怨念遺伝

FUJIHIROSHI

第1話 起り

 暗い——。

 真っ暗で何も見えない。四方八方、周りは木でできた壁のようだった。

 この夢の中で斗南となみいくとは毎回、暗く、せまく、閉ざされた空間で横たわっていた。


 泣き叫び、助けを呼ぼうとしても声が出ない。ほとんど身動きが取れず、胸は締め付けられ、心臓が激しく脈打つ、頭がおかしくなりそうなほどの恐怖のなか目が覚める。


 一番記憶に残っているのは、目覚める直前に湧き上がる——憎悪だ。




「へぇ……で、斗南氏は何でまた急にそんな夢の話を?」

 左手中指で、ふちなし眼鏡の鼻当てをくいっとあげて、興味津々と、くりっとした丸い目を輝かせて松宮愛美まつみやまなびは座る姿勢を正した。


 斗南がこの悪夢を初めて見たのは幼少期で、何度か見てはいたようだったがはっきりとは覚えておらず、いつのまにか見なくなっていた。

 再び見始めたのは高校に入ってすぐだった。

 それからというもの、週に一、二度は見るようになり、二年生になった今では毎日のようにこの悪夢にうなされて起きるようになっていた。

 目を覚ませばすぐに落ち着きをとり戻すことができ、たいして苦にはしていなかったものの、同じ夢を何度も見る異常さに不安はあった。


 この夢には何か意味があるんだろうか? と。


「ああ、なるほど。その夢について、この私の科学的見地と、オカルトの両面から意見を聞きたい、と。そういうことらしいぞ、豪切氏」

 松宮が茶化すように笑い、座ったまま上体を反らして言い放つ。すぐ後ろに座っていた豪切さざめが不敵な笑みを浮かべて口をひらいた。


「はっは〜松宮殿! そのオカルトとか言うのはやめてくれないかしら。我が、六魂神道ろくだましんとうを馬鹿にされているようで、非常に不愉快よ」

「ろくでなしん党? そいつはまた困った集団だな」


 「ほう」と豪切は自身の肩にかかる黒髪を右手で払い、立ち上がった。

 切れ長の細い目がさらに細くなった。


 放課後のアニメ部部室に緊張がはしる。この三年生女子二人は普段は仲がいいのだが、それぞれの分野に関しては相容あいいれない。



 ここ、天高あまたか高等学校始まって以来の天才とうたわれる松宮は首も細く、華奢な体型でありながら気は強い。というよりも、芯が強く『自分』と『自信』を持っている化学の信奉者しんぽうしゃだ。何故か敬称に『氏』を付ける。


 一方、豪切は神社の家系のようで自身も巫女みこであり、スラリとした長身からは想像できないほど武勇に優れているらしい。何故か敬称に『殿』を付ける。


 『変わり者』なところが似ている二人だが事あるごとにぶつかり合う。斗南は余計なことを言ってしまったかと青ざめたが、

「あー、そういえば先輩方、昨日の展開どうだったすか? 自分はあれ、次女とくっつくものだと思ってたんすけど」

 豪切のいきどおりに、油を注ごうとしている松宮の言葉を遮り、真泊真まとまりまことが昨夜のアニメの話を始めた。


「え? それはないだろう。やはり、最終的には長女だ」

「はっはー確かに、わたしもそう思うわ。松宮殿の言う通りね」

 たやすく二人は乗ってきた。


 真泊は部に入ってまもない一年生でありながら、この三年生二人の扱いがうまかった。物腰が柔らかく、可愛い系の小顔ながら格闘技マニアで腕っぷしが強いらしく、堂々としている。

 このアニメ部の部長になって、僕ら六人をまとめてほしいくらいだ。と、斗南も一目置いている。


「どうなるのか、毎回ドキドキです。結末を早く知りたい、でも、それを知ったとき物語は終わってしまうんですよね。私は『ハシビロコウ意外にすばやい』が終わってしまったのが悲しいです」

「俺もそう思う、わかってるねぇ、伊予乃いよのちゃん。『ハシビロ』といい、『ウンノナイオンナ』といい、面白いアニメが次々と終わっちまったからなぁ」

 斗南の幼なじみの伊予乃まちかと、めずらしくアニメ部に顔を出していたホラーマニアの三年生、同家一途どうけいっとも加わってきた。


「冬アニメに期待です。ね、蔵橋くん」

 そう言いながら伊予乃が左手で蔵橋の背中をポンと押す。その振りに、斗南と同じクラスの蔵橋弘一くらはしひろいちが「そうだね」とボソリと言って、すぐに携帯に目を戻した。小さな画面にはアニメ映像が流れている。



 漫画を描くでもなく、アニメを作るでもないアニメ部は、今ではサブカル系な人間の溜まり場のようだが、それなりに毎日ワイワイと仲良くやっている。


(さて、それはいいとして……)豪切は考えていた。(確かに斗南殿の体にまとわり付いている空気が、今までのそれとは違うように感じる……夢を見ている場に立ち会えれば、何か分かるとは思うのだけれど──)

「斗南殿、その夢の話し、幼い頃にも見ていたらしいけれど、今のものと全く同じものなのかしら?」

「細かいところまでは覚えてないんですが同じだと思うんですけど、わけが分からなくて」


「ん〜さっきから何々? 夢がどうしたって?」

「あ、同家先輩それ、いくとの夢の話ですよ。小学生の頃よく見ていた怖い夢の話。いつも『また見た〜』って涙目で話してたもんね」

「そうだっけ? そんなことないだろ、マチは大袈裟なんだよ。泣いてないし」

「ほおお、面白そうじゃないの、斗南ちゃん! それってホラーじゃないの? 俺もこの前見たんだよ。何故か芸能人の大御所の家にいてさ、そこに何故かトラが侵入して来るんだよ。で、知らないおっさん達と逃げる、みたいな。まあ、夢なんてわけ分からないもんだよ」


「まあまあ、同家殿、百聞は一見に如かず。ここで少し調べてみましょう、斗南殿の夢というのを。みな、斗南殿を囲うように輪になってもらえる?」

「なんだ? 豪切氏、交霊会でも始める気か?」

 松宮がショートボブの黒髪をかきあげながら言う。


「はっは。まだ霊との関わりは分からないけれど、夢の内容を話してもらうのよ。もちろん斗南殿に『夢』を見てもらいながらね」

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