目を丸くして真泊が言った。
「退行催眠ってやつか? そんなものより、この私が『眠りの科学』について説明しようか」
そう言った松宮を、「いやぁ松宮ちゃん、とりあえず見てみようや、面白そうだ。輪になりゃいいんだな」と同家が止めた。
普段、みんなの雑談にほとんど加わることのない蔵橋も、携帯をしまって伊予乃の隣に並んだ。
「では斗南殿、そのまま座っていて。力を抜いてゆっくりと……目を閉じて」
うながされるままに、斗南は目を閉じた……。
斗南を囲む全員の顔には、それぞれ興味と疑心と不安が出ている。
「はっはーべつに怖い事をするわけではないのよ」
そう言って豪切は左手を斗南の胸に、右手は額にかざして続ける「どうかしら? 何か感じる? 肌がピリピリとしたり、温度の変化だったり」
「……はい。胸の辺りと頭が、少し温かいです」
「君はこれから深い眠りに落ちる——でも、すぐに夢が浅い眠りへと引き戻す。夢が、君に訴えかけてくる——」
(夢の方からアクセスしてくると? 意味が分からない。あり得ないだろう)松宮の眼鏡の奥の、いぶかしそうな目が訴えている。
ビクンと斗南の体が小さく動いた。早くも眠りについたようだ。眠りを妨げぬように、ボソリボソリと会話が始まる。
「もう寝た? すごいな。豪切ちゃん、催眠術も出来るのかよ」と同家。
「はっ、そんなすごいものではない。頭の中心に『力』を送り、覚醒状態から睡眠状態へスイッチを切り替えるだけ」
「いや、何すかそれ? スイッチって、催眠術より凄くないすか?」
「『力』というのはよく分からないが、豪切氏の言う頭の中心というのが
驚いている真泊に、松宮が答えた。
「凄いっすね。豪切先輩がそんなこと出来るなんて初めて聞きました」
「はっはー、むずかしいことは分からないけれど、ただこうすれば早めに眠らせることができる。そんなことを——」キリッとした太い眉の下の、切れ長の目で真泊を見据え「——自慢げに話すことでもないでしょう」と、ニヤリとする。
「そ、そっすね」
鼻すじの通った、凛としたその顔をまともに見た真泊は、癖なのか、照れくさそうに左耳をいじった。
「何か……言ってますよ、斗南くん」
これまで一言も話していなかった蔵橋がポツリと言った。
しん……と部室内が静まりかえる。
「……あ、ああ……せ……だせ」斗南は目を閉じたまま表情を曇らせてなにかを言っている。
突然、「あああああ、きさまら! 出せ! ここからぁ、うぎあああ」叫びだし、ガタガタと体を揺らし始めた。
「ああ、いくと! いくと?」
全員が驚き後ずさるなか、躊躇せず伊予乃が駆け寄った。しかし、それを豪切が右手で遮る。
「待って伊予乃殿、まずは夢の内容を聞き出すのよ」
「でも——」と言いかけたと同時に斗南が目を開き、まるで落ち着きを取り戻したかのように話し出した。「見つけた。やっと——」
そう言った口からは白いモヤのようなものが漏れ出ていた。
「え? 斗南殿……?」
「見つけた!」
パン! 斗南の叫びと同時に豪切が手を叩いた。
突然の音に伊予乃が肩をすくめる。
「どうしたっていうんだ? 豪切氏」
「斗南殿、目を覚まして。目を……覚ませ」
は……と、目を開いてはいるが、まだ、ぼうっと斗南の視線は中空をさまよっている。しばらくして意識は戻ったようで、ようやく「大丈夫です」とうなずいた。
「……で、どうなったんだ? 豪切氏。なにがなんだか——」
ふいに、松宮の声をかき消し、教室の扉が音を立てて開いた。アニメ部顧問の
「おーいお前ら、まだ居たのか? 何時だと思ってるんだ、さっさと帰れよぉ」
でかい手をパンパンと叩きながら下校を促している。
「……仕方がない。ではみな、帰りましょう」豪切の言葉に、全員が無言で帰り支度を始めた。
同じクラスの松宮と豪切は荷物を取りに教室に戻り、校舎を出たのだが、校門を出たところで他の五人が待っていた。
「どうしたみんな、まだ帰ってないのか」
そう言った松宮に同家が口を開く。
「いや、すんなり帰れないだろ。結局、何か分かったのか?」
「いえ、詳しくは分からなかったけれど、これは、もしかしたら霊障の可能性がある……」と豪切。
「霊障? もしかしたら? どうにも頼りないな。斗南氏の悪夢が、よりにもよって、霊って……」
言いながら松宮は首を振った。
「それを、明日もう一度確かめたいのだけれど、いいかしら? 斗南殿」
心配そうに見つめる伊予乃に、大丈夫、と軽く手をあげて「はい。僕も、これが何なのか知りたいので構いませんが、一つ分かったことがあります。あの夢、僕は誰かの目を通して見ているみたいなんです。夢じゃなく……現実のような。あと、さらに別の意識のような……うまく言えないですが」
全員、斗南の言葉にビクリと反応した。
「誰かとは……少女か?」と松宮。
「え? 少女? それは分かりませんが、そうですね、姿を見たとか声を聞いたとかじゃないんですが、なんとなく女性だと思うんです、僕、何か言ってましたか?」
「ん……ああ……」松宮はそれ以上言葉が出なかった。他の者達も同様に、どう説明すればいいのか分からず口をつぐんでいた。
斗南が目覚める前に口にした『見つけた!』と言った時の声が、明らかに斗南のものではなかったから。
それは間違いなく少女の声だった。
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