頼み事

「思い出したというか、そうだな……思いついたよ」

「何を……?」

 どういうわけだか、私の口は会話する。

「いや、ね。北沢さんにちょっと、お願いできないかなと思ってね」

「お願い?」

「ああ。実は二年前にも、お守りを渡した生徒がいてね。一年後に返してほしいって言ってあったんだけど、未だに返してもらってなくて。それを、もらってきてくれないかな、と」

 なんだ。そんなこと。

「どうかな。頼まれてくれると嬉しいんだけど」

 断らせてくれるようには思えない。だけど、それほど大変なようにも思えない。だから、何か裏があるようにしか思えない。はい、と言いそうになって息を止めると、深澤先生が緩慢な動きで座りなおした。

「効いたよね、お守り」

 ぞわり、と背筋が波を打つ。お礼をしろということか。

 私の思考を否定するかのように、言葉は続く。

「だから、返すのが惜しいっていうのは分からなくもないんだけど」

「返したら、どうなるんですか」

 ふふっ、と深澤先生は柔らかく笑った。

「友達、できた?」

「はい」

「それは、お守りを返したからってなくなることはないよ」

 だから、大丈夫。

 私がそう思ったのか、先生がそう言ったのか。去年流行ったJ-popを吹奏楽部が演奏し始めたせいで、それはよく分からなくなった。

 三年生ですかと私が聞くと、深澤先生はその意図がすぐに分かったようで、そうそうと頷いた。

「三年生の、室町唯子って子なんだけど、ちょっと頼まれてくれないかな」

「一応、返してもらえるようにしようとは思いますけど」

「ああ、それで十分だよ。だめだったとしても文句は言わないからさ、ちょっと声かけてみて」

「はい。でも、どんな人かも、クラスも知らないし」

「ああ、そのことなら、矢野さんに聞いてくれれば良いよ」

 唐突に出てきた名前に、一瞬、思考が止められた。

 やのさんって、誰だっけ。矢野さんって――もしかしたら、あの、

「さなえさん……?」

 全く自信のない小さな声で言うと、そうだよと即答される。

「やっぱり知ってたか。クラス一緒だし、少し目立つ子だからねえ。僕に頼まれたって言えば分かるはずだからさ、二人で行ってきてくれないかな」

「わかりました」

 矢野さんも一緒なんだ。そう思うと、途端に気が楽になった。

「ありがとう。じゃあ、お願いね」

 深澤先生の椅子がきいいと鳴ったので、私は友達待たせてるのでと言って立ち上がった。



第三話 おわり

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